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初めての告白は死の香り

高校3年生に進学する前の春休みに私達の高校は修学旅行があって、京都へ行った。
3泊4日だった。

私の部屋は8人部屋で、仲良しグループ複数が合体して構成されていた。

修学旅行の夜といったら枕投げと恋バナだ。

枕投げを提案したが、一番張り切っているのは私で投げ合うことにはならなかった。またともかはやってるよ…なんて周りは苦笑している。
何故だ。みんな、枕投げのロマンがないのか。高校修学旅行といったら青春ど真ん中じゃないのか。

一人で壁に投げても枕はリバウンド一つしないし、仕方ないので枕投げは早々と終わりにして、恋バナになった。

 
年頃の女の子が8人集まれば恋の悩みやネタがないわけがない。
「誰か好きな人いる?」なんてお互いに興味本位で探りながら笑い合っていたら、その内の一人から実に面白いネタが投下された。

「実はこの前、告白されてまだ返事してないの…」

えぇ!?告白!?何時何分何曜日地球が何回回った時?いつ誰にどんなシチュエーションで!?
一番食いついたのは勿論私だ。青春は謳歌するものだ。先ほど枕投げが消化不良だった私はストレートに質問や好奇心を投げつけた。
 
 
話によると、フロッピーディスクを渡されて、パソコンで中身を見たらラブレターだったという。
下駄箱にラブレターの経験はないし、周りからも聞いたことはないが
フロッピーディスクで告白なんて想像したこともなかった。初めて聞いた。

 
別のクラスメートも道を歩いていたらバラの花束を持った見知らぬサラリーマンに突然告白されたらしいし
なんだなんだ、確かにみんな私の周りはかわいこちゃん揃いだが、みんな青春してるなぁ。
キラキラ輝いている。

 
その時私は誰とも付き合ったことがないどころか、告白さえされたことがなかった。
私のモットーは「恋は特攻隊!」なので、好きになったら自分から告白していた。そしてもれなくフラれていた。
恋の駆け引きや告白するように仕向けるといったことが私にはできなかった。

男性から告白される。それは乙女の夢である。

いいなぁいいなぁと羨ましがる私に、告白された友人達は「好きな人以外から告白されても、困惑しちゃうだけだよ。」と告げた。
告白された側にいる友人が得た困惑は私には想像でしかできない。

修学旅行で恋が発展することが皆無だった私は、こうして友人の恋バナに憧れてキャーキャーして終わったのである。

 
 
事件はその1年後に起きた。

大学に合格し、自動車免許も取得した高校卒業したての3月だ。
大学生になったら一人暮らしをする予定もない私はとりたてて忙しくもなく、友達との別れを惜しむように遊びまくっていた。
  
その日も友達とカラオケに行く予定で、私達は高校の門で待ち合わせをしていた。
よく晴れた日で、陽射しが強かった。

待ち合わせ場所に早めに着いた私は一人、門のそばに立っていた。

今日は何歌おうかな。
ポルノ?スピッツ?あゆ?ヒッキー?SPEED?ミスチル?楽しみだなー。

そんなことを考えながら、待っている時間まで楽しかった。その時までは。

 
 
南方向から自転車を押しながら70代ぐらいの男性が私の前をゆっくりと通り過ぎた。
薄汚れた格好で、細身で白髪だった。帽子を被っていた。
自転車のかごには物がたくさん入っていたようだが、布がかかっていた。

パンクしたから自転車乗らないのかな?

そんなことをぼんやり考えていた。

 
その男性は私の前を通り過ぎた後、後ろ向きに私の前まで戻ってきた。そして私の顔をジッと見た。

「君が好きだ。」 

………!?

何が起きたのかが分からない。そんな混乱した状態の私は更に次の言葉に度肝を抜かす。

「一緒に死んでくれないか?」

………。

…………………。

まずい。目が血走っている。真っ直ぐ私を見ている。まずい。怖い。冗談の類じゃない。
自転車のかごには包丁やロープでも隠されているかもしれない。まずい。
返答次第で私は殺される。どうしよう。私に武器はない。スカートにヒールのパンプスじゃ上手く走れない。そもそも私は走るのが速くない。
逃げたら逆上して後ろから刺されてしまうかもしれない。
人気がない。周りには私達以外誰もいない。声が出ない。
相手の目を真っ直ぐ見られない。どうしよう。どうしたら。

頭の中を様々な思いが高速に駆け巡ったが、実際には3分も経っていないだろう。
私は何か言わなきゃと思い、言葉を絞り出した。

「ごめんなさい…。一緒には死ねないんです。」

私はか細い声でようやくそれを口にし、頭を下げた。
殺される!と覚悟して目を閉じたが、その男性は何も言わずに北方向へ自転車を押して去っていった。

 
私は全身から力が抜けて汗が噴き出た。助かったのだろうか。
友人が笑顔で待ち合わせ場所に来た時、私は半泣きで友人に抱きついて心底ホッとした。

 
「好きな人以外から告白されても、困惑しちゃうだけだよ。」友人の言葉の重みを知った18歳の春。

私の初めての告白は恋のトキメキの欠片もなく、生きるか死ぬかのドキドキでしかなかった。






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