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三浦春馬の泣き顔

 二〇二〇年十二月十一日。役者・三浦春馬最後の主演映画『天外者』が公開された。この映画の公開を待ち侘びていたファンにとっては、悲しくもあるが、忘れられない日となった。

 私も、この日の夕方観に行ったのだが、彼の死からわずか五ヶ月後ということもあり、涙なしに観ることは出来なかったのだが、彼が演じる五代友厚が、行方不明になっていた森川葵演じる女郎のおはるの居所をようやく見つけ出し、おはるを背負い海を見渡すシーンが丁度、映画の中間辺りにあった。

 おはるは、五代の背中で海を見ながら静かに息絶えていくのだが、その時に彼が見せた泣き顔が、ある女優の泣き顔を私に思い出させた。その女優とは、今や伝説となっている夏目雅子である。
 彼女は、一九八五年九月十一日に急性骨髄性白血病による肺炎のために、二十七歳という若さで世を去っているが、その彼女が亡くなる前年、一九八四年に主演した篠田正浩監督の手による最後の映画『瀬戸内少年野球団』で見せた、駒子先生を演じた時の泣き顔がそれだった。
 そのシーンとは、戦死したと思われていた、郷ひろみ演じる彼女の夫が、片足を失って島に還って来ていたのだが、時遅し。とうに戦死していると思っていた彼の両親は、家のために、渡辺謙演じる次男と駒子先生を、一緒にさせることを画策し始めていた。彼も、駒子先生のことを心から愛していたのだが、駒子先生は夫の還りをひたすら待っていた。そんな時に、押し切られる形で一度だけ、駒子先生は義理の弟と関係をもってしまったのだった。
 そのことを、神社で宮司になっていた夫に打ち明けるのだが、この時、白いつばひろの帽子を被り、水色のタイトなスーツを着て人目も憚らず、まるで宝石のような美しい涙を惜しげもなくポロポロ流した、夏目雅子の泣き顔が、私には彼の泣き顔と重なって思い出されたのだった。

 私は、役者・三浦春馬の最後の主演映画ということで、全神経を集中させて映画を観ていたのだが、どういう訳だかあのシーンに限っては、夏目雅子の泣き顔が浮かんで来たのだった。
 その理由とは、夏目雅子も三浦春馬も、二人とも中井駒子と五代友厚として本気で泣いていたからだと思う。
 私は、この二人に限っては、将来とても素晴らしい役者になる資質を持っていた、それ以上でもそれ以下でもない年若い役者だったと思っている。
 この二人は、名優だったとか、 物凄い才能の持ち主だったとか、何かと言われがちだし、そういったレッテルを彼等が反論出来ないことをいいことに、生きている者たちがベタベタベタベタと容赦なく貼り付けているが、それは若くして世を去ったので仕方のないことだとしても、私はこの二人は本当に泣く演技を求められた時は、毎回、目薬を差すこともなく本当に泣いていたことを知っている。

 男女問わず、あんなに美しい泣き顔を観客に見せることの出来た役者は、今もって、夏目雅子と三浦春馬、この二人以外、私は知らない。




来週はお休みします。

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