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思わず引き込まれた話のまとめ

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ついつい語り口に引き込まれて最後まで読んで感服した話のまとめ。
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2022年5月の記事一覧

あくがる

昔よく、父といっしょに蛍を見に行った。   用水路に水の流れる音を聞きながら、田んぼの畦道を歩く。うすくらがりのなか、ちいさな明かりがぽっ、ぽっ、と、吸ったり吐いたりするように、灯っては消える。稲のあいだを蛍は飛んで、しめった土のにおいがした。 しばらく蛍の光るのをただ見ていて、話もなんにもしなかった。水の音がつづいて、ときどき水撥ねの音がする。稲のそよぐ音。だんだん星がふえてゆく。 すぐに帰ろうとしない、父のことがとても好きだった。夜を呼吸するような時間も。 憧る、という

きみが家族じゃなかったらよかった(姉のはなむけ日記/第8話)

送迎車のためならエンヤコラと大分県別府市の車屋さんまで行ったら、なんと、ほぼ新車のセレナと出会えたのだった! 車屋の馬〆さんから、くわしい仕様や納期の説明を受けていると。 電話が鳴った。 グループホームの責任者、中谷のとっつぁんからだ。ちょうどよかった。セレナを入手できたって言おう。喜ぶぞォ。 「もしもし、お姉さんですか」 「はーい!ちょっと聞いてくださいよ、中谷さん。ありましたよ!車!セレナ!ほぼ新車!7人乗り!」 「えっ、はっ……ええ……!?」 興奮のあまり

絵本 『永い夢の中で』

𖤣𖥧.𖡼.┈┈.𖡼.┈┈ 𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧 ┈┈.𖡼.┈┈.𖡼.𖤣𖥧 この作品は、言葉のない絵本です。 みなさんの「心の中に浮かぶ言葉」で お読みいただけると幸いです。 𖤣𖥧.𖡼.┈┈.𖡼.┈┈ 𖤣𖥧𖡼.𖤣𖥧 ┈┈.𖡼.┈┈.𖡼.𖤣𖥧 さいごまでお読みいただき、  ありがとうございます。 絵本のご感想などございましたら ぜひコメント欄にいただけますと幸いです。 ten .✫*゚・゚。.☆.*。・゚✫*. 絵本をご紹介いただきました。🍄☕️ すてきなご縁にこころから感謝

私はアメリカで熱を出し、成田エクスプレスで夫に出会った

読んでいて思わず涙で文字が滲んでしまった。 今日、友人から「あなたたち夫婦みたいだよ」と、送られてきたジェーン・スーさんのコラムが素晴らしい。 今パートナーのいる人も、今いなくても過去にいた経験がある方ならばもれなく感じるものがあるのではないだろうか。 何よりも、今一緒に過ごしている相手や、目の前の出来事や物事をプラスに捉えてみることを随分と忘れてしまった自分に喝を入れられたような気分だった。 結婚して3年。夫と出会って5年になる。 出会ったあの頃のことを思い出すと

ヘアドネーションをした

コロナ禍になってから、ほとんど髪の毛を切らずに過ごしていたため、ショートボブがいつの間にかロングヘアになっていた。 私のライフスタイルは、基本的にショートやボブの時期が多く、自分でちょこちょこカットするのが面倒になってきて気づいたらロングヘアになっていて、それに飽きたらようやく美容院に行ってショートにしてもらう、ということを15年くらい繰り返している。 今回も、梅雨前に縮毛矯正をしに行こうと思ったので、ようやく1年ぶりに美容院に行くことを決心して、ついでにばっさり切ることにし

【A Pinch of Psychology】2-2:Smell におい・体臭と心理学

A Pinch of Psychology。かつて心理学研究者を目指していた私の語る雑学的心理学シリーズの第二弾はSmell。におい、をテーマの続きの話。 その1はこちら。 Vomeronasal organ その1で人間にフェロモンがあるのかはまだ謎。あったところで感知できるかも謎、と書いたが、こちら。 vomeronasal organ。鋤鼻器。「じょびき」と読む。陸上四足動物のもつ嗅覚器官。鼻腔の一部がふくらんでできたもので、ヘビ・トカゲ類ではよく発達する。ワニ

休みが終わってしまうとしても

長かった夫の休みが終わってしまう。 「終わってしまう」と少し感傷的に書いてみたけれど、実際のところはあまり寂しくも悲しくもない。 むしろ、少しうれしい。 夫が休みのほうが、もちろん楽しいのだけれど。 休みが終わっても、夫と一緒にいられる。 ただそのことがうれしいのだ。 遠距離で暮らしていた間は、休みが終わるということは、しばらく夫と会えなくなることを意味していた。 夫と会う休みの日は、特別で、非日常だった。 非日常が、日常になっていく。 それは、特別感が薄れていく

あの頃の夢と大切なもの

「小さい頃はね、ジャーナリストになりたかったんだ。」 踏みしめるデッキから伝わってくる木のぬくもり、左に見えるキラキラ光る海が愛おしかったせいで、素直に言葉がこみ上げた。 同期の仲良いグループで集まったゴールデンウィーク。みんな配属が少しずつ決まっていって、その話で始終持ちきりだった。 飛び交う各々の思いを聞きながら、自分の置かれている現状を噛み締めて、海沿いの橋を歩く。私がゆっくり歩くものだから、前の方を歩いている同期の集団と離れてしまって、もう一人の同期と2人で少し

かつて子供だった私の20代の時のこと

知らず知らずのうちに本音が言えなくなり、好きなことを堂々と好きと言えずにはにかんでしまい、本当はあまり上手く行っていないのに大丈夫だと言っていたり、他人にむかついたり怒れたりすることも表にせずに冷静に自分で「自分をご機嫌に」(この言葉はとても嫌いなんだけど)することが正解だと思っていた。そのくせこちらにあからさまに不機嫌をぶつけてくる相手に遠慮して怒らせまいと気を使うという矛盾的な行為は率先してやっていた。そういうことが美学だと思っていたし、それが大人になるということだとずっ