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実録経済小説 FTX破産 〜鼓動①〜

頼む、この胸の苦しみを、エンドレスな煩悩を、底無しの不安を、その明晰な頭脳と誠実な対応で困難を切り抜け、その全てを解放してほしい。。。

今日、オフィスのトイレに入るのは8度目になる。他に人がいれば個室に、いなければ洗面台に向かう。鏡で見るのは元々色白の顔が更に青白くなり、死体のような血の気のない顔。胸の中がゆっくりとしかし重く掻き回され続けるような異様な気持ちの悪さ。

自分の表情が明らかにおかしいのは自分で分かっている。その表情を真っ直ぐにPCスクリーンに向け自然に見えるようにするのが精一杯だ。オフィスの同僚に自分の異変を気がつかれたくない。ましてや常に吐き気を催しているなどと。

異変を感じたのは月曜日の夜だった。

ダンこと団忍は、今回は遅れてしまった毎週日曜夜のルーティーンを、自宅の机で開始しようとしていた。愛用のエルゴノミクスチェアに深く腰掛けると、最新型iPhoneをスタンドに立て、Macbookを開く。いつものルーティーンだ。

やる事と言っても何のことはない、仮想通貨取引所FTX傘下のレンディングプラットフォームBlockfolioのアプリを立ち上げてその仮想通貨残高を確認するだけだ。今晩やることは、ただ2023年に予定する次のステップに向けて着実な資金増加を確認するだけなのだ。

レンディング金利は5%。1週間52週で割れば0.96%が1週間で稼げることになる。厳密にはこのプラットフォームでは日次の複利となるため更に多い。ダンの現在の資産総額270万ドル、日本円にして約4億円を考慮すると一日約370ドル、日本円にして5万円超が毎日産み出される計算なのだ。

2022年は大変な年だった。5月のLUNA/USTショックは無傷で切り抜けたものの相場は荒れて資産額としてはピークからは大分減った。しかしそれはもうどうでもいいのだ。メインのビットコインBTCは4万ドル台で利確して3分の1に減らしてある。今は一喜一憂せずUSDのレンディングを堪能すれば良いのだ。

「ん??」

深夜のデスクでつい声が出た。計算が全く合わない。資金がほぼ増加していない。LUNA/USTショックの後、6月位から徐々にFTX集約してきた仮想通貨資産もこの10月で完了したが、こんなことは今までに一度もなかった。更新遅れもあり得ない。なぜなら日次で更新されているはずだからだ。

もう一度よく画面を見直すと、今まで当たり前のように見てきた金利5%が0.1%になっている。そしてメールにも何の予告もない。そういうことか。

実は予告と同時に金利変更、もしくはメールを受けた時には既に金利変更後ということは仮想通貨のレンディングではよくあることだ。しかし全くの予告が無いというのは珍しい。しかし今は日本時間の深夜だ。USのコアタイムが始まるのがこれからだ。日本時間の明日朝には何かしらのリリースを見ることができるだろう。

ダンはExcelを使った管理シートの写るMacbookを閉じベッドルームへ向かった。
明日も忙しくなる。

第2話 〜鼓動②〜に続く


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