見出し画像

にじさんじの小グループ戦略 ~統合後の『推し』構造~

統合後のにじさんじが採った『小グループ化』

 2020年に入ってから早くも半年が過ぎた。二年目を迎えた初期デビュー組はもちろんのこと、昨年にデビューを果たしたにじさんじ所属のライバー達も、次々と一周年記念を迎え企画配信や新衣装の披露を行っている。

 昨年度、にじさんじプロジェクトには大きな変革があった。開始当初に構想されていた無印組、ゲーマーズ、SEEDsという三本のブランドを意識した体制。これを解体し、全グループを統合した一括運営の組織に切り替えたのである。
 路線変更の背景には、グループ間に設けられた業務上の溝の弊害や運営体制とライバーとの活動方針の不一致など、実に様々な要因が絡んでいる。運営の想定するビジョンと実態との乖離、それに伴う悪循環を払拭すべく断行されたのが、実質的な体制リセットとも言えるグループ統合である。

 思いつくがままの『絵空事』であった状況から、より現実を踏まえた活動への移行を選んだにじさんじ。それは所属ライバーにとって劇的な状況の改善であり、躍進のきっかけであった。一方、運営にとっては前途の見えない戦いの始まりとなった。
 グループの枷が消え、ジャンルを問わない活動が可能になったことで、ライバー達は自由に自らの境地を開拓していけるようになった。しかしその状況が、これからデビューしていくライバー達のブランド定義を逆に難しくしてしまう。
 定まった枠によって、早い段階からグループでの立ち位置が形成されていくのと違い、何でもありのフィールドではライバーそれぞれが固有の価値を作り出さなければならない。しかも、既にキャラの立った旧グループ陣が大勢陣取る中でのデビューである。今までのように大人数をまとめて加入させてしまうと、ごく一部の尖ったライバーだけが注目され、その他はにじさんじという箱に埋没してしまう状況を招きかねない。
 もしそうなった場合、にじさんじプロジェクトは新参者にとってほとんどうま味のない場所となってしまう。既存のライバーとファンで構成される閉鎖的なコンテンツ、いわゆる『閉じコン』と化してしまうのである。VTuber事務所としての発展、ライバーの躍進を狙うにじさんじにとって、そのような状況に陥ることは何としても避けねばならなかった。

 新人の埋没という大きな問題を、いかにして既存ライバーに割を食わせることなく解決するか。この時にじさんじプロジェクトが選んだのは、2~3人のライバーを順次デビューさせていく『小グループ化』戦略だった。
 単独ではなく数人を一括りにし、ライバー同士の関係性をデビュー同期という形で明確にする。これは、配信者のブランド形成においてよく採られる戦略である。生声や顔出しの実況動画などでもそうだが、3人ないし4人のグループを作って活動している配信者には人気が集まりやすい。これは、メンバー同士の関係性から生じる魅力によるものである。
 メンバーそれぞれが抱える得手不得手や言動などの特徴。それらに対する他のメンバーの反応は、時としてハプニングを呼び、また時として予定調和に結び付く。単独の配信者では一方向や視聴者との双方向に過ぎないが、複数人絡み合うことによって、多角的で複雑な関係を作り上げることができる。すなわち、『グループとしての魅力』がメンバーの価値に上乗せされるのである。
 また、グループが3人程度の集団であれば関係の偏在は起こりにくく、特定の数人だけが目立ちその他が無視されるという状況も生まれにくい。メンバー同士の対立や不仲による影響はあるにせよ、グループ内で埋没するといった状況は予め避けられる。こうした点も、少人数グループの長所のひとつである。
 さらに、同期グループごとが独立した単位となることは、ファンにとって『追いやすく、推しやすい』という形を提供することにも繋がる。大所帯となり箱推し向きの事務所ではなくなりつつあったにじさんじにとって、グループ単位を推すファン層が生まれ増えていく状況は実に望ましいものだったと言える。
 かくして、新体制となったにじさんじは2、3人のライバーを順次デビューさせていく『小グループ制』を導入することとなった。童田明治、久遠千歳のデビューから始まったこのシステムだが、実際の運用に際しては様々な問題を生じることとなった。

新人が定着しない問題

 小グループを作ってデビューさせていく流れとなったにじさんじ。しかし、当初の新人デビューの間隔は非常に短く取られていた。その違いは、2019年の1~3月と2020年前半期のデビュー人数を見比べれば一目瞭然である。たった3ヶ月の間に10人もの加入が相次ぐ状況は、にじさんじ側にとっても視聴者にとっても慌ただしいものであった。
 しかも、2019年の1月に至ってはほぼ2週間間隔で3グループのデビューという過密スケジュールである。新人の顔と声を覚えるか覚えないかという頃に新たなライバーが入ってくる。そんな状況に翻弄される形で、2019年のデビュー組は思わぬ苦戦を強いられることとなった。ファンの未定着問題である。

ここから先は

2,857字
この記事のみ ¥ 100

記事を読んでご興味を持たれた方は、サポートいただけると幸いです。deagletworksの執筆・調査活動の資金に充てさせていただきます。