私は自由を求めている
私はずっと世界に飛び出したいと思っている。
何年か前こんな話を聞いた。社会人3年目を迎えるとワーホリや留学に行く為、仕事を辞める人が多い。
現在社会人3年目。次の4月で社会人4年目になる私は、「海外で暮らす」という憧れをずっと抱き続けている。
私の海外への興味は小学生の頃から始まる。通っていた学童保育の先生が、海外の文化が好きな人だった。先生から幼い私は異国の話を沢山聞いた。私は、日本から遠い国についてどんなところか興味を持ち、いつか行ってみたいとひそかに思っていた。
大学生になり、私はパスポートを手に入れ、何か国か訪れることが出来た。その経験からより一層海外への憧れがむくむくと育った。
就職先は海外の食材を扱う会社に決めた。いつか海外の店舗で働くぞと、夢を見ていた。
そして、現在。休職をしている。そんなきらきらした気持ちはすっかり忘れていた。会社に復帰したところでなかなか海外の店舗で働く夢は遠そうだと、理解はしている。それでもやっぱり、海外の夢が溢れ出てきた。
今は難しいかもしれないけれど、ワーホリに行きたい。転職してお金を貯めてワーホリに行きたい。この気持ちが今の私のピュアな心情だ。
では、私はなぜそんなに海外に行きたいのか?ずっと考えている。ひとつ気持ちをあげるとすれば、そう、私は自由を愛しているから。
自由について考えた時、ふと自身の恋愛観が浮かんできた。私はここ何年か口先だけ「恋がしたい。恋人が欲しい」と友人に言い続けてきた。だが真剣には、恋人が欲しいと思っていない。その言葉を言っているのにも関わらず。
好きな人がいる生活は楽しくて豊かであると思う。憧れだってある。けれど満たされてしまうがゆえに、別に求められなくても、縛られなくても、自ら望んでその人のそばにいたくなってしまうのではないか。
そんなふうに自分自身がなってしまったら、きっとひとりで長期間海外になんて行きたくなくなるし、ふらっと旅行に行きたいなんて思い立つことすらないかもしれない。
そんなのは困る。私にはまだ、やりたいことが沢山あるから。
そんな自身の恋愛観を考えた時、私が自由を愛していることに気付くのである。
だけどいつかは「私を繋ぎとめてくれるもの」を欲したい。そんな傲慢な気持ちをそっと抱きながら。
それでも私は「海外で暮らす」という夢を追い求めている。きっと、まだ大人になりきれていないのかもしれないとふと思い、笑ってしまう。私はいつになれば大人になりきれるのだろう。
私はまだ自由を欲している。そんな気持ちを再発見した25歳の春だった。
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