白刃の女神(第八部 夏休み) 前編

 8月に入ってすぐに登校日があった。解き放たれたばかり
だというのに、幼児のように甘えん坊だ、学校というやつは。
 とはいえ、生徒の方でも、その大半が(今年に限って言え
ば、僕もそのひとりなのだが)嫌そうには見えない。どうや
ら、どれだけ自分が変わったのかを競い合うコンテストが、
自主的に行われているらしい。
 今年もそのイベントがあちこちで行われ、廊下もまるで、
お祭り騒ぎだった。僕は早々にそれを辞退して、体育館のす
ぐそばにある木陰に座って休んでいた。
 僕の楽しみはコンテストではなくて、目の前にいる子と話
すことだから。

 今朝の日差しは強かった。けれど、涼しい風が流れていた
から、僕は彩香を前に座らせても、暑さに邪魔されることは
なかった。
 「涼しいな、ここ」
 「あぁ、いい場所だろ」
 彩香は言葉とともに僕にもたれかかってきた。
 「……なぁ、愁? 少し眠ってもいいか」
 僕は、あぁ、と、答えながらも、言葉に反して少し拗ねて
いた。僕も人のことは言えない。彩香にかまって欲しくてた
まらない、そんな気持ちだったのだ。
 「起きたら服がないかもしれないけどな」
だから、僕はそんな冗談を言ってしまった。
 「……なんだ、それは。困った奴だな?」
 彩香はそう言いながらも、そのまま僕に身体をあずけると
眠ってしまった。
 ――良く眠る子だ。僕はそんな彼女をしっかりと後ろから
抱きしめると、僕の方でも壁にもたれて目を瞑った。
 子守唄のような優しい葉擦れの音が漣のように耳元を訪れ
てくる。僕の腕のなかでは、陽だまりのような心地良い温も
りが溢れていて、僕もすっかりと夢見心地になってしまった。

 そうして、それからしばらくすると、なんとものん気な校
内放送が今度は僕の耳元までベルを鳴らしにやってきた。
 時計を見ると、もう昼だ。
 「彩香、彩香?」
 僕は彩香を起こそうと何度か呼びかけてみた。ところで、
彼女は起きる素振りをまったく見せなかった。そこで、僕は
彼女の唇に悪戯をした。割れ目にそってそっと、指でなぞっ
たのだ。
 「……いでっ!?」
 すると、ちょうど2往復目をしようとしたところで、指を
彩香にかじられてしまった。
 「……なんだ。もう、戻る時間か?」
 「あぁ」
 僕は痛む指にかまわないで手首に視線を落とすと、時計を
責めた。彩香もつまらなさそうにため息をついた。でも、そ
れは僕に対してだった。
 「おまえ、随分と真面目になったものだな?」
 「そうか? このまま離してやらないつもりだけどな」
 僕はそう言って、より一層、彩香を強く抱き寄せた。
 「……好きにしたらいいだろ。でも、おまえ……私は裸じゃ
ないみたいだぞ?」
 「そりゃ、さっき急いで着せたからな?」
 「ふふ、そうか。随分と手際が良いのだな? ホックはちゃ
んと外せたのか?」
 僕は彩香のこの手の冗談に弱かった。それを言われてしま
うともう何も言えなくなってしまう。確かに僕が初めて最後
の一枚を取り去ろうとしたとき、不器用で上手くそれを取り
外せなかった。でも、分かって欲しい。宝石箱の鍵を開ける
ときに一番肝心なことは手の器用さなんかではない。自分が
いましていることを完全に忘れることだろう。宝石箱はただ
の箱でその中身は何もない、そう思えたのなら、蟻とだって
握手することができる。でも、そんなのは無理だ。僕は彩香
をただの箱には見えないし、まして、中身が空だとも思えな
い。彩香にもそれをぜひ分かって欲しいのだが……いや、む
しろ、分かっているからこそなのか、彩香は誕生日の日以来
ことあるごとにそういった冗談をよく言うようになった。
 とはいえ、僕もいじめられっぱなしでは困るので、彼女の
首もとを嗅ぐ仕草をして抵抗をした。
 「……よ、よせ! なにをする!?」
 「ハハハ、良い匂いだなと思って」
 「変態か、おまえは。それに柔軟材だろ? 私じゃない」
 「そうか?」
 僕は縮こまる彩香をさらに辱めようと首筋をなおも嗅いだ。
 「でも、首もとから良い匂いがす、うっ……」
 困ったことに、引き際を僕はいつも見誤る。僕の語尾はすっ
かりとうめき声に変わってしまった。どうやら、彩香が元気
よく僕の腹を押したらしい。
 「いてて……彩香?」
 「なんだ? 変態、近寄るな」
 彩香は僕の腕の中からそんなことを言うものだから、僕は
可笑しくなって笑ってしまった。嫌だと言って、抱きしめて
こしょぐろうかとも思ったが、その後に予想される反撃に、
僕は眼を塞ぎたくなった。
 結局、僕は彼女の両肩を身体から離して立ち上がると、近
くに置いてあった鞄を探った。
 「弁当、食べるか? 作ってきたんだ」
 「ほんとか!? 食べてやるぞ」
 なんとも横柄なお客様だ。僕は弁当の入った包みを彩香に
手渡すと、また彼女のそばに座った。
 「おまえ、どうした? 自分の分は?」
 「あぁ、おれ、外で食べようと思ってたんだ。それ、彩香
に渡してさ。まさか、彩香もサボってくるとは思わんかった
し」
 僕がそう言って意地悪っぽく笑うと、彩香は拗ねたのか、
包みを解く手を止めて僕の方を睨んだ。
 「誰のせいだと思っているんだ?」
 「……え? おれ?」
 「当たり前だろ? まぁ、良い。おまえも一緒に食べるか?」
 そう言った彩香の手にはもう、箸が握られていた。僕は図
らずも、それが僕の口元に届く期待を胸いっぱいに膨らませ
て、生唾を飲んだ。
 ところが、その期待は次の言葉で急激に冷やされて萎んで
しまった。
 「はいはい、全米が泣いたわよ? なにしてるの~? 仲
良く肩なんか寄せ合っちゃって」
 「爽香……」
 いつのまにかそばにやってきていた爽香と、一緒にいた柊、
楓を一通り見ると、僕の声は愚図った。
 「おまえら、何しているのだ?」
 「そら、こっちのセリフやで、国嶋。こないに人気のあら
へん暗がりで……ほんまに、エロいやっちゃなぁ~」
 「……ハレン・チネコ」
 「クーちゃん……」
 「っちょっと待て!? なんで私なんだ!?」
 唐突の思いがけない非難に彩香は反論したが、そうだ……
思えば、確かにそういった契機を与えてくれたのはいつも彩
香の方からだった。
 僕は恥ずかしくなって苦笑いを浮かべながら、彩香に対し
て申し訳ない気持ちになった。
 「ここ涼しいし、飯食おうとしてただけだよ? おまえら
こそ何しに」
 「ふ~ん、へぇ~、ほぉー。お弁当一つしかないのに?」
 僕が話し終えるのを待たずに、爽香は僕の方に詰め寄って、
目の前にしゃがみこんだ。
 「あ……まぁ、な。おれ腹減ってねぇし」
 「嘘つき。それじゃ、このお弁当は必要ないのね?」
 爽香は鞄から弁当箱を取り出すと、それを僕の前にチラつ
かせて、そんなことを言った。
 「おまえ、どうして?」
 「どうしてって、兄さんのおそばにはいつもドラ猫がいる
でしょ? 朝作ってたお弁当一つだったみたいだし? どう
せ、そのドバカに取られちゃうだろうな~って思ってね?」
 「人聞きの悪い言い方はよせ。これは……元々私のだ。愁、
そうなのだろ?」
 「あ、あぁ」
 危なかった。袖をつかんで訴えてくる姿を見て、僕はもう
少しで抱きしめそうになってしまった。
 「……なんやで、食べる前から腹一杯や」
 「ホント~……あ、白ちゃんもおいで? 一緒にここでご
飯食べよう? お邪魔してやるの~」
 爽香はそう言って、どこから持ってきたのか、シートを地
面いっぱいに広げ始めた。
 「え、え? でも……」
 ところが、楓はなんともバツが悪そうに何度も彩香と僕の
顔を交互に見た。彩香が袖を引っ張ってきたので、僕は笑っ
て返事をした。
 「楓、一緒に喰うか?」
 「あ、うん!」
 「……ちょっと! 柊は入んないで」
 「ひどっ! なんでやねん!?」
 「カップラーメンとかお呼びでないの~。しかも、ニンニ
クの臭いがするし……ドバカなの?」
 まだこのふたりの光景を慣れていないのか、楓は慌ててふ
たりのなかへ入った。
 「あ、えっと……そうちゃん!? 私の隣なら大丈夫だと
思うの。壁になるよ? えっと……その、塗壁ぇ~」
 「ふふ、白ちゃんがそこまで言うなら仕方ないの~。感謝
しなよ? ドバカ」
 「あぁ、そうやなぁ。楓はどっかのひん曲がった奴とちゃ
うよな」
 今日も今日とて、火に油の関係だ。それを聞いた爽香は、
柊が靴を脱いで座ろうとした隅のシートを瞬時に内側にまくっ
た。シートの面積が見事に一人分減っていた。
 「おい、アホ! 自分、ガキか!?」
 「ふふ、そんなの知らないの~」
 「自分、覚えとけや! あとでようさん息ふきかけたるさ
かい」
 「兄さん、変態がいる」
 どこまで本気なんだか、このふたりは。僕がそのふたりの
やりとりを見て笑っていると、ふいに隣から冷たい声が僕の
肩を叩いた。
 「おまえも、変態だけどな」
 僕の背筋は一瞬にして伸びた。
 「彩香……」
 「ふふ、冗談だ。愁……これ、美味いな?」
 「あ、あぁ、そっか? そりゃ良かったけど」
 「うわぁ、本当に美味しそう~。愁ちゃん、どこで習った
の?」
 楓も食べ物に弱いのか、ふたりのやり取りにいまはすっか
りと背を向けて、スプーンをくわえながら、僕の弁当を眺め
てそう言った。
 「あぁ、大概はレシピを見て自己流……だったけど、不器
用でさ? 初めは全然上手くいかなくて、そりゃもぉー審査
員の厳しいチェックを何度も受けてさ? それでだんだん、
マシになった感じかな。な? 師匠!」
 遠くではいいかげん、爽香の平手打ち(実際は足を出すこ
との方が多いのだが)が出そうだったので僕は爽香の気をそ
らそうと叫んだ。
 「……え? なによ~? ご不満だったの?」
 「ハハハ、そら上手なるわ。愁は王女様の執事やさかいな」
 「うっさい、ドバカ!」
 「いてっ!? ……うわっちゃぁああ!」
 爽香は柊の足を踏みつけると、柊はカップ麺のスープを手
にこぼしてひとり騒ぎを始めた。
 「わぁっ!? 大変! 待ってて? すぐ氷取ってくる!」
 「あ、白ちゃん、私が……」
 「ええって、楓!」
 同時に鳴り響いた声は虚しく、楓の後姿を捉えることがで
きなかった。ふたりとも空振りに終わった声のしまい場所を
求めて、そわそわしだした。やがて、その滑稽な姿をお互い
のなかに見出したらしい。
 「なによ?」
 「迷惑なかけんといてや、アホ」
 「柊がこぼすからでしょ~が、このドマヌケ!」
 「なんやと!?」
 交錯する目線の間はもう大火事だ。それを冷ますかのよう
に、楓がタオルで包んだ氷らしきものを掲げた。ふたりの視
線はそのタオルに阻まれ、熱も一気に冷やされていった。
 「あははは! 白ちゃん、それ、アイス枕だし」
 「ハハハ! 楓? おれ、熱ちゃうぞ」
 「へ!? あ、えぇっと……これしかなかったとです」
 しょげながらも大事そうに抱えたアイス枕を柊はひょいと
取った。
 「ちょっと! 狭いのに寝そべんないで」
 「はぁ~、気持ちええわぁ、これ。おおきにな?」
 「……お、おぅよ。て、あれ?」
 「腕なら平気や。これくらいで火傷せえへん」
 柊はそう言って、僕の前に寝そべって目を閉じた。
 「ちょっと聞いているの~?」
 「ぐぐぁ~」
 「……呆れた。ドバカ。早くカップ麺食べてよね?」
 爽香はそう言って、柊の額の上にカップ麺を置こうとした。
どうにもまだ機嫌が悪いらしい。
 「おい、爽香も早く食えよ? おまえ、この後部活だろ?」
 僕は何とか爽香を落ち着かせようと思って、そんなことを言っ
た。
 「あい。……って、兄さん、そのバカネコにも言ってあげ
たら? 部活でしょ?」
 でも、しくじった。矛先が柊から彩香に向いてしまった。
 「なんだ、少しくらい味あわせてくれたっていいだろ」
 「そんなの必要ないの~どうせ、またせがむくせして」
 「誰がだ!?」
 「何よ? たまには兄さんにも作ってあげたら? 作れた
らのお話だけど?」
 僕は爽香に飛びかかろうとした彩香の肩を必死に抑えた。
 「……なんだ、愁? おまえも作れないと思っているのか?」
 「いや、そうじゃなくて。作ってもらいたい……とは思っ
ているけど」
 「なんだ、それなら早く言え。じゃぁ、この弁当箱に早速
明日作ってきてやる」
 「え、本当!?」
 思いがけない幸運に僕の頬はきっと崩壊したのだろう。彩
香はそんな僕から目を逸らすと、ぶっきらぼうに答えた。
 「……あぁ。目一杯詰め込んできてやる」
 「なによ、それ!?」
 恐らく、爽香も思いがけない言葉を聞いたせいだろう、彼
女の頬も別の意味で崩壊していた。
 「明日学校ないし! 却下」
 「なんだ! おまえ、さっき作れっていただろ?」
 「毒見が必要なの~」
 「……そ、そうちゃん、それなら私も!?」
 「おぉ、ええなぁ。なんならおれも食べてあげんで?」
 彩香の弁当を期待していたのはどうやら僕だけじゃないら
しかった。
 「ふざけんな、おまえに食わせるかよ」
 「愁……」
 「兄さん?」
 「あ、いや、その……ほら、毒見なんて必要ないし、さ?」
 「そうだ。家庭科も5だぞ」
 「5点なの?」
 「愁!?」
 爽香に飛びつけない彩香は(というのも、このときも僕は
事前に彩香の腕をつかんでいた)たまらず僕に抗議した。
 「……ハハ、大丈夫だって。厳しい審査員長でも食べたら
きっと高得点だよ?」
 「……当たり前だろ、そんなの。でも、本当はバレンタイ
ンでおまえを驚かしてやろうと思っていたのにな」
 僕の腕を振りほどくと、彩香はそっぽを向いてそんなこと
を言った。またしても思いがけない言葉に僕の顔は驚きのま
ま固まってしまった。
 「……え? えっと」
 「なんや、バレンタインって随分と気の早いやっちゃなぁ。
まだ夏もこれからやってときに」
 言葉にならない僕の代わりに柊がその場をつないでくれた。
 「なんだ、おまえ、知らないのか? 女は夏のために冬か
ら身体をつくるのだぞ? チョコは夏から準備しておきたい
のだ」
 彩香らしくない、と言ったら僕の前歯は無事じゃすまない
だろう。ただ、いくら冗談ぽくとは言え、彩香がそんなこと
を言ってくれるとは思いもしなかった。
 ところで、困ったことに……。
 「かわいそうな子、兄さんチョコレート苦手なのに」
 「なっ!? おまえ、そうなのか!?」
 ずっと僕が触れられなかったことを、爽香はいとも簡単に
露呈させた。僕は無意識に爽香を睨んでしまったが、的外れ
なこの自分の行動に呆れてすぐにうなだれた。
 「……ん、まぁ甘いのはちょっと苦手で」
 いつまでも隠しておくようなことではないだろう。でも、
彩香の善意に自ら水をさすようなことなんて、できやしなかっ
たんだ。
 「そんなの嘘だ! おまえ、まさか……健全健康党(37)
か?」
 「違う違う! そんな健康の押し売りなんかしないって」
 「嘘つき。ほらふき。ふろふきだいこん?」
 「……意味わかんねぇよ」
 「なによ~。ほんと、よく言うわ。私にとったら、兄さん
はチョコレート捜査官(38)ね」
 「おまえは度を超してんだ」
 「うっさい」
 「おまえ、またそんなこと言って……ぶつぞ?」
 「わ~ん、DVDVぃ~」
 僕が爽香のほっぺをつまもうとしたら、爽香は彩香の後ろ
に隠れてしまった。
 「なんだ、じゃぁ、こっちはハントリー(39)とスマッ
ジャー(40)だな?」
 「ふふ、そそ。じゃぁ、バビおばさん(41)は国嶋さん
のお母さんね?」
 「あぁ、母さんはいつでも私の見方だ」
 「ふふ、兄さん、覚悟しろ?」
 「おまえ、こういうときだけなつくな」
 僕は呆れて、空に向かってため息をついた。
 「愁? 牢屋で私のチョコを泣いて食べるといい」
 「……捕まっても、ちゃんとわけてもらえるんだ?」
 「あぁ、そうだ。安心しろ。ちゃんと作ってやるからな?」
 僕は彩香に貸した本にも感謝をしながら、彩香にありがと
うと言った。
 甘いものは苦手だが、それでも彩香からバレンタインをも
らえないのは悲しい。まったくもって、困った身体だ。精神
と肉体とで矛盾している。
 「そうだ、愁? おまえ、どんなものなら食べられそうだ?」
 この優しい言葉を聞いて僕の困った虫が鳴いた。
 「ゴディバ? モロゾフ?」
 イジメ虫だ。
 「……おまえ。そうか、そんなに殴って欲しいのか。知ら
なかった。ほら、こい、愁。ぶってやるぞ?」
 「ハハハ……冗談だよ?」
 期待とは裏腹に、どうやら彩香はかわいく拗ねてくれない
らしかった。それどころか、もう少しでバリかかれるところ
だった。
 誰かといるときは彩香もちょっと強情になるらしい。
 「メイドイン彩香ならなんでも欲しいよ?」
 「兄さん!」
 「あ……えっと、その」
 「……おい、愁? ところで、おまえ、去年はいくつもらっ
たのだ?」
 「チョコ?」
 「あぁ、そうだ。バカ言ってないで教えろ」
 「1個だよ。爽香がくれたんだ」
 「そっか……」
 「ふふ、ドバカね? 兄さんにかまう子なんて、そんなも
の好きいないわよ?」
 「もの好きで悪かったな。愁、こいつの美味かったか?」
 「あぁ。ビターの生チョコだったけど、かなり美味かった
よ」
 僕は答えた後で、やらかしたと思った。彩香の目が一瞬に
して細くなった。
 「……おまえ、やっぱりぶってやる。こい、いますぐにだ」
 「ふふ、ふくれちゃってかわいい子~」
 「うるさい! そうだ、爽香」
 「ヤダ」
 「……おい、まだなにも言っていないだろ?」
 「どうせ、一緒に作ろうとか言う気でしょ? そんなのムリ~。
お断りしてやるの~」
 「おい! 愁!? なんて、腹が立つ奴なんだ!」
 こんなとき僕はいつも宙ぶらりんになる。肯定も否定もで
きないのだから。そこで僕はどうするかというと、卑怯なこ
とにふたりがまた言い合いを始めるのをただ待つだけなのだ。
ドラマで嫁、姑が言い合いをするシーンなんかを爽香が見
たら、その狭間にいる滑稽な夫を指差して、兄さん兄さんと
笑うのだ。
 「ふん、どうせ、国嶋さんの作るのなんて板チョコの形変
えるだけでしょ? はい、長方形からハートマークに~。こ
の模造チョコ女」
 「誰が模造チョコ女だ!?」
 「なによ? ちがうんだ? 兄さんに渡してたの確かそん
なのだったと思うけど?」
 「昔の話をひっぱりだすな!」
 「いまも変わらぬ彩香のくせして。来年のカメレオンチョ
コは何に化けるのかしら?」
 「あったまきた! 愁!?」
 「どんなチョコでも嬉しいよ、おれは」
 「愁……。でも、おまえ、いいのか? チョコ嫌いなんだ
ろ? そもそも、どうして、早く言ってくれなかったのだ?
おまえ、無理して食べていたのか?」
 「いや……なんていうか、その、彩香の作ってくれるチョ
コなら好きになれるかもしれない、とか、思ってたりして」
 「……愁」
 「うわ、クサ」
 「確かにクーちゃんのなら……」
 「兄さん、妹の前でのろけないで」
 「いやいや! のろけてるわけじゃなくて……ただ、単純
にそう思ってたっていうか」
 「もぉ!それがのろけてるっていうの!!」
 「ハハハ、せやけど、甘いぞ、国嶋? よう雑誌に載って
るチョコレートなんかじゃ、愁はおちへんぞ?」
 「……なんだ、それならどうすればいいのだ?」
 「簡単なことや。古典的やけどな、ええか、よう聞け。だ
いたい、こんな感じや。当日、愁の部屋におっきな段ボール
がある。プレゼントボックスみたいに紐がついとってな。そ
れをなんやろな、とか思いながら愁がそれ開けるんや。そな
いしたら、中から現れたのは裸にリボンをつけた国嶋や! 
私のバレンタインを受け取ってください……カァ!!これで
落ちへん奴はおらへんぞ!」
 「……そうなのか?」
 「全然違う! おい! 変なこと言うな、柊!」
 「なんや、おまえ、そないなのいらへんのか?」
 「いらねぇよ!」
 「……なんだ、いらないのか?」
 「からかってるだろ?」
 「ふふ、どうだかな」
 「もぉ! なに言ってんのよ、ドバカ! ドヘンタイ! 
ちょっと国嶋さん!? 本気でそんなことしようなんて思わ
ないでね!?」
 「ん?」
 「ん? じゃないわよ!? この色魔ぁ!!」
 「国嶋? 段ボールに穴あけるの忘れたら、あかんぞ?」
 「柊!!」
 僕と爽香が絶叫している陰で、それでも、一番興奮してい
る子は他にいた。
 「クーちゃんの裸リボン……」
 楓だ。
 ――ドサッ!
 「お、倒れたで」
 「おい、楓!? 大丈夫か!? 鼻血でてるぞ!」
 「ちょっと、国嶋さん離れて! 白ちゃんヤバいから!」
 「あっ!? す、すまない!」
 楓に見えないように素早く壁際に移動した彩香を見て、僕
も彼女に完全にのぼせてしまった。彼女の制服に一瞬太陽の
光が射し込んだかと思うと、それはその熱さ(おそらくは僕
の邪な感情だが)によって制服を溶かしてしまった。その露
わになった真っ白な彩香の姿に僕はひどく目眩を覚えた。
 「しゅ、愁……? おまえ、血!?」
 そして、意識が遠のいてくのが分かった。

―――――――――――――――――――――――――――

 「今度はおまえが前だ。私が支えてやる。ほら、座ったら
どうなんだ」
 保健室から戻ってくると、彩香と僕は再び校舎裏で涼んで
いた。爽香は保健室からそのまま楓と体育館へ行き、柊もど
こかへと行ってしまった。僕らもあと10分くらいしか一緒
にはいられない。けれど、僕らは今度こそふたりきりになろ
うと、校舎裏に戻ってきたのだ。
 「ハハ、そりゃ~無理だよ?」
 「できる。おまえ、甘くみすぎだぞ?」
 「わかったよ? ちょっと試してみるか」
 「あぁ、早くしろ」
 彼女は既にしゃがんで、地団駄を踏むように地面を手で叩
いた。僕は観念して、彼女の前に座った。
 「無理そうだったら、ちゃんと前にこいな?」
 僕が振り向いてそう言うと、彼女は不満そうに、あぁ。と
だけ言って、そっぽを向いた。
 「よし、いいぞ? もたれかかってみろ」
 僕は少し力を加えて彩香にもたれかかった。彩香の身体は
倒れ将棋のように後ろのめりになってしまった。
 「ハハ、やっぱ無理そうだな?」
 身体を前に戻しながら、僕は言った。
 「なにを言う。愁、いまわざと倒れかけてきただろう?」
 「……え? バレてた?」
 「……まったく。そんなに嫌なのか?」
 彼女の不満そうな表情が僕の背中で弾けた。
 「やじゃないよ?」
 「それなら、どうして」
 「その……また鼻血出ちまうから」
 彩香は最初なにを言われたのかわからないといった様子で、
いっそう眉をひそめた。
 「……あたって」
 僕はそんな彼女の表情から少し視線をおとした。
 「おまえ……」
 「……悪い」
 僕は彩香の声にますますあきれられてしまったかと思った
のだが、彼女は次の瞬間には笑ってくれていた。
 「ふふ、初心な奴め」
 「嫌いか?」
 「いや、いい。ずっと初心でいろ? でも、会う度に鼻血
出されては困るぞ? 私は医学部にでも行った方が良いのか?」
 僕は笑って前を向いた。恥ずかしさで彩香の表情をまとも
に見れなかったのだ。ところで、彩香はそんな僕の気持ちを
見透かしたのか、腹部に手を回すと抱きついてきた。彼女は
僕が弱ったところを見せると、時々、大胆になる。
 「おっ、おい?」
 「ふふ、緊張してるのか?」
 実際には僕の背中は歓喜というよりも、むしろ、悲鳴をあ
げていた。というのは、生徒手帳だか名札だかが当たってい
て痛かったのだ。
 ところで、僕は彼女の気持ちを満足させたくて、さぁな、
とだけ、答えるにとどめた。
 彼女はこれをますます僕が照れていると解釈したのか、な
おも僕の羞恥心を刺激しようとした。
 「おまえ、さっきなにを想像していたのだ?」
 「なにって……そりゃ、生まれたままの彩香の姿だよ?」
 僕もこれ以上いじめられては困るので、何とでもないかの
ように答えた。
 「変態め」
 僕はため息をつくと、それが逆噴射を起こしたかのように
僕の身体はようやく彩香にもたれかかった。
 「仕方ないだろ? だいたいあいつのせいだ」
 僕はそう言って、木の葉に見え隠れする太陽を指さした。
 「柊じゃなくて、太陽か? おまえ、ムルソー(42)か?」
 彩香はそういって僕の背中に額をあてた。僕はそれで見え
ないと分かっていたのだが、首を軽く横にふって答えた。
 「太陽が焦がしたんだ。彩香の制服を」
 「そうか……それで、どこにあるのだ? その邪な太陽は?」
 彩香は顔を上げるとわざとらしく僕の左胸をこしょぐるよ
うに触った。
 僕はたまらず笑い声をあげた。それにすっかりと体力を奪
われて、また、彩香に身体をあずけると僕の意識が薄らいで
いくのを感じた。
 「……愁? 寝てもいいのだぞ?」
 この世に時計がなければ僕はそうしただろう。ところが、
彩香をもうそろそろ体育館に帰してやらないと、バッシュの
泣き声が聞こえてきそうだった。
 「いいよ、やめとく」
 「なんだ? これでも力不足か?」
 「そうじゃなくて、さっきの仕返しされるのが怖いんだ」
 「なんのことだ?」
 「裸にされちゃ、困る」
 「っ……ふふ、そうか。でも、このままだと不公平ではな
いか? 私は不満だ」
 僕は冗談を切るように彩香の方に向き直って、そのまま彼
女を抱きしめた。
 「お、おい、よせ……愁。ここは学校だぞ?」
 「いま抱擁を学んでいるんだ」
 「……おまえ、バカか」
 僕の腕の中で縮こまると、彩香は僕の胸を小突いた。
 学校が恋しいなんて、変な感じだった。ここに来れば、彩
香に会えるからだろうか。
 それでも、僕は未だに一箇所に留まることが怖ろしくて……
彼女を抱きしめる僕の手は無意識に震えて、それはしばらく
止まらなかった。

―――――――――――――――――――――――――――

 僕はテレビを見ていた。画面ではちょうど、海水浴場の特
集がやっていた。僕はこういう番組を見ていていつも不思議
に思うのが、およそそこに女性しか映っていないことだった。
これは僕を困らせる。ひとりならまだしも、隣に爽香がい
ようものなら、僕はたちまち新聞か広告を探さなければなら
なかった。
 とはいえ、ごくまれに似たような番組で男が映っているこ
ともあった。でも、あれは確か、ムダ毛処理がどうのという
内容で、僕はそれを見てすぐに気分が悪くなった。
 どちらにせよ、こういった番組は僕をいつも困らせる。そ
れゆえに、見ないことは敗北を僕にしらしめるから、僕はそ
ういった番組を途中で変えることが絶対にできなかった。
ところで、僕は明後日の方向を向いたこの負けず嫌いに多
少なりともいま感謝していた。というのも、すね毛の処理に
その番組で紹介されていたグッズを買おうかと迷っていたの
だ。
 この行為は外国人男性からしてみたら、僕と違う意味でこ
れをまた気持ち悪がっただろう。日本人の男が女のように毛
を剃ったり、人知れずブラジャーをつけたりするのは彼らか
らすればとてもクレイジーなことだろうだから(ブラジャー
は僕にとっても十分クレイジーなことなのだが)。
 ところで、僕はそのブラジャーでやっかいな疑問を思い出
した。それは下着と水着の違いについてだ。いったいこの両
者にどれだけの違いがあるのだろう。テレビの女性はこんな
にも水着姿を惜しげもなく見せているが(男性にではなく主
に女性に見せているらしいが)、帰りの道中で下着でも男に
見られようものなら、奇声をあげてその見た男に盛大なビン
タをはることだろう。
 なにが違うのだろうか。用途が違うと言われればそれまで
なのだが、僕にとってみれば、どちらも大差ない、魅惑のド
レスだった。

 ところで、僕はテレビに映る女性を見ているつもりが、実
はすっかり彩香を見ていた。いや、最初からきっと見ていた
のだろう。僕の網膜に映るのは下着をはいたり、ビキニに着
替えたりして大慌ての彩香だった。でも、僕がそれに気がつ
いたのは、爽香が部屋に入ってきて慌てて僕がテレビ番組を
変えたときだった。
 「兄さん、いまなに観てたの?」
 爽香の顔はいたずらっ子がみせるまさにそれだった。僕は
爽香に教育テレビだと言ってやった。僕が適当に押した番組
がちょうどそれだったのだ。
 「ふーん、そう」
 彼女はそのまま僕のそばまでくると、リモコンを奪い取っ
てリバースボタンを押した。
 ――あぁ、なんということだろう!彼女は見ていたのだ。
鼻の下をのばしていたであろう、僕の情けない姿を!
 まもなく、あられもない海水浴場が画面いっぱいに広がっ
ていった。
 「兄さん、なに観てたの~?」
 証拠VTRを見せながら、彼女は満足そうに僕に自白を迫っ
た。僕はこのおせっかいな機能を呪った。僕は彼女からリモ
コンを奪い返すと、チャンネルをもとに戻した。
 「だから、教育テレビだって言ってるだろ?」
 僕は彩香に欲情していたことをなんとしても知られたくな
かったので、その嘘を貫き通そうとした。いや、もうバレて
いるのだから、貫き通せるはずもないのだが。
 彼女はリモコンをテーブルに置くと、そっと僕の両肩に手
をおいた。
 「正直に言わないと、きっとつらいと思うの」
 彼女は耳元で僕をそっと脅した。僕は肩もみが大の苦手だっ
た。あの身の縮こまる独特の感覚がどうにも好きになれなかっ
たのだ。
 僕はテレビに映る4番打者が劇的なホームランをいま打っ
てくれはしないだろうかと期待した。そうすれば、僕は歓喜
にわいて、部屋中を飛び回って喜んであげられるのに。そし
て、その抑えられない喜びとともに外へ出ようと目論んでい
た。
 彼は三振した。気持ちの良いぐらいのフルスイングだった。
でも、僕は彼をなだめていた。僕の期待と彼のいまの行為に
いったいどれくらいの差があるというのだろう。僕はそのフ
ルスイングの凄さについて、爽香にぜひ説明してあげようか
と思った。でも、その必要はなかった。僕のケータイがサイ
レンのように鳴り出したのだ。
 「なに? また、女~?」
 「……爽香、口が悪いぞ? だいたい、おれ、彩香とおま
え意外知らないっての」
 僕はいま嘘をついた。というより、忘れていた。本当はあ
とひとりいることをこのときまで完全に忘れていたのだ。
 「あれ、番号だ」
 「え? 知らない人? 貸して貸して~」
 「いや、これ、たぶん、楓だ」
 「へ? 白ちゃん?」
 「ん、たぶん、そうだと思う」
 「ふーん、へぇ~、ほぉー」
 「……なんだよ、でるぞ?」
 「どうぞ、どうぞ~」
 彼女はそうは言っても、僕の両肩からなかなか手を離して
くれなかった。
 「あ、愁くん? いま大丈夫?」
 やっぱり、電話の相手は楓だった。
 「あ、あぁ」
 肩におかれた爽香の手はまるで日本刀のようだった。
 「へへ、よかった。あのね、最近、護陽浜に大きな屋内型
プールできたの知ってる?」
 「あぁ、確か、あれだろ? あの、下からおもいっきり風
が吹き上げてきて人間浮かしちゃうアトラクションがある
とこ?」
 「そうそう! よく知ってたね。最近できたばっかりなの
になぁ。もしかして、もう行っちゃった?」
 「あ、いや、テレ、ビ……」
 と、言いかけところで背中が寒くなったので、慌てて僕は
その言葉をかき消した。
 「テレ?」
 「照れるだろ! てか、そんなんおれだって最近知ったばっ
かだし、行ったことねぇよ」
 さすがに無理があったので、初めの方は分からないように
早口で言った。
 「ほんとぉ? よかった。あのね、そこの無料チケットが
手に入ったの。だからね、よかったら一緒に行かないかと思っ
て電話したの」
 「そ、そっか」
 僕は決して自惚れているわけではないと思っていたが、こ
の提案にはさすがに困った。楓は彩香のことが好きだし、僕
も彩香のことが好きだ。要はふたりは恋敵の関係にあるが、
とはいえ、さすがにふたりでプールへ行くのは何かと都合が
悪いだろう。
 網膜にはそれを知って困った顔でいる彩香の姿が映ってい
る。僕のだらしない行為に困った様子でいるその彩香の姿に、
僕はなぜだか愛しさを感じてしまっていた。もっと、よく顔
を見たいというやっかいなこの欲望が荒波のように僕に押し
迫ってくる。もっと、妬いてほしいと。
 ところが、その僕の放縦な欲望に流すであろう彼女の涙を
想像すると、一気にその荒波は引いていった。
月はいつも僕に困った情念をみせる。彼が満面の笑みを闇
にみせると、僕の情念は海水のようにいよいよその高さを増
すのであった。ところで、その月を見ないで生きていくこと
は恐らく僕には不可能だった。
 僕のために彩香が傷つくことを罪としながらも、僕はその
罪を受ける彼女の姿を愛しく思うだろうし、ときに、いまの
ように僕が彼女の罪作りをしさえするだろうから。
僕は爽香に何度か罪作りをしたことがあった。誰かが爽香
を傷つけることは決して僕は認めなかったが、その誰かのな
かに僕が欠落していることを当時の僕は知らなかった。
 僕が爽香を傷つけるわけがないと信じ込んでいたのだ。と
ころが、僕は彼女を何度も傷つけてしまった。結局、僕は誰
かに彼女を傷つけられることは我慢ならなかったが、僕自身
を例外にしていたのだ。僕のために爽香が傷つくことをよし
としていたのだ。
 当時の僕は気づいていなかった。気づかないふりをしてい
た。僕にも爽香を傷つける可能性があるということを、その
動機が高ぶってしまう時期が必ずあることを。ひいては、月
の意味と、月が僕にもたらす影響とその力の強さを。
僕は爽香のいくつもの涙を目の当たりにして、徐々にそれ
を理解していったんだ。
 月におまえなんかいらないんだと石を投げつけてみても、
絶対にそれは届かなかった。なくなりはしなかった。困り果
てた僕のそばで爽香は涙を浮かべながらそれを綺麗だと言っ
た。なくならないほうがいいと言ってくれた。ただ、その度
に波にさらわれるのでは情けないので、高い灯台をつくって
いこうと言ってくれた。
 その爽香の犠牲によって、僕は僕自身を罰することを学ん
だのだ。
 僕の灯台はまだ心許ない。けれども、その必要性を僕はあ
のとき確かに理解したのだ。

 気がつけばずいぶんと懐かしいことを思い返していた。時
計を見るように僕は爽香の方を見た。すると、彼女は僕から
ケータイを取り上げて、反対の手で僕の頭をなでた。僕はま
るであの子がいるんじゃないかと思って驚いた。
 ところが、違った。たぶん、この仕草は彼女が僕をバカに
するときの、それだと思った。彼女の目があのときの光とは
違っていたから。
 「あ、白ちゃん? 爽香だけど。うん、いまお家なの?
うん、そう。それで、いま聞いてたんだけど、みんなはもう
来るって?」
 みんな、というところで、彼女は僕の方を見た。僕はもう
いまの爽香を見ていた。
 「あ、うん、そっか。じゃぁ、私たちも行きたいから、お
願いしてもいい? ……うん!一緒にいこう? 楽しみだね、
兄さんには私から言っておくから、また詳しいこと決まった
ら、教えてね? ん、わかったよ? じゃ~ね? バイバ~
イ。……ふふ」
 電話を切ると、彼女は僕にも手をふった。
 「目が覚めましたか~?」
 「るせぇ」
 「ふふ、兄さん初心~。白ちゃんが男のひと、ひとり誘う
わけないのに。がっかり?」
 「してねぇよ。わるかったな、勘違い野郎で」
 僕はわざと拗ねた態度をとった。爽香がからかってくれて
いる間に僕はこの部屋から逃亡しようとしていたのだ。
 ところで、物事はそうも上手く運べない。ドアを横に開け
ようとしたところで、爽香の日本刀が飛んできた。
 「良かったね? これで念願の国嶋さんのビキニがお披露
目ね?」
 「えっ!? 鋭い!って、ちが……」
 言葉は爽香に届かなかった。
 「えっち!」
 それは、クッションとともに目の前に帰ってきた。



(37)『チョコレート・アンダーグラウンド』に登場する
    政党。
    アレックス・シアラー(2004)『チョコレート・
    アンダーグラウンド』金原瑞人訳、求龍堂

(38))『チョコレート・アンダーグラウンド』に登場する
    人物。
    アレックス・シアラー(2004)『チョコレート・
    アンダーグラウンド』金原瑞人訳、求龍堂

(39)『チョコレート・アンダーグラウンド』に登場する
    人物。
    アレックス・シアラー(2004)『チョコレート・
    アンダーグラウンド』金原瑞人訳、求龍堂

(40)『チョコレート・アンダーグラウンド』に登場する
    人物。
    アレックス・シアラー(2004)『チョコレート・
    アンダーグラウンド』金原瑞人訳、求龍堂

(41)『チョコレート・アンダーグラウンド』に登場する
    人物。
    アレックス・シアラー(2004)『チョコレート・
    アンダーグラウンド』金原瑞人訳、求龍堂

(42)『異邦人』の主人公。
    アルベール・カミュ(1954)『異邦人』
    窪田啓作訳、新潮社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?