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鍵の特訓と販売

私の職場は鍵が閉めにくい。
鍵を持つ同僚がよく施錠で苦戦するのを
この一年半ずっと見てきた。

 
鍵を持つ同僚は何人かいて
だから新人の私に
鍵を渡そうという動きにはならなかった。

ところが、だ。
ある土曜日、私はイベント販売の仕事になった。
私と共に販売になる職員も鍵は持っていなかった。

 
ついに、鍵の開け閉めを行わなければいけない日がやってきた。

 
だが、私は呑気だった。

その同僚は鍵の開け閉めをしたことがあるらしいし
二人いればどうにかなるだろう、と。

 
販売を明後日に控えた木曜日
同僚が「練習してみる?」と帰り際に鍵を貸してくれた。

 
私の職場は正職員が帰る都度施錠をする決まりだ。
例え残っている職員が他にいても、だ。

 
初めて鍵を手に持ち
私は閉めてみた。

…………固い。
しかも、回らない。

なるほど、同僚が苦戦しているように
私も苦戦してカチャカチャと鍵を回した。
なんとか開け閉めに一回成功したが
指が痛かった。

 
翌日の金曜日
事務長から鍵を借りた。施設の予備鍵だ。

「鍵によって少し形が違うからまた練習した方がいいわよ。」

そう言われ、私は鍵を手にした。

………開かなかった。
そして、閉まらなかった。

 
最初は「こうよ。」と教えていた事務長すら
開け閉めができなくなる始末だった。

「焦るとできなくなるから落ち着いて。」

と言われたが
焦りではなく
冗談でもなく
私はできなかった。

 
15分くらい格闘した。
手が赤くなる。痛い。

 
念の為、と他の鍵を借りても
やはり結果は同じだった。

「あ、泥棒。」

そんな中、リーダーが帰ってきた。
事務長と私、二人で鍵をカチャカチャいじる姿をからかう。

 
リーダーは私が苦戦していた鍵を受け取り、開け閉めをした。
すると、すんなりできた。

 
やはり開け閉めができないのは私の技量の問題らしい。

 
私はリーダーからコツを聞いてトライした。
それでもできなかった。
教え上手なリーダーの教えでできなきゃ終わりだ。

 
明日の販売、どうしよう……
と、不安になると
「最悪、俺に電話したらすぐ行きますよ、鍵開けに。」と言ってくれた。
優しいリーダーらしい。

 
だが、リーダーは休みだ。
なるべく手を煩わせたくない。

「じゃあ、裏技を教えてあげるよ。」

そうしてリーダーは私にとあるやり方を教えた。

 
「これならできると思いますよ。やってみましょう。」

リーダーと事務長が見守る中、私はそのやり方でやってみた。
すると…………開け閉めが、できた。

 
さすがリーダーと思った。
そのやり方は他の同僚は誰も知らなかった。

 
私はそれから一人で練習し
三回連続で開け閉めが成功した。
それは確かな自信に繋がった。

その日の仕事帰りにもう一度練習してみるように言われ
私は預かった鍵で施錠し
他の同僚と帰った。
手はやはり痛い。施錠はかなり力を使う。

「私、事務長から言われたんだよ。真咲さんができなくても絶対に手を貸してはいけない、って。」

私は同僚の言葉を聞き
何故周りが先輩職員ではなく
私にばかり施錠を任せるのかがようやく分かった。

 
一緒に販売する職員は手を痛めていて
運転や重い荷物を運ぶことは禁止になっていた。
鍵の開け閉めも力をかなり使う為
禁止になっているようだった。

 
私がやるしかない、やるしか…。

私は責任の重みを感じた。

 
 
販売の日は、荷物が重いし、多い。

上記の理由により、荷物を遠くの倉庫から運び
車に乗せ
施設の開け閉めは私の責任となった。
その同僚はパソコンも苦手だから
計画書や報告書を作るのも私だし
販売責任者の為
イベント主催とやりとりも私の仕事だった。

 
なかなかに、理不尽で不平等だが
その同僚の人柄と売れる製品を開発する才能がピカイチであるから
私は何も言えない。

 
その販売は初めてのイベント先で
不安なこともあったが
準備や片付けを保護者の方々がかなり手伝ってくれ
だいぶ販売先では楽だった。

 
多分保護者は同僚の手のことを知っていて
私達の負担を減らすためにたくさん手伝ってくれたのだろう。

 
その日はお店が多く
人も多かったが
利用者のみんなはよく頑張っていた。
人ごみが苦手な人もいたというのに。

 
最初はお客様の数の割になかなか売れなかったが
一人、また一人と買ってくれて
気づけば周りの店よりも
人だかりができていた。

 
利用者の元担任も偶然来ていて
利用者の成長を半泣きしながら喜んでいた。
利用者の作ったものを買い
差し入れでお菓子もくれた。
「保護者の方も優しくて支えられました。」と私に教えてくれた。
その保護者はもちろん今でも優しく、準備を手伝ってくれた。

 
私の元保護者も出店していて再会したり 
知人が買いに来てくれたりもした。
販売に参加した全利用者の保護者もたくさん来てくれて
買いに来てくれた。

 
そんな中、母と甥も来てくれた。
その日は姉が仕事で運動会で
朝早くから甥を預かっていた。
甥は気まぐれだから行けたら行くと言っていたが
なんとか来られたらしい。

 
差し入れでお菓子をくれた。

差し入れと言えば
準備を手伝ってくれた保護者の方々も
お菓子や飲み物をくれた。

みんなの優しさがありがたい。

 
私は気づかなかったが
父も来ていて
遠くから見守っていたらしい。

父が私の仕事ぶりを見るのは初めてだった。

「ともかが小柄な女性と一緒にいて、一所懸命でなぁ………これがともかの仕事かぁと思ったよ。よくやっていたな。」

そんな言葉を帰宅時に言われてウルッとしてしまう。

 
売上は想像以上によかった。
ホッとした。

 
帰りも保護者の方々が早めに来て
片付けを手伝ってくれた。
本当にありがたかった。

 
主催者とは出店申し込み時から色々あり
出店当日も不快な思いをさせられ
もう二度と関わりたくない気持ちだが
周りの出店側も優しく、和気藹々としていた。

本当に、主催以外は優しかった。

 
販売日の次の日からは雨の日が続く中
天気にも恵まれ、暑いくらいのまぶしい太陽だった。

 
利用者が無事全員帰り
片付けをし
施錠をし、同僚と別れ
ようやくホッとした。

 
帰宅すると
母がお好み焼きとローストビーフを用意してくれた。
お米は今年初の新米だ。

おいしくて
バクバク食べた。

そんな日だった。

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