歌舞伎町ロイヤルファミリー

キンキンに冷えたジャスミン茶をあおれば
うだるような東京の夏に、異国の風が吹く
あなたは男のくせに、合コンで女が頼みそうな
甘ったるいココナッツのお酒が好きで
それをからかったら、沖縄で飲むとこれが格別なのだと
子どものようにむきになって反論してきた
ここは東京のど真ん中よ
人が死ぬ夏が巣食う不夜城よ
お金も休みもないくせに、かつて味わった沖縄の思い出に
浸っては嗚呼、あの海が懐かしいと
そこが故郷であるかのように嘆くあなたが
生まれ育った街といえばここ、新宿歌舞伎町に他ならないじゃない
よくもまぁ、チンピラにっもヤクザにもならず、
という以前に一切グレることすらせずに大人の階段昇れたものね
あなたのご両親にお会いして、その理由は分かったけれど
あんなに愛されて育ったら、良い子になる以外の選択肢なんてないわ
私といえば生まれたときから家は荒み切っていて
13からお酒、14から煙草、15からクスリって大出世エリートコース
そんな私を泥沼から引きずり出したのが、あなただった
最初は野犬のように触れようとすれば噛み付き、1ミリも心を開かない私を
根気強く、執念とでも言い換えられるくらい、私を救うことが
己がさだめであるかの如く、あなたは私の知るところではない
愛というものを、惜しみなく私に注ぎ続けた
こっちが根負けするまで、ずっと、ずっと
日本一汚れた街で生まれ育った男の魂は、世界一澄み切っていた
穢れた生い立ちを持つ私に、この街は居心地がいい
隠れ蓑になってくれるのだ、私よりも大きな悲劇を背負った者たちも
大勢いて、いることを許されている、そんな場所
しかしながら、愛情は場所を選ばないのだな
めいっぱい愛されて成長すれば、こんな街でも聖者が育つ
反対に、いわゆる高級住宅街で生まれた私は、あなたに出会っていなければ
とっくに覚醒剤のやり過ぎだか自殺だかで死んでいた
人は、愛なしでは生きていけない
命を存続させるだけなら可能かもしれないが、心は確実に壊れていく
あからさまに壊れていた私を、あなたは見事に修繕した
歌舞伎町は、人間の欲を食んで肥大しながらも、
その大いなる懐で、どんな人種をも包み込む、
娼婦であり聖母でもある街だ
そんな場所で、愛によって守られ、穢れることを免れた一つの魂は
私を助け、自分がそうされたように、愛を以って私を守っている
歌舞伎町の聖者を形作ったロイヤルファミリーのことを
今では私もお母様、お父様、お姉様、と呼ぶ仲であり
本当の親のことを、殺す前に忘れることを可能にしてもらったのは
紛れもなく新たにできたファミリーのおかげである
どうして野良猫をも下回る私なんかを助けようとしてくれたの
腕の中で尋ねたら、この子は何を言ってるんだと
逆に不思議そうな顔をされて一言だけ返された
だって、好きだったんだもん

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