教頭の名前が違う
今から10~20年前だと思う。
世間ではオレオレ詐欺というのが流行りだした。
今でこそポピュラーだが
昔はこういった詐欺はなかった。
詐欺の中では新参者。
それがオレオレ詐欺なのである。
「おばあちゃん、オレだよ、オレ。実は交通事故やっちゃってさ~相手怪我させちゃって。示談金払わないとヤバイんだよ。」
「おばあちゃん、オレだよ、オレ。仕事でやらかしちゃって。今すぐまとまったお金が必要なんだよ。」
定番はこんなパターンらしい。
ターゲットは高齢者。
詐欺をはたらく人は名乗らずに、「オレだよ、オレ。」で電話を押し通す。
声が違うとツッコまれたら、風邪だとかなんだとか誤魔化すらしい。
名前を聞かれたら、「おばあちゃん、孫のこと信じてないの?」等と言うらしい。
あくまで噂や聞きかじった情報なので、詳しくは知らない。
人を騙す人は基本的に賢い。
あの手この手で巧みな話術で嘘を本当のように話す。
騙される方がバカと言うが
私から言わせてもらえば
騙す方が賢いのだ。
嘘を一つ吐くと
更に嘘を重ねないと、どんどん取り返しのつかないことになる。
だから私は嘘は嫌いだ。
嘘を吐いた時のざらついた心の感触が嫌いだし
嘘に嘘を重ねた時の重苦しさも大嫌いだ。
だから私はなるべく、正直に生きていたい。
人を騙す人は苦しくないのだろうか。
苦しくても詐欺でお金を稼がねばならない事情があるのだろうか。
だとしたら、不憫だ。
はたまた、苦しくもなんともなくて
例えば詐欺被害により誰かが命を絶ったとしても
それも受け流せるくらいの価値観を持っているのだろうか。
だとしたら、心底、恐ろしい。
情に惑わされない人は
私からしたら関わりたくないタイプだ。
関わりたくないというより
出会ったら終わりだ。
簡単に利用され、捨てられるのが目に見えているし
そういったタイプに限って見た目が優れていて
話術が巧みで
人を虜にするのが得意なのだから。
これは、私が学生の頃の話だ。
午前中、家の電話が鳴ったので祖母が電話に出た。
営業か親戚からの電話かと思ったら
どうにも祖母の様子がおかしい。
父の勤務先である学校から電話がかかってきたらしい。
私はたまたま、祖母と同じ部屋にいたので
後ろで会話を聞いていた。
どうやら話から察するに
父が生徒に手を出して、保護者が学校に怒鳴り込んできた。
父は校長室で土下座をしていて電話に出られない。
保護者がマスコミに情報を売ると言っている。
今ならば示談金を払えば大丈夫だから
校門まで指定金額を現金で持ってこいという。
んなバカな。
私は電話の主と祖母のやり取りで事情は察した。
みるみる祖母の顔は真っ青になり
父の名前を何度も口にし
父を電話に出すように言っても
あくまで向こうは、父は土下座中だから電話には出せないと言い張った。
祖母は腰を抜かして、立てなくなった。
今すぐお金をおろして、タクシーで学校に行くと言い張った。
祖母は運転ができなかった。
これは噂のオレオレ詐欺じゃないか?とピンと来た私は
電話を変わるように祖母に訴えた。
理性をなくした祖母はなかなか受話器を離さなかったが
私は受話器をぶんどった。
私「もしもし。娘ですが、父がどうかしましたか?」
詐欺者「もしもし。娘さんですか。教頭の●●です。先ほどおばあちゃんにもお話ししたんですが、お父さんが生徒さんの胸を触りまして」
私「●●さん………ですか?」
詐欺者「はい、教頭の●●です。」
私「おかしいですねぇ。一昨日、父の勤務先の教頭先生とお話ししましたが、名前が違うんですけど。電話も、学校と番号違いますね。どちらからかけてるんですか。」
ガシャンッ
相手は、アッサリ電話を切った。
本当にたまたま、一昨日、本物の教頭先生から電話がかかり、私が電話に出て父に電話を繫いでいた。
バカめ。調べが足りないわ。
相手が電話を切ってからも、詐欺の話を信じ切った祖母は、父の名前を繰り返して、とんでもないことをやらかした、と顔が真っ青だ。
私は祖母に言った。
「おばあちゃん!お父さんが生徒に手を出すわけないでしょ!絶対ない!あのお父さんだよ!?」
私は力説した。
私は世界中の男性の中で、誰よりも父を信頼していた。
父は母親一筋だし、仕事で生徒に手を出すなんてあり得ない。
万が一だ。
万が一、生徒に手を出したら辞表を出し、離縁した上で自殺するだろう。
父は私にとってそういう人だ。
父は家族を愛している。
家族を養うことを第一に考えている。
なるべく仕事は持ち帰り
仕事帰りが遅い母の代わりに早めに帰宅し
家族との時間を大切にしつつ
夕飯後に仕事でパソコンを叩いていた。
土日は家族との時間を大切にし
色々なところに連れて行ってくれた。
仕事で手を抜くなんてあり得ないし
浮気をする暇というか隙も見当たらない
アットホームパパ。
それが父だった。
私は父の勤務先に電話をした。
勤務先に電話をするのは初めてだった。
まだ父が携帯電話を持っていなかった時期だと思う。
「学年主任の真咲の娘です。父と代わっていただけますか?」
確か、そんなことを言ったのだと思う。
父の職場に電話はドキドキしたし
父は父で娘からの電話に何事があったのかと動揺しただろう。
私は父に一部始終話した。
詐欺だとは分かっていたが、父本人から否定してほしかった。
多分給食中……だろうか。
後ろがやけにガチャガチャしていた。
もちろん、父は生徒に手を出していなかった。
手を出していたら給食どころではない。
祖母にそれを伝えてもまだ半信半疑で
その日は心ここにあらずだった。
これだから、高齢者を騙すなんて容易いだろうと思った。
この日、家にいたのは私と祖母だけで
いくら話しても祖母は私を信じなかった。
身内より詐欺者を信じたのだ。
父親は一日仕事をしてから帰ってきて、「息子が信じられないのか?そんなバカなこと、やるわけないだろう!」と祖母に言った。
ようやくそれで祖母も顔色が良くなってきた。
父の話によると、詐欺者が名乗った名前は去年の教頭先生の名前で、おそらく去年の名簿が横流しされたのだろうと言っていた。
なるほど、たまたま今年変わったのか。
詐欺被害になりかねなかったところを止めた私は
お手柄だと家族から褒められた。
教頭先生の名前が違うとか
詐欺の手口を知っていたとか
そういう問題ではなく
私は父を信じていた。
それが、今回詐欺被害にならなかった最大の理由だと思う。
父に関して言えば
絶対に生徒に手は出さない。
絶対に、だ。
あの電話から更に何年も何年も経ち
連日のニュースで、詐欺のバリエーションが更に広がったことを日々学ぶ。
毎日のように誰かしらが数十万数百万数千万騙し取られ
持っている人は本当にお金を持っているなぁと思い
だまし方についてへぇと思い
明日は我が身と思う。
今年、私のスマホには「荷物を届けに来ましたが不在でしたので」とかなんとかショートメールが何通か届いた。
怪しげなURL付きだ。
なーにが、不在じゃ。
こちらは無職じゃ!外出自粛中のステイホームじゃ!
と、悪態を吐きつつ、メールを削除する。
本当に、騙す方は巧みだ。
オレオレ詐欺は引っ掛からないだろうが
メールやスマホ関係の詐欺はドキッとすることもある。
怪しいと思ったらグーグル先生に聞き
あ~やっぱり詐欺だった~
と安心する。
信頼できる人がいる。
相談できる相手がいる。
それが、騙されなかったり、被害を最小におさえる大切なことだろう。