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掌編「いつもの人」|お題:春めく|#青ブラ文学部

#青ブラ文学部お題「春めく」に、参加させていただきます。

お題:春めく
『いつもの人』

もう3年も前のこと。

わたしはその頃、朝のコンビニでアルバイトをしていた。
朝は、コーヒーと新聞を買ってゆく人、野菜ジュースとおにぎりを買ってゆく人、
だいたい、いつも同じお客さんが、同じ時間にやって来ていた。
みな、急いでいる。俯いている。
しかし9時を過ぎると、店内はパタリと人が少なくなる。嘘のように。

そのお客は、いつもだいたい、9時を過ぎた頃にやって来た。
大きな白い猟犬を表に繋ぐと入ってきて、新聞を手に取り、それから、
「いつもの」と云うのだった。
わたしは店長に指示されて、普段はセルフでやってもらっているコーヒーを
そのお客のときだけは特別に、ドリップから注入まで、
わたしが行って、提供した。そのお客は、いつもニコニコしながら、
わたしを眺め、悠然とコーヒーを啜った。

始めは少々嫌悪を感じていたわたしも、徐々にそれが
いつもの変わりない朝の風景となり、
そのお客と一言三言、会話を交わすようになっていた。
そんな矢先だった。

ぷつりと、そのお客が来なくなってしまった。
そうしてしまうと、
もう誰もそのお客のことを言わなくなったし、聞きようもなかった。
引っ越しでもしたのだろう、と思うことにした。

いまはそのコンビニも移転してしまい、わたしもアルバイトをやめてしまっていた。
久しぶりだった。
移転したそのコンビニに、
わたしはネットプリントをプリントしに出かけた。
呼び出し番号を入力するのに手間取っていた。
うしろに、だれか並んだことに気がついたのは間もなく。
慌てて入力すると、エラーが出てしまい、3の文字が欠けていたことが分かった。
「すみません、もう少しです」
焦って、そう云いながら、うしろを振り向いた。
あれ、いつかのいつものお客さんが笑っている。
「いいよいいよ、急いでないから」
「あ、あの。お元気ですか?」
「うん、(いろいろあったけどね)。なに、プリントしたの? ネプリ?」
「あ、はい。短歌の……」
 その、元いつものお客が覗き込んできた。
「ふうん。(元気そうだね)」
「はい、おかげさまで」
「よかったね」
 他愛もない会話が弾む。
「あ、はい」
「じゃあ、またね」
 何事もなかったかのように、その元いつものお客にコピー機を譲ると、
わたしは、店を後にした。
 店の外には、大きな茶色い猟犬が繋がれていた。
 わたしは、もう一度、店内の方を眺めたが、もうその元いつものお客の姿はなかった。
 よく似た全く別の人物……だったのか。いや、
 彼はもう一度、わたしに会いに来たのかも知れなかった。

月を追いめぐり合うとき再生する森林の香の彼の人をとか

 信号を渡ると、あたたかい風が天空の上の方から、吹きおりてきていた。
 春めく。風。

(おわり)


なんとなく、フィクション。
今回は、短歌もプラスしました。
ちょうど、外も春めいてきましたね。
1100字。

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