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突き飛ばされた日に言われた言葉

その日はバタバタしていた。

 
その日のうちにやらなきゃいけない作業が立て込んでいたのもあるし
前施設長の作業配置による動線が悪かったのもある。

「そんな作業やらねぇよ。」

利用者が言う。

 
作業を促すがギャーギャー喚く。

 
前施設長に報告したが
説得するように言われ
再び話す。

 
なんとか作業に取りかかり
ホッとしたのも束の間
5分やったところで作業資材を投げつけた。

「作業やらねぇよ。」

作業資材が椅子にぶつかり
そのはずみで椅子が倒れ
他の利用者に当たった。

 
走って出て行こうとした利用者の前に私は立ち塞がった。

「作業資材は投げちゃいけないよ。お金もらってるんだよ。」

「〇〇さんに椅子ぶつかったんだよ。謝りなよ。」

苛ついた利用者は「うるせぇな。」と言って
私を突き飛ばした。
そのはずみで私は壁に肩を打ちつける。
ジンジン痛い。

 
投げられた資材を拾い
残りのメンバーと作業をしていると
再び利用者は戻ってきて
資材を無理矢理奪って作業を再開した。
 
「作業やる前に謝らないと。」

「謝らねぇよ。」

「作業資材投げたことはどう思ってるの?」

「うるせぇな。」

「利用者に椅子ぶつけたのはどう思うの?自分だってやられたら嫌でしょ?」

「知るかバカ。そいつなんか友達じゃねぇよ!」

資材を無理矢理引っ張る。
壊れても仕方ないし
私は手を離した。

暴言がしばらく続く。

 
そこに施設長がやってきた。

「気持ちが落ち着かないと、どんどん苛立つから、謝るのはあとでいいし、仕事していいわよ。」

施設長がそう言うなら
それ以上何も言えない。

 
「僕は大丈夫ですから。」

椅子を投げられた利用者がそう言うなら
私は何も言えない。

 
なんだ、悪者は私か。
余計なことをしたのは私か。

 
資材を投げられても
作業資材雑に扱っても
椅子が利用者にぶつかっても
突き飛ばされても

何も言わなきゃよかったの?

 
モヤモヤしたし
ムカムカした。

 
 
作業室は静まりかえり
明らかに雰囲気は悪くなった。

作業をしながら泣けてきた。

私は私で正論だったかもしれないが
施設長は施設長で正論じゃないか。

 
何かをやったらその場で注意が原則じゃないのか。
じゃあ何が正しかったのか。

 
分からないけど
苛ついた利用者よりも
私が悪いのは分かった。
私のやり方が悪いと思われているのは分かった。

 
悔しくて苦しくて
涙がポロポロした。
汗を拭くふりをして涙を拭く。
よかった、今日が暑い日で。
誰も私の涙には気づかない。

 
それから30分後
ボソッと「悪かったな。」と顔も見ずに利用者に言った。

「お前は俺の手下だからな。これからも。」

椅子がぶつかった利用者は何も言わなかった。

 
「真咲さんは弱くて、俺は強いから、鍛えてやったんだよ。」

私の腕を掴んで、笑顔で言った。
私に対しては最後まで謝らなかったし
私も余計なことは言わなかった。

もう全てが面倒だった。

 
それらの言葉が彼なりの仲直りの言葉なのは分かっているし
内心反省しているのも分かっている。

いつもの2倍のスピードで作業をやったのが
彼なりの罪滅ぼしなのも分かっている。

 
だけど
だからといってスッキリするわけない。

 
私は泣きながら前職を思った。
前の職場ならば、と。

私担当の利用者達は作業や仕事を大事にしていた。
作業資材を大事にしないようだったら作業はやらせなかった。

 
他の利用者を傷つけるようなら
謝るまで許さなかったし
みんな最後には謝れていた。

何か起きたら私はすぐその場で向き合ったし 
応えてもくれた。

 
そうだよな、転職先の利用者は違う。

作業があることのありがたみも分からず
言いたい放題、やりたい放題。
やる気もない。だけど作業時間はやらせなきゃいけない。
作業によっては職員が大幅に手直ししなきゃいけない。

誰のための、何のための仕事なのか。
思いやりとは何なのか。

 
モヤモヤした私の気持ちも知らず
他の職員や利用者がそこに来て話し、笑い
私は合わせて話し、笑ったけど

一刻も早く一人になりたかった。

 
なんでもないふり。
なんでもないふり。
なんでもないふり。

職場の誰かに話せたならよかった。
だけど、私には気軽に話せる人がいない。

あぁ、こんな時前の職場なら
同僚に話せて分かち合えたし
同僚が助けてくれたのに。

そう思うほど
人知れず泣けてきた。

 
 
「さっきは真咲さんが対応していたのに間に入っちゃってごめんね。」

夕方、施設長が言った。

「〇〇さんね、真咲さんを突き飛ばした後、やっちまったよ、って別室で言っていたのよ。作業だってあの後よく頑張っていたじゃない。悪いと思っているからよ。」

「あの人は男だから。周りの人がいる前で言われても恥ずかしくて謝れないし、つっぱねちゃうのよ。
だからあとでコソッと二人きりで話す機会を作れば、素直に反省したりしてるのよ。」

「椅子ぶつけた利用者は大人だから。気持ちが落ち着いたら後で謝れる機会を作るね、って言えば大丈夫よ。」

「今日はすみませんでした。」

私は謝った。

 
違う。違うんだ。私がほしかった言葉や行動は。
そんなこと言われても心はモヤモヤするんだ。

なんて言えず
私はまた本音を隠す。

 
話しても分からない人に言っても仕方ないから。
この話はここで終わりにしたくて
「次は前施設長の言った通りにしますね。」と私は伝えた。

共感や寄り添い、褒めることもなく
行動を正されたら
不信感が増す。

 
もしも前の職場ならば。
もしも前の職場ならば。

 
私は何度も思う。

その人にはその人への
転職先には転職先のルールややり方がある。
分かっている。

ここは前の職場ではないことも
いい加減分からなきゃいけないのに。

 
私はきっと作業資材を投げたことや私が突き飛ばされたこと、作業の忙しさにも触れて欲しかった。
私や私の思いを気づいて、受け入れてほしかった。

気づかれずに寂しかったのだろう。

 
少なくとも明日はあの利用者と少し距離を置きたい。
それこそ、私の心の整理がつくまで。

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