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青空文庫で読める詩集

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青空文庫で読める詩をnoteに載せるとより染みるのではないか、という実験マガジンです。
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記事一覧

元日 夏目漱石

元日 夏目漱石

 元日をおめでたいものときめたのは、一体何処どこの誰か知らないが、世間がそれに雷同しているうちは新聞社が困るだけである。

雑録でも短篇でも小説でもないしは俳句漢詩和歌でも、いやしくも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないにきまっている。

もっとも師走に想像をたくましくしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季に正月らしい振をして何か書いて置けば、年内に餅

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幸福 加藤一夫

幸福 加藤一夫

ほんの僅かな時でよい

生活のわずらいから脱れ

静な時をもつ事は――

おお 何と云う仕合せだろう

昨日 私は 書斎で

たった一人ッきりの私の世界で

海を越えた遠い国の 心の友の著書を読み

今日も亦また 別の友のを読んだが

私は私のこころにふれ

私の一番懐しい私を

彼処に

そして 一人はもう此の世を去った過ぎし日に

時と処とを越えて見出した

ああ その歓び その深い歓び

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秘やかな楽しみ 梶井基次郎

秘やかな楽しみ 梶井基次郎

一顆の檸檬を買い来て、

そをもてあそぶ男あり、

電車の中にはマントの上に、

道行く時は手拭の間に、

そを見 そを嗅げば、

嬉しさ心に充つ、

悲しくも友に離りて

ひとり 唯ただ独り 我が立つは丸善の洋書棚の前、

セザンヌはなく、レンブラントはもち去られ、

マチス 心をよろこばさず、

独り 唯ひとり、心に浮ぶ楽しみ、

秘やかにレモンを探り、

色のよき 本を積み重ね、

その上に

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雪 三好達治

雪 三好達治

十一月の夜をこめて 

雪はふる 雪はふる

黄色なランプの灯の洩れる 

私の窗にたづね寄る 雪の子供ら

小さな手が玻璃戸を敲く

玻璃戸を敲く

敲く 

さうしてそこに

息絶える 

私は聽く 

彼らの歌の 

靜謐 靜謐 靜謐

ぼろぼろな駝鳥 高村光太郎

ぼろぼろな駝鳥 高村光太郎

何が面白おもしろくて駝鳥を飼かうのだ。

動物園の四坪つぼ半のぬかるみの中では、

脚が大股また過ぎるぢじゃないか。

頚くびがあんまり長過ぎるぢじゃないか。

雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢじゃないか。

腹がへるから堅パンも喰ふだらろうが、

駝鳥の眼は遠くばかり見てゐいるぢじゃないか。

身も世もない様に燃えてゐいるぢじゃないか。

瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ちかまへえてゐ

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秋 蔵原伸二郎

秋 蔵原伸二郎

釣竿の影がうつつている

この無限の中で

釣をする人は

しつかり岩の上に坐つたまま

ねむつている

ねむつたまま竿をにぎつている

今日は川魚たちの祝祭日

みんな青い時間の流れにそつて

さがつている針を

横目でにらみながら通りすぎる

今までどうにか生き残つた魚たちの

今日はお祭りなんだよ

先頭を行く逞しい雄のあとを

紅いろに着飾つた雌たちが

一列になつておよいでゆく

水底の

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詩集 芥川龍之介

詩集 芥川龍之介

 彼の詩集の本屋に出たのは三年ばかり前のことだつた。

彼はその仮綴かりとぢの処女詩集に『夢みつつ』と言ふ名前をつけた。

それは巻頭の抒情詩ぢよじやうしの名前を詩集の名前に用ひたものだった。

  夢みつつ、夢みつつ、
  日もすがら、夢みつつ……

 彼はこの詩の一節ごとにかう言ふリフレエンを用ひてゐた。

 彼の詩集は何冊も本屋の店に並んでゐた。が、誰も買ふものはなかつた。

誰も? ――い

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