わたなべ K

妻と娘とわたしの三人暮らし。 エンジニア → バーテンダー → 水引職人 と、なんとも…

わたなべ K

妻と娘とわたしの三人暮らし。 エンジニア → バーテンダー → 水引職人 と、なんとも遊牧民のような人生を送っている。 すきは、ペペロンチーノ、桐野夏生、山口瞳、 イルポスティーノ、MICHAEL KENNA きらいは、毛虫、酢味噌、ずるい人、さぼる人。

最近の記事

悪意と善意とわたしと時間

もう何年も通い写真を撮っている桜の木がある。 いえ、正確にはあった。ということになる。 自宅から、カメラを片手に、ポッドキャストを聴きながら 散歩もかねて何百回も通った桜の木。 木に新芽が芽吹くころ 花がひとを引き寄せるころ 緑の濃さにむせるころ 風がつよくなるころ 葉が削げ木が華奢に見えるころ 二年前の十一月、その桜の木は枝という枝を 力まかせに何ものかに静かにだれにも気が付かれず 「いたずらされ」 失っていた。。。 区役所にいき担当部署の担当しゃに事のいきさつをき

    • ふるえる

      することが限られる空間がある。 例えば、移動中の乗り物の中。 例えば、学校の授業中。 例えば、入院中。 例えば、運動中。 つまり、進行中の何かの時にその空間が現れる。のかな。 最近、つまのお父さんの法事があり、お寺に行った。 親戚が控室に集まりだし、時間を待つ。 この待ち時間はとにかく故人の生前の話や、前の法事の話、健康の話、、、 沈黙が訪れないように順番性のように誰かが声を発している。 わたしとむすめはアウェイな空気を感じながら、コートを預かり お茶を入れたり、かい

      • 不思議なレンゲ

        年が明けて2024年になった。 年末は多忙で、毎年のことだが、わたしたちはよく働いた。 12月31日 18:30まで。 でも、もっと早く帰してよね。。。 年末は、つまとむすめはつまの実家へ帰っていて、 今年はわたしの母親もつまの実家へ泊りに来た。 でも、わたしは帰宅が遅くなるので毎年自宅で年越し。 ひとりで年越しそばを食べながらふと思い出したことがあった。 パスタをたべるときにフォークとスプンをつかって食べる人をみかける。 スープが飛ぶのが嫌なのか、 上品なのか、 わ

        • 夫婦という家族

          なんにちか前になん年もあっていない先輩から連絡があり 出張で福岡に来ている。と、ショートメールがおくられてきた。 なんとも歯切れの悪さは昔からで、 酒でも飲むかとか飯でも食うか、ひとこと添えればいいのに わたしからご飯でも食べましょうか、と誘うことになった。 先輩の宿泊先の近くの居酒屋で待ち合わせ、乾杯。 仕事の話や子供の話や、なん年かぶりにあう疎遠な知人にありがちな はなしを酒のつまみのつまみにして、ちびちびと酒を呑んだ。 いきつく先の老後の話。 役定を迎えた先輩は資

        悪意と善意とわたしと時間

          むすめ

          わたしたち夫婦は晩婚でむすめは42歳で生まれてきた。 わたしたち夫婦もほかの夫婦とおなじように、子供の名前はどうしようかとかんがえた。それは子供の誕生に付帯してくるたのしい時間であった。 色々候補はあったけど、中には伊坂幸太郎の ( そのころ妻が気に入って読んでいた。どうでもよいけど、わたしの読んでいた「死神の精度」がきっかけ ) 物語に登場する殺し屋の名前も候補にあがり 危うく【さくら】になる可能性もあった。 ほかの人はそれが殺し屋の名前と知るよしもないので、よい

          枯れてきた

          寒さが急に襲ってきた。 きのうまではステンカラーだったのに、 きょうは、少し郊外まで行ったせいもあるけど、レザーにマフラー。 これは、木々の葉が色づく兆候。 色づくのは、枯れるということ。 人は枯れると、木々のように来年また新芽が出て若葉が開くことはない。 よく、自分のことを「おじさん」「じじい」と呼ぶ人がいるけど、 わたしは、なんでそんなこと言うのかよく理解できない。 ことしで56歳になったけど、自分のことは「おじさん」「じじい」 と思ったことはほぼない。 もちろ

          pink

          ピンクは【さくら】。 それは淡く彩り、強烈に咲き誇り、散りゆく。 でも、ピンクといえば【pink】なんだ。 わたしは。 わたしのピンクは、岡崎京子の【pink】。 自分の欲望に忠実なユミちゃんが主人公の漫画。 星の王子様が現れるのを待っていないで、欲しいものがあるなら体を売ったらいいのに。昼間はOL、夜はホテトルのユミちゃんは我慢が大嫌い。 バブリーな頃のおはなし。 作家希望のハルヲくんと同居が始まり、母違いの妹も巻き込んで、、、 岡崎京子は、【リバースエッジ】・【

          ざらつき

          わたしは20代のころ、Nikon FM-2 で写真を撮っていた。 その頃は、絞りやISO感度や被写界深度などの意味は全く分からず こんな仕上がりにならないかな、という想像でシャッターを切っていた。 むろん、フイルムの時代で現像されてくるまで、機械的設定と創造と指先の感覚の相関がわからないゆえの期待感、現像されてからの喜びと少しの落胆。そして疑問。 それまでの時間の溜めがあるのは、それらを想像するための楽しい時間でもあった。 娘が小学校に入学したタイミングで発売日にCANO

          まとまり

          複数人が何か一つのことを為そうとすると、それぞれが別々の方向 つまり、着磁する前の磁性材料の状態、を向いているとパフォーマンスは ゼロに近い。と感じるかもしれない。 でも、それは、複数人で何をするかがその複数人の能力を引き出すための命題がずれているとも考えられる。 磁性材料、つまり、磁石の材料。 磁性材料はN極とS極の方向がバラバラになっているため材料だけでは磁石にはなりえない。磁石としての機能を発揮するためには、着磁してプラスとマイナスの方向を揃えることで本来の磁石とし

          亡くなって残ったもの

          この写真は数年前に行政のビックプロジェクトで取り壊しになった とある建築物。 まだ三十歳くらいだったはず。 天寿をまっとうしたのか、志半ばだったのかは誰にもわからない。 わたしは56歳。 この年まででいったい何人の友人知人身内の人が亡くなったのか 思い出せないくらいいる。 大学1年の時に同じクラブの友人がバイク事故で死去した。 翌年、下宿の向かいの先輩が自動車事故で死去した。 30歳手前で勤めていた会社を退職した。 その時には会社の同期が数人死去していた。 娘が生ま

          亡くなって残ったもの

          なんとなく登録していたNOTE

          ずいぶん前にPodcastでNOTEの存在を知りなんとなく登録していた。そして何となく書き始めてみようと思い雨降りの今日から始めてみる。 写真の雲は一眼レフのカメラで撮るのを再開したころのもの。 もともと黒白が好きで雲をとるのが好き。初心者が陥りやすい退屈な写真。 まあ好きなので仕方ないか。 関係ないけれど文章を書くとき、わたしはカナうち。 大学のころはローマ字うちだったのが、就職し配属先のメンターから強制的にカナうちに変えられた。 厳しいメンターで、その日に決めた仕事が

          なんとなく登録していたNOTE