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幸福という一枚

高校生活が始まり、クラスで自己紹介の時間があった。

そこで私は、自分の目の前の席に座る人が、私と同じ名字であることを知り
やがて一番好きなアーティストも同じであり
父親が同じ職業であることも知った。

 
仲良くなりたいな。
友達になりたいな。

 
Aちゃんに対して、そういった気持ちで話しかけたのが
最初の出会いであった。

 
 
  
AちゃんはELTの持田香織さんにソックリな顔をしていた。
歌声は特に似ていなかった。あくまで顔が似ていた。
 
高校生活が始まりたての頃、席が近くの女子六人で行動していて
Aちゃんもその内の一人だった。
やがて私含む他の子が他のグループになったりと、最初の六人グループは形を変えていったが
グループが変わっても
私はAちゃんが好きだった。

高校時代、同グループの子の次に仲が良い子が、Aちゃんだったのだ。

 
 
私から見たAちゃんは悟りの人だった。
穏やかで感情的ではなく、「そういうこともあるよね。」と決して否定せず、受け入れた。
他者の違いや怒りの原因を冷静に見つめ
物事の判断の際、主観を入れ過ぎないようにしていた印象がある。
高校一年生にして、どうしてそこまで冷静に落ち着いた考えができるのだろうと不思議がる私に
Aちゃんはブッタとシッタカブッタシリーズを薦めてきた。
それは世界や自分の身の回りの出来事を
大きな心で見つめて捉え
感情的に捉えないようにする
所謂生きやすくするヒントが散りばめられた漫画である。
読んでみるとなるほど、Aちゃんは確かにその本の影響を受けていた。
悟りの人と私は思っていたが、まさに悟りの人であった。

 
しかし、私はそのブッタとシッタカブッタシリーズを読んだからといって
そこまで達観した性格にはなれなかった。
読んでみて、「それも一理ある。」とは思えても
湧き上がる自分の喜怒哀楽を決して無碍にはできなかったし
人間関係はそんなにシンプルにはいかない。
私は習得も体得もできなかった。
なんせ思春期真っ只中で、青春時代を走り出した女子高生だ。
しかも、私は感受性がとても強い。
本を一冊二冊読んだところで
スゥーッと生きやすい性格になったら
人生苦労はしないだろう。

 
多分Aちゃんにとっては、ブッタとシッタカブッタシリーズは大きな出会いだったのだ。
人生を変える大きな出会いだったのだ。
誰かを揺さぶり、考え方を変える運命の本は
人によって異なる。
Aちゃんが変わったからといって
私も変わるかはまた別問題だ。
私もAちゃんもそれぞれ違う人間だし
なんせこの世の中には、数え切れない程の書物に溢れているのだから。

 
 
高校二年生になり、クラスが離れても
私はAちゃんと仲が良いままだった。
Aちゃんは聞き上手であり、話していると私に前向きなパワーをいつも与えてくれた。
私はAちゃんを人として女性として尊敬していた。
かわいくて美人で柔和で穏やかで、しかもスタイルが良く、お洒落であった。
Aちゃんと話すごとに目から鱗が出るような錯覚に私は陥った。
ブッタとシッタカブッタシリーズを自分の中に取り込み
また元々の性格や気質から
Aちゃんはとても魅力的な性格だった。

イメージカラーは穏やかなオレンジ色だった。

 
 
Aちゃんから「私は美大に行きたいの。」と言われた時は
それはそれはもう驚いた。
美大は美術部の人が行くイメージがあり
私の高校は部活が禁止だったこともあり
Aちゃんがそこまで美術が好きということを知らなかったからだ。
私はAちゃんがドラえもんやコロ助等キャラクターを上手に描く姿くらいしか
見たことがなかった。
 
「私は国公立大を狙うには成績が厳しいから、中間期末試験を頑張って内申点をキープして、私立大推薦を狙うつもり。美大に行きたいから、予備校も通う。」

 
Aちゃんは芯がしっかりしていて、目標に向かって真っ直ぐだった。
私が家庭教師をつけ、私立大推薦を狙うようになったのも、Aちゃんに感化されたからだ。
結果論から言えば、Aちゃん様々である。
Aちゃんの話がなければ、私は早い内から推薦入学を狙って家庭教師をつけなかっただろう。

 
 
 
私達二人は見事、本命大学に推薦合格を決め、お互いに合格を喜び合った。
私のコースは全員センター試験を受けることが必須であり、一般受験組…特に国公立組は
非常にピリピリしていた。

 
私が仲良かった友達も、受験組と推薦組なら6:4くらいの比率であり
この頃はAちゃんと遊んだり、連絡をとることがより増えた時期でもあった。
 
 
 
 
そして18歳になり、Aちゃんは他県で一人暮らしをしながら、美大に通うようになった。
お互いに他県の大学に通っていても
私達は定期的に会っていた。
会うたびによりよい刺激を受けた。

Aちゃんは学芸員になりたかったので、美術館でバイトを始めたり
海外で思い切り美術館巡りをしたいからと、英会話の勉強に力を入れた。
本当に将来設計がしっかりしていて、かっこよかった。

 

 
そんな美人でしっかり者のAちゃんだが、私はずっと心配していることがあった。
Aちゃんの恋愛である。

Aちゃんは高校時代にイケメンの彼氏ができた。
ずっと片思いしていたので
付き合うことになったと報告を聞いた時
私は素直に嬉しかった。

 
偶然デート中の二人に会ったことがあったが
まさに美男美女のお似合いで絵になり
私はAちゃんが幸せそうでよかったと思っていた。

最初はそう思っていた。

 
 
だけど、Aちゃんの彼氏は女癖が悪く、性にだらしなかった。
避妊を嫌がったり、生理が遅れたら「もし妊娠したらおろせよ。」と言ってきたりと
Aちゃんが惚れていなかったらぶん殴りたいレベルだった。
あんなに達観していて、夢に向かって真っ直ぐなのに
初めての彼氏に振り回され
傷つき、涙するAちゃんを見て
私まで苦しくなった。

 
恋愛は惚れた方が負けだ。
どうしようもない彼氏だと誰よりも分かっているのはAちゃんで
それでも別れたくないと願うのもまたAちゃんだ。

部外者の私が何をどう言えばいいだろう。
私はただ話を聞き、Aちゃんの幸せを願うしかなかった。

 
 
Aちゃんがやがて初彼と別れ、内心私は安心した。
なかなか忘れられないようだったが、大学生活では新たな出会いを願わずにはいられない。
Aちゃんから一ヶ月で七人から告白されたと聞いた時はひっくり返るかと思った。
新たな出会いがありすぎだ。
まぁ確かにAちゃんは素敵な友達だしな。
自慢の私の友達だもの。
それだけモテる話を聞いても嫌味や自慢のようには全く感じなかった。
Aちゃんの人徳や人柄である。
嫉妬や羨ましさはほとんどなく
その内の誰かと上手くいけばいいのになと強く思った。
私は切実にAちゃんの幸せを願った。

 
優しくて魅力的なAちゃんに、大切な友達に、次の恋でこそ、幸せになってほしかった。

 
 
 
やがてAちゃんに新しい彼氏ができた。
話を聞いていると、優しそうな人で
私は本当に良かったと思い
半泣きになってしまった。
Aちゃんが微笑んでる向かい側で
私は「嬉しい。よかった。おめでとう。よかったよ~。」と泣いた。

 
 
 
Aちゃんはそれから数ヶ月後、コンクールに絵を出展したらしく
私は美術館に飾られていると聞いて見に行った。

たくさんの絵が飾られている中
Aちゃんの名前を見つけた。
女性が台所に立ち、洗い物をしている絵だった。
タイトルは

幸福

である。

 
 
私はそれを見た時、涙が止めどなく溢れた。
確かにその絵は幸福そのものだった。

きっと彼氏に夕飯を作っているのだろう。
もしくは彼氏のことを考えているのかもしれない。
はたまた、一日の終わりに一人台所に立ち
「今日も一日いい日だったな。」と
その日を振り返っているのかもしれない。 

 
Aちゃんが何を思い誰を思い
その絵を描いたかは分からないし
これは私の解釈で
実際は違うかもしれないけど
Aちゃんが「幸福」という絵を描き上げたことが
私の幸福だった。

 
 

 
 
Aちゃんはやがて桜井和寿さんに似た人と結婚した。
夫婦で持田香織さん似と桜井和寿さん似とは、なかなかに面白い。
花嫁姿はそれはもうそれはもう…きれいだった。
旦那さんは優しいらしい。
子宝にも恵まれ
今では幸せな家庭を築いている。

 
結婚前までは小まめに会っていたが
今では遠方に住んでいるので
最近は年賀状のやりとりくらいだが
いつも幸せそうな様子が伝わってきて
本当に嬉しい。

 
 
 
Aちゃんは私の19歳の誕生日に私の肖像画を
20歳の誕生日に青空と木の絵をプレゼントしてくれた。
肖像画をもらったのは初めてだし
誕生日にキャンパスが送られてきたのも
もちろん初めてだ。

 
その二枚の絵は今でも私の部屋に大切に飾ってある。


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