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利用者を庇う

昨夜、利用者が不穏だったらしい。

自宅で不穏な場合は朝引きずって登所し
他害の可能性が高くなる。

 
その日の朝、やはり様子が変で
念の為、職員が個別対応をした。
利用者が不穏な時は散歩やドライブが有効な時もある。

 
昼食に間に合わように、その利用者が外出から戻ってきた。

 
戻る前に、「もうすぐ施設に戻ります。」と同僚から連絡をもらっていた為
利用者の席を移動し
狙われやすい利用者の前に
マンツーマンで職員がサッと立った。

 
表情や声からするとまだ油断はできなさそうだった。
和やかなフリをしているけど
職員はみんな気を張っていた。

 
利用者は手を洗い、お昼の用意をし、昼食を食べる席に向かった。

緊迫した空気が一瞬ゆるんだ。
その瞬間だった。

 
利用者はいきなりUターンし
勢いよく走ってきた。

 
私の後ろにいる利用者を狙っていると分かり
私は利用者を庇った。

バシッ!

大きな音がする。
私の手に痛みが走る。

 
邪魔をされてムカついたのか
今度は私のマスクを破り、メガネを思い切り投げつけた。
賢い手だ。
私はメガネを投げられては
反応がどうしたって遅れる。

 
この時点で職員が利用者を押さえつけ
別室に誘導した。

 
私がかばった利用者は怪我がなかった。
ホッとした瞬間だった。

 
私は足早に水道に向かう。
他の利用者に見えないように
勢いよく水を出す。

 
手は真っ赤っかになっていた。
ジンジン痛い。
メガネは奇跡的に傷一つなかった。

「大丈夫?」

同僚や新施設長が駆け寄る。
大丈夫、としか言えない。
(通院しなくて)大丈夫、としか。

 
私はみんなの前で叩かれたから
利用者が心配して、私の手をジッと見ながら
「大丈夫?」と繰り返す。
だから私は笑いながら大丈夫、と言うしかない。

 
その利用者は私が嫌いで叩いたわけではない。
むしろ私が好きだから
隔離されたことで
苛立ちを募らせた。
どうして引き離すのか、と。
まるでDVのようだ。
怒らせる周りが悪いとでもいうかのようだ。

 
「真咲さん、話しかけに行ってあげて。」

リーダーが頼む。

 
さすがに叩かれた日はあまり関わりたくないが
ここで関わらないと
翌日に消化不良で苛立つ可能性が高かった。

 
叩いてから一時間後
その人はシレッと話しかけてきた。
悪いことをしたとは思っていないのかもしれない。

 
私はリーダーに言われた通り
笑顔で雑談をした。
だけど
謝罪は一切なかった。

なかったのだ。

 
もしもプライベートなら
なんで私を叩いた人にご機嫌取りをしなければいけないのだ、と腹を立てただろう。

 
前の職場なら
叩いた場合は謝るように伝えるだろう。
私は怒っただろう。

つまりはだから
そこまでのレベルではないのだろう。

 
保護者からも特に謝罪はなかった。
いつものことだ。

しょっちゅう自宅でも施設でも不穏だから
慣れているのだろう。

 
その慣れは
なんだか少し、悲しい。

一日経っても手は痛かったけど
ひたすらに
ただ、ひたすらに
利用者に怪我がなくてよかった。


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