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小さな嘘と涙

コロナ禍になる前は毎年
とあるお店のおひな様を見に来ていた。

ひな祭りの時期だけ一般公開されるのだ。

 
古く、珍しく、美しいそのおひな様を見ていると
お店の方がお茶を出してくれて
お茶を飲みながらおしゃべりをする。

 
お店の方は私が何年何回通っても私を覚えておらず
毎回同じような話をする。

 
それが私の毎年の過ごし方だった。

 
 
コロナ禍により
3年ぶりの再開となった。

この3年の間、退職、無職、転職と色々あった。

私はおひな様の一般公開を
待ち望んでいた。

 
私は見に行った。
相変わらず美しい。私が今まで見たおひな様の中でもイチオシの美しさだ。

 
見とれていると
お店の方が出てきて
私に「どこから来たのか?」等尋ね始める。

どうやらやはり私を覚えていないらしい。

 
私は職場が近くだと言った。
正確には近くだった、というのが正しいが
私は何故か今でもそこで働いているかのように話してしまった。

 
どうせ覚えていないだろう。

そんな邪な気持ちもあったのかもしれない。

 
 
初めてこの店に訪れたのは
かつての同僚から話を聞いたからだし
利用者と来たのがその時だった。

 
仕事で来た後、気に入って
個人的に訪れるようになったのだ。

 
帰る時、お店の方は優しく見送ってくれた。

 
  
お店の方の姿を見えなくってから
私は泣けてきた。

 
ごめんなさい。
嘘をついてごめんなさい。

私はもうあそこには戻れない。

離れたくなかったのに。
ずっといたかったのに。

いたかったけど。

ごめんなさい。

 
  
そう思いながら
私は道を歩き出す。

歩くしかないのだ。

 
今の職場でこのまま頑張れば
いつか胸を張って
転職先の話ができるのだろうか。

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