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日本のラストダンジョン 剱岳 登頂記

富山県東部、飛騨山脈(北アルプス)立山連峰にそびえる標高2,999mの峻嶺、剱岳。古来山岳信仰の舞台であったこの山は、日本では数少ない、氷河が現存する山であるとともに、「剱岳 点の記」で描かれたように、日本登山史において、文字通りの"ラストダンジョン"でした。岩と雪の殿堂と称されるその急峻な岩肌は、登山道が整備された今もなお「一般登山者が登る山のうちでは危険度の最も高い山」と言われています。

登山を趣味とする僕にとっても、その山容の美しさと登山難度から、長年憧れ続けた山であり、いつの日か登頂したい、夢であり目標の山でした。

今年こそ、今年こそ、との思いとは裏腹に、天候不良に阻まれ続けたここ数年。日本屈指の危険な山であるからこそ、コンディションが整わないとチャレンジは難しい。待ちに待った2020年。コロナの影響で7〜8月の夏山シーズンを棒に振ることになったものの、剱岳への思いだけは、膨らみ続ける一方でした。

そして迎えた9月第一週。懸念していた台風はわずかに西にそれ、週末の北陸地方は、好天に見舞われる予報に。台風の進路次第で天候はコロコロ変わる。安心はできません。それでも、立山まで行くだけ行ってみよう。2020年、最初にして最後の夏山登山の機会を、目に見えないウイルスと、わずかばかりの恐怖心に奪われてなるものかと、道具をザックに詰め込み、新幹線に飛び乗りました。

富山市内で前泊し、夜明けとともに立山連峰登山の拠点、室堂を目指します。ホームから見える景色の先に、その山影がうっすらと力強く横たわっていました。

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富山電鉄とロープウェー、バスを乗り次ぎ、室堂へ。高度に比例し、胸の高鳴りも大きくなっていきます。他の山と違い、立山登山は出発地点が高原なのでありがたいところ。到着早々、いきなりの絶景が広がります。

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山頂付近にガスがかかってはいるものの、ほとんど快晴に近い最高のコンディションの中、室堂を後にします。まずは最初の目的地、立山の主峰、雄山へ。

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立山には3年ほど前に一度訪れたことがあります。そのときも驚くほどの快晴でした。当時の記憶と重ね合わせながら、呼吸を整えつつ歩く。険しい道ではないにせよ、今年初めての高山登山。気は抜けません。

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いつもは観光客でごった返す立山も、今年はコロナのせいか空いています。人の声もまるで聞こえず、風と、鳥の声と、岩を踏みしめる自分の足音だけが身を包む。コロナ禍の中、ずっと心待ちにしていた自然との邂逅がそこにはありました。

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雄山山頂への中間地点、一の越へ。少し登りもキツくはなりますが、美しい景色が体を癒やしてくれます。

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一の越を越えて、雄山山頂へ。ここからは登りも本格的に。前回は小屋泊だったので、テントや寝具を背負っての登頂は今回が初めて。重たいザックが背中でずっしりと主張を始めます。

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安定した天候の中、立山の主峰、雄山に到着。昼ころにもなると、ガスも上がり、視界は悪化。3年前は槍ヶ岳まで一望できた眺望も、ガスの切れ目からかろうじて山頂の祠が見える程度でした。

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軽めの昼食をとった後、次なる目的地、劔沢小屋のキャンプ場へ。刻一刻と変わる天候の中、晴天のうちに少しでも早く、宿泊地にたどり着きたいところです。

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立山を織りなす高低差の少ない縦走ルートを一気に突き進んでいく。それはまるで空中散歩のよう。風と砂と、僕の心拍が重なるメロディー。どこまでも歩いていけるような気分になれるひとときです。

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ガスに覆われていた天候も次第に回復。美しい景色が行く手に広がり始めます。

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立山のシンボル・雷鳥にも遭遇。その愛くるしい姿が、たまった疲れを吹き飛ばしてくれました。

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雄山以降の縦走ルートが大好きです。ときに駆ける喜びを味わうこともでき、ときにその絶景に息を呑むこともできる。

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気持ちのよい縦走路のおかげで、特に苦労することもなく劔沢小屋キャンプ場を目視できるところまでたどり着きました。3年前と違うのはここから。少しずつその岩肌をあらわにする剱岳を真正面に捉え、テント場まで一気に下ります。

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宿泊地に到着。コロナの影響もあってか、テントはまばらで空いていました。

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到着とともに天候も回復。抜けるような青空と高く伸びる入道雲が絵葉書のようでした。明日挑む剱岳の山頂は、薄っすらと雲にかかりながらも、美しくそびえ、登山者の来訪を待っているよう。

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早くビールが飲みたいところではあるものの、まずはテントの設営から。山の天気は数秒のうちに激変します。大気が安定してるうちに今夜の寝床を確保します。

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劔沢のキャンプ場から小屋までは、往復20分以上離れています。高低差もかなりあり、そう何度も往復できない距離。わずかばかりの小銭を握りしめ、のどごしへの渇望をエネルギーに、登山の醍醐味が待つ小屋へと足を運びます。

剱岳。美しく、険しくそびえるその岩肌を剣になぞらえた人々に思いを馳せながら、プルタブを引く。ビールが喉を滝のように滑り落ちる。至福の瞬間です。

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予報は完璧。"その瞬間"が明日に迫っています。遠くにそびえる目的地を改めて(柿ピーとともに)噛みしめながら、山特有の早い夜を迎えます。19時過ぎには就寝です。

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午前4時。夜明けの合図を待たずして、テント場を出発。待ちに待った剱岳への第一歩をヘッドライトが照らし出します。まずは数十分かけ剣山荘へ。そこからいよいよ登りが始まります。ちょうどその険しい道を照らすかのように空が明るみ始め、朝日の瞬間が近づきます。

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ヘルメットを被り、日が指し示す方角へと、無心で突き進む。ゆっくりと朝が深呼吸を始め、登山を愛する者だけに楽しむことが許される赤が、空と斜面を温かく覆っていきます。

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日の出の直前、空が金色に。鋭く鈍く、黒々とした岩肌とのコントラストが美しい。天と地が呼応しあっているかのようです。

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刃の切れ目から朝日が覗く。と同時に、登山道は険しさを増します。これから数時間の冒険の幕開けを告げているようでした。

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行く手に姿を見せた前剱はまるで門番のよう。ここを越えないことには、劔の主峰は拝めません。

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険しい道をひたすら進みます。鎖場も増えてきました。高度が上がるにつれてガスに包まれ始め、視界も悪くなりました。気が抜けない時間が続きます。

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ついに登りルート最大の難所「カニのタテバイ」が姿を見せました。まさに絶壁。RPGのラストダンジョンさながらの不穏な空気があたりを包みます。セーブポイントはありません。

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鎖場には慣れていたものの、劔のそれは、長さがまるで違いました。途中までは要領よく上がれるものの、少しずつ鎖を握る握力や体を支え続ける体力が消耗し、集中力も途切れ始める。終りが見えない。途端、これまでに感じたことのない恐怖心が忍び寄ってきます。

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やっとの思いでタテバイを突破。しかし、まだまだ気は抜けません。岩肌に張り付きながら、少しずつ山頂へ歩を進めます。

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山頂の祠まで、あともう少し。その姿はまるで天空の要塞です。

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そしてついに、標高2,999m、剱岳の頂に到着。と同時に、一気にひらけていく視界。奇跡のような光景に、思わず目頭が熱くなりました。

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さっきまでの視界不良が嘘のように、立山ごしの北アルプスが一面に。遠くには槍ヶ岳の姿も見える。大パノラマです。

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「1時間半、山頂で待ち続けてよかった」と感無量になりながら語るのは、先に到着していた登山客。こらえ続けた強風もぴたりと止み、穏やかな風があたりを包みます。

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しばしの感動を味わった後、帰路へ。時間が経つにつれ悪化傾向にあった予報のため、なるべく早めに危険なエリアを後にしたいところです。

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気の緩みか、体力・集中力の消耗か、登りより下りの方が劔は危険だとよく言われます。気を引き締めなおし、下りの難所「カニのヨコバイ」もなんとか突破。来た道を下っていきます。

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劔沢でテントを回収した後は、剱岳アタックで消耗しきった体にムチを打ちながら、剱御前小舎経由で雷鳥沢へ。

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ミクリガ池・室堂方面へ向かう何段もの階段が追い打ちをかけてきます。じわじわと体力が奪われ、足の感覚も麻痺し始めました。

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天候はというと、絵に描いたような快晴。美しい入道雲が気持ちよさそうに空へ伸びていました。

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2日目の夕方、今回の登山のスタート地点であり、ゴール地点、室堂に無事到着。朝4時の出発から、半日近く歩き続けたことになります。疲れはピークでしたが、たとえようのない達成感に包まれました。わずか2日間の滞在でしたが、昨日と今日では自分の中の何かが圧倒的に違っている。そんな気がしました。

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最後に、僕が敬愛する冒険家、石川直樹さんの言葉を綴りたいと思います。

家の玄関を出て見上げた先にある曇った空こそがすべての空であり、家から駅に向かう途中に感じるかすかな風のなかに、もしかしたら世界のすべてが、そして未知の世界にいたる通路が、かくされているのかもしれません。
現実に何を体験するか、どこに行くかということはさして重要なことではないのです。心を揺さぶる何かに向かい合っているか、ということがもっとも大切なことだとぼくは思います。だから、人によっては、あえていまここにある現実に踏みとどまりながら大きな旅に出る人もいるでしょうし、ここではない別の場所に身を投げ出すことによって、はじめて旅の実感を得る人もいるでしょう。

2020年9月6日、剱岳初登頂。僕にとっての世界のすべては、2,999mのその頂に確かにありました。

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<このnoteを書いた人>
Daiki Kanayama(Twitter @Daiki_Kanayama)
1988年生。大阪大学経済学部を卒業。在学中にインド・ムンバイ現地企業でのマーケティングを経験。ソフトバンクに新卒入社後、孫社長直下の新事業部門に配属。電力事業や海外事業戦略など、様々な新規事業の企画、事業推進に従事。創業メンバーとしてロボット事業の立ち上げを経験後、専任となりマーケティング全般を担当。2017年、プランナー兼コピーライターとして、活躍の舞台をブランディングを軸としたクリエイティブエージェンシー に移し、CSVやSDGsに絡んだ新規事業の推進支援、新商品サービスの企画などを担当。2020年、ビジネスインベンションファーム I&CO にエンゲージメントマネージャー兼ストラテジストとして参画。

受賞・入賞歴に、Clio Advertising Awards、Young Cannes Lions / Spikes、Metro Ad Creative Award、朝日広告賞など。

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