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そばーきゅりあす


三連休の中日、ビール片手にほろ酔い気分でこれを書いている。
夕飯も片付けもひと段落、子どもたちの歯磨きも終わって、あとは寝せるだけ。それでもまだ時間と心に余裕がある。連休ありがとう。

「今日の最後の分!」と言いながら、子どもたちが夫とゲームを始めたので、私も堂々とスマホを触りながら2本目の缶を開けたものの、実はちょっと迷っていた。
連休中にしようと思っていた、読書、来週の仕事の準備、それからちょっとした勉強。
家の中の小さな家事たちとともに、来週必要になるであろう仕事の準備は済ませたものの、図書館から借りている本と、自分用の勉強テキストはそのまま手付かずで置いてある。

ここから更にビール飲んじゃったら、勉強はもちろん、読書だって、数ページでウトウトしてしまうだろうな‥。
だけど、冷蔵庫にはまだ一番搾りが入ってるし、明日朝特に早起きする予定もない。いつもより一缶余計に飲んでダラっとのんびりするのも、休日の過ごし方としては正解じゃない‥?

と言う訳で、比較的短時間で答えは出た。勉強は明日でもいっか。読書は通勤時に電車で読もう。(あまり身体は疲れてないけど)お疲れ様!とプシュッとすることにする。
2缶目ともなると、子どもたちがゲームのモンスター相手にテンションが上がってわぁわぁ言っていても、少しもイラッとしない。「夢中になれるものがあるって、いいことだね。」なんて余裕で想いながら家呑みを満喫している。普段からこの余裕があれば、我が家はどれだけ平和だろう。
その代わり私も子どもたちも、平日・休日の区分なくダラダラになって、立て直し効かなくなること間違いなし。やはり平日はこんな気分にはなれない。

sober curious という言葉を知ったのは、いつだったか。
ソバー・キュリアス。〝シラフでいること〟〝好奇心〟。つまり、体質的には飲めるけど、あえて飲まない。アルコールを飲まないことで自分の健康だったり生活のスタイルを保つ。そんな概念が少しずつ広がっているらしい。


分からなくもない。お酒を飲もうとなると家でも外でもやはりお金はかかるし、ここ数年の大きな社会変化で、〝飲み会〟そのものが減った。お酒好きな人は、友だちとでもごく少人数の仕事仲間とでも飲みたいけど、元々そこまでアルコールが好きでない人もいるし、飲むのは嫌いじゃなくても仕事上のお付き合いの飲み会は苦痛、という人も多いだろう。飲めなくはないけど、あえて飲まない。飲まない代わりに生まれた時間やお金を、別のことに使いたい。それはとても分かる気がする。

ただ。
父も母も飲むの好き。飲んで楽しくワイワイするの好き。な実家で、飲んでも赤くならないそんなDNAを受け継いだ私と、ビールが有れば毎日happy、風邪ひいてたって飲んだら治る。という夫は、職場の飲み会、そこからの仲良い同僚・飲み友だちから交際が発展したようなもの。
もしお互いが、もしくはどちらかが飲まない人だったら。仲良くなってお喋りも弾んで、めでたく結婚、には至っていなかったかも知れないなぁ と思う。
今だって、どこかに食べに行こう、旅行を計画しようとなる時、食の価値観や楽しいことの優先順位が似ていることが、共に暮らす上でありがたいとつくづく思う。お酒を飲めること、飲むことを楽しめることも同様なのだ。

いつか健康上の理由で、その嗜好に変化がくる時はあるかも知れないけれど。子どもたちとゲームしながらも、日曜の夜、新たにプシュッとして嬉しそうにしてる夫を見ながら、やはり今回は私もこれで良かった、かなと、自分を納得させている。

飲んで、一本noteの記事が書けた訳だし‥

でも、これだから、いつまで経っても私の勉強は進まないんだよな‥。

明日は、一本にしておこうっと。


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