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生きる希望と絶望

その日は利用者とお昼を買いに行く日だった。

私が一緒に行く利用者は最近毎日不穏で
その日も朝から不穏で
私はリーダーから落ち着いたら買いに行くように言われた。

 
次々に他の利用者と職員が買いに出掛け
それから30分くらい経った後に
その利用者はスッと行く準備を始めた。
ようやく気持ちが落ち着き
行く気になったようだった。

 
その利用者はトラブルメーカーだから
時間ギリギリまで外で時間を潰すように指示されている。

 
だから私は
遠くのお店にお昼を買いに行くように促した。

その利用者は歩くペースが早いし
お店は特に指定はない。

 
その日は暑かった。
その人のペースで早歩きしていると汗をかいてしまう。

あぁ…暑いなぁ。

そう思った、その時だった。

 
「ともかさん!ともかさん!ともかさん!」

私は周りをキョロキョロした。
転職先で私は“真咲さん”と呼ばれている。
私を“ともかさん”と呼ぶのは前職の職場だけだ。

 
声がする方を見ると
そこには同じ事業で働いていた元同僚と
その娘さんの姿があった。

「お久しぶりです!ともかさんが元気そうでよかった!」

元同僚はそう言った。

 
用事があったらしいし
相手は車に乗っていた。
話す暇はあまりなかった。
だから私達が二年以上ぶりに話した言葉は
数えるほどだった。

「また会えたらゆっくり話しましょうね!」

「みんなによろしく伝えてください!」

そう言葉を交わし
別れた。

利用者が不穏だったからこそ
タイミングが合って会うことができた。

 
利用者が言う。

「誰?」

 
だから私は答えた。

「前に一緒に働いていた人だよ。」

 
「なんで仕事辞めちゃったの?」

 
利用者のそのストレートな言葉は
私の胸を突き刺した。

 
「……真咲さんにもよく分からないんだ。どうしてもう働けなくなっちゃったのか。」

 
本当に、どうしてなのだろう。

 
ずっと働きたかったのに。
利用者が、保護者が、同僚が好きだったのに。
仕事も好きだったのに。

 
どうしてダメだったのだろう。

 
でも
退職する頃には
眠れなくなったし
愚痴も増えた。
泣くことも増えた。

 
みんなが言う。

「転職してよかったね。」と。
私の様子を見て
転職してよりよくなったと
みんなが口を揃えて言う。

 
なのにどうしてだろう。

今が幸せかは分からない。

 
健康を手に入れた代わりに
私は好きな仕事を手放し
好きな人達に会えなくなった。

私に力がないから。
私に力がないから願いは叶わなかった。

 
私が分かるのは
もう二度と元には戻れないことだ。

 
あの時感じた幸せを
私はもう手にすることはできない。

 
 
あぁそれならいっそ今
死んでしまえたらいいのに。

 
 
 
そんな思いがよぎった後
ハッとする。

私は何を考えているのだ、と。
とにかく今は仕事に集中しないと。

 
元同僚に会えて嬉しかったのに
それは確かなのに
なくした未来に触れて悲しくなった。

 
前の職場の人達との再会は私の生きる希望であり
生きる絶望でもある。

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