最期を迎えるときに
どうしてこうも病院は、いつも白くてきれいな場所なんだろうか。
日が差すと、病室は一段とやさしく光る。
ベッドに腰掛けながら、きみの寝顔を見ている。
その光がきみにもうつっていた。
光に照らされるきみは、まるで天使のようだった。
生きているのに、もう目を覚まさないんじゃないかと思うほど、静かに、美しく眠っている。
とても透き通って見えた。
このまますこしずつ色を失っていって、しまいには完全に消えてなくなってしまうような。
それほどまでに、きみは綺麗だった。
かかっていた毛布がすこしだけ上下する。本当にすこし。注意してよく見ないとわからない。
きみがちゃんと生きている。
ぼくはこのあたたかい病室で、ベッドの傍らに腰掛けながら、きみをずっと感じていた。
どんどんと透き通っていってしまいそうなきみを逃さないようにと、きみの手に触れるため、ぼくは毛布のなかをさぐった。
指に触れて、きみの存在をたしかに感じる。
きみの手は、あの頃のままだった。
初めてきみに触れた日。手の甲が大きくて、指が少し短めなごつごつとしたぼくの手が、きみの手を包んだ。きみの手はぼくの手の形とよく似ていた。二周りも小さかったけど、ごつごつなんてしていなくて、白くて柔らかかった。
きみの指と初めて絡まったときのことを思い出す。
ぼくはあの日と同じように指を絡めた。ふたりの指が交互になるように重ね合わせて、手を握った。
すこしだけ、まるみがなくなったかもしれないな。ふたりともしわが増えたみたいだね。
ぼくは声が出ているのかどうかわからない。でもたしかにきみに話しかけている。
届いているよ。
手のひらから伝わるかすかな振動が、そう教えてくれていた。
※
来てくれていたんですね。
ああ、来ていたよ。目が覚めたんだね。
はい、よく眠っていた気がします。
それはいいことだね。
いつからいたんですか?
ずっといたさ。
ずっと。そうだったんですね。
そうだよ。
いつも来てくださって、ありがとうございます。
そんなことないさ。きみはいつだって待ってくれている。
そうかもしれない。
ああ、そうとも。
手があたたかい。
ずっと握っていたからね。
ずっと握っていてくれたんですか。
いつも握っていたよ。
そうだった。あなたはいつも手を握ってくれていました。
きっとそうだったはずだよ。ぼくはいつだってきみの手を離さなかった。
なかなか離してくれないから、大変でした。
きみはすぐどこかへ行っていまうから。ぼくはぼくで大変だったんだよ。
…ごめんなさい。
いいや、それが楽しかったんだ。
ふふ、変な人です。
うん、きみをずっと想うほどには変な人だと思うよ。
ずるい人です。
たしかに。でもきみもずるい。
でもわたしはいつも潤いました。
ぼくは汗っかきだから。
思ってないくせに。
汗っかきなのは本当だけど。
そうかもしれない、湿ってる。
言ったなあ。
ふふ。
うん。
でもね、本当にいつも潤っていたの。
そうなんだね。
うん、そうだったの。あなたが手を握ってくれたから。あなたが抱きしめてくれたから。
うん。
あなたがくれた言葉が。あなたが書いてくれた手紙が。いつだって、何度だってわたしを潤わせてくれたの。
きみが書かせてくれた。
そうかもしれない。
ああ、そうとも。
なにを考えていたんですか。
思い出していたんだよ。きみと出会ってからのことを。
思い出していたんですね。
うん。きみを思った日のことを。あの日たしかに言った言葉を。教えてくれた感情を。
あなたはいつもやさしかった。
きみもいつもやさしかったよ。
愛していました。
うん、愛していた。
愛していた。
うん、これからも愛しているよ。ずっと愛すって決めたからね。
ずっとってあるんですか?
聞いたことのある台詞だ。
言ったことのある台詞です。
ずっとはあるよ。たぶんぼくはもうすこしでそれを証明できると思うんだ。
もう証明してくれてる。
実はぼくもそう思っていたところだったんだよ。
ずるくて。
やさしい人。
きっとそうだね。
うん、そうだよ。
すこし眠りますね。
うん。
愛してる。
愛してる。
おやすみ。
うん、おやすみ。
※
ぼくはきみの頬に触れた。
あの日と同じように、きみの輪郭をなぞった。
愛してる。
握った手だけは離さなかった。
生と死はけっして対極にはない。
生きた先に、死があるわけでもない。
生と死はいつだって隣り合わせだ。
いつだって人は最期を迎える。
だから生きている間、大切な人を想ってほしい。
好きな人と一秒でも長く一緒にいてほしい。
自分が最期を迎えるまで、愛したいものを愛してほしい。
永遠の幸せがないように、永遠の悲しみもない。
でももしかしたら永遠に愛すことはできるのかもしれない。
信じればきっとそれができるのかもしれないと思えている。
幸せになるために、悲しみもある。そういうアクセントがきっと人生には必要なんだ。
生きていればいいこともあるよ、とも、死んだらなにもなくなっちゃうよ、とも言わない。そんなことはだれにもわからない。
でも生きていれば幸せを感じられることをぼくらは知っている。ぼくらはいつだって死ぬことを選べる切り札を本当はみんな持っているんだから。
生きてみよう。
とりあえずでいいから、生きてみるんだ。
一緒に考えるから。
とりあえずぼくは生きてみることにするよ。
最期を迎えるときに、愛してるって言いたいから。
悲しいかな、人が命について考えるのは、生を感じた瞬間よりも、死を感じたときのほうだと思う。
— 代筆屋けんせい|手紙を書く人 (@daihituyakensei) May 11, 2022
それでいいんだ。僕たちは大切に思って忘れないことができる。いつだって思い出すことができる。そうやって生きていける。
感じたあなたへ
生きる物書きより
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いつだって、なんだって。話してください。待っています。
話すことからしか変わっていかないから。
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代筆の依頼の話
執筆した小説
代筆屋をやる理由
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