米国報道メディアの威力:Vol.4「Facebook」(前半)
Facebookは「報道」メディアではありません。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)という言い方はもはや英語ではほとんど用いられておらず、FacebookやTwitterの類はsocial mediaという呼び方をします。昨年の調査では、米国の成人の52%が、Facebookをニュースを見る場として利用しており、報道メディアへの主要な入り口となっています。
米国(特にシリコンバレー)では、Facebookのブランドイメージや使われ方が、2016年の大統領選挙以降、大きく変わりました。米国における世論への影響力と、その報道メディアとの関係を考えたとき、このシリーズでFacebookに触れないわけにはいかないと思い、このあたりの経緯について、少々長くなりますが2回に分けて振り返ります。
まず2016年までの背景。
4年前の大統領選挙キャンペーンがこれまでに比べて異例だったことの一つは、フェイクニュースの急激な広がりでした。ローマ法王がトランプ大統領の支持を表明した、とか、ヒラリー・クリントンが未成年の人身売買ネットワークを運営している、とかのニュースがまことしやかにFacebookに拡散されていたのです。クリントンの人身売買ネットワークのニュースについては、後にワシントンD.C.のピザ屋地下室に被害者が監禁されている、というFacebookポストを信じた男が、銃を持ってピザ屋に押し入り発砲した事件に繋がり、大きなニュースになりました。
また、その頃はちょうどテクノロジー産業でバズワード「AI」のブーム真っ只中でした。GAFA(Googel、Apple、Facebook、Amazon)各社がコアビジネスのAI化を競ってアピールしていた年です。Facebookはコンテンツのモデレーション(管理者による内容チェック)について、人力によるコンテンツ監視チームを縮小し、アルゴリズムによって偽情報を見分けるソフトウェアに大きく軸足を移します。いま振り返れば、そのアルゴリズムが、却ってフェイクニュースの露出を増やす結果となっていたのです。
さて、2016年11月にご存じのとおりトランプが当選しました。これを契機に、Facebookの対外・対内コミュニケーションのまずい振る舞いが世に知られることになります。
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1. ロシアのフェイクニュース攻撃
I.ロシアが、II.フェイクニュースを拡散して、III.それがトランプの当選(少なくとも善戦)を支援する目的だった、ということは後の捜査に明らかにされましたが、大統領選挙直後はI、II、IIIそれぞれがバラバラに浮かび上がってきて、その過程でFacebookは政治の渦に巻き込まれていきます。
まず大統領選挙直後、自らの当選予測が大外れした多くの報道メディアが、Facebook上のフェイクニュースがトランプ当選を助けたのではないか、という疑惑に言及し始めます。それに対してCEOのマーク・ザッカーバーグはすぐさま、「フェイクニュースが大統領選挙に影響を与えたなんで、ふざけた考えだ」と、プラットフォームの選挙への関わりについて全面否定。
Facebookは創業直後から2016年の大統領選に至る12年間の間に、プライバシーに関わる度重なる問題で米国(と欧州)政府から厳しい精査を受けており、これ以上の政府とのトラブルは避けたいところ。特に、いわば敵国と言えるロシアが大統領選挙のタイミングに、Facebook上で活動していたとなるとなおさらです。
しかし、Facebookのセキュリティチームは選挙の半年前の2016年春から、ロシアハッカーによるプラットフォーム上の不審な活動に気付き始めており、内部調査の最中でした。
ロシアとフェイクニュース、選挙の関係性について疑惑が高まる中、2017年春、Facebookとしてのフェイスニュースへの対応策が白書として発表されます。しかしここでは、Facebookは可能な限りの対応をすで行っていること、選挙への影響はなかったこと、が強調され、ロシアについては一言も触れられません。取締役会にも同じ報告がなされます。
2017年5月、ワシントンD.C.では、トランプとロシアの共謀の疑いなどを調査する目的で、モラー特別検察官が捜査を開始。トランプが選挙で不正を働いたかどうか、つまり弾劾されるかどうかがかかった、非常にステークの高い捜査で、その行方が毎日のトップニュースとして報道され始めます。
2017年9月、一方Facebookの内部調査を率いていたチーフ・セキュリティ・オフィサー(CSO)のアレックス・スタモスは、ザッカーバーグとCOOシェリル・サンドバーグの出席する取締役会で内部調査の経過を報告。ロシア政府による選挙妨害活動(ダミーアカウントによるフェイクニュースの拡散、身分を隠した政治広告の購入、クリントン陣営関係者の個人情報盗み取り)の形跡を掴んだこと、つまり先に触れたI、II、IIIがFacebook上で起こっている旨、そしてまだフェイクニュースへの対応が追いついていない旨を説明しました。
スタモスの報告を予期していなかったサンドバーグは激怒。サンドバーグがFacebookの責任範囲として想定していた以上に、スタモスはロシアのハッカーのアクティビティについて深く調査していたのです。「私たちを陥れようとしているのか!」とスタモスを怒鳴りつけます。Facebookが重い責任を政府に負わされることになるような調査を、頼まれもしていないのに始めた、というのが怒りの理由です。
ザッカーバーグやサンドバーグとしては、トランプ当選がロシアの支援で実現した可能性、またそれがFacebook上で行われていた、ということを安易に対外的に示唆すると、モラー特別検察官の捜査と激しく戦っているトランプ(共和党)とその支持者を敵に回します。同時に野党(民主党)からの責任追求も免れません。企業のPR戦略としては、なんとしても触れたくないトピックです。
取締役会に報告された深刻な内容を完全に伏せておくわけにはいかず、まもなくCSOスタモス名義のFacebook公式ブログで、ロシアの活動について発表されました。しかしその内容は、可能な限り「控えめに」編集され、主にロシアのフェイクアカウントによる広告購入があったことの報告にとどまりました。最も注目を集める選挙への影響については、「購入された広告の大多数には選挙への言及はなかった」という表現で、示唆を避けました。
FacebookのPR戦略にもかかわらず、各報道メディアは、「Facebook」+「ロシア」=「トランプ当選」という構図を憶測し、追求を強めます。直後のインタビューで質問を受けるサンドバーグは、フェイクニュースとロシアの関係について認めますが、トランプ当選との関係については繰り返し返答を避けました。
その直後、ロシアがFacebookで配信した広告が、Facebookからではなく、議会から公開されます。これらのほとんどはヒラリー・クリントンを悪魔に例えたり、移民に対する恐怖を煽ったり、トランプの選挙運動でのストーリーラインを助けるものでした。
また、モラー特別検察官は、翌年(2018年)春までに、ロシアがトランプ当選を助けることを目的に、主にFacebookのプラットフォームを使って選挙妨害を行っていたことを断定し、13人のロシア人と会社を起訴しました。ロシアとフェイクニュースと大統領選挙の関係は、否定しようがないレベルで立証され、捜査の焦点は、ロシアが勝手にやったのか、それともトランプと共謀してやったのか、に移ります。
Facebook上でのロシアによる選挙妨害活動について、敵国に民主主義への攻撃の場を与えてしまったにもかかわらず、ザッカーバーグ・サンドバーグともに当初ノーマークだったこと、そしてスタモスの報告の後も対外的な発表を最小限にとどめていたことで、Facebookへの非難が沸騰しました。
サンドバーグに対して当初からもっと透明な情報公開を提言していたCSOのスタモスは、退職を決めます。
2. ケンブリッジ・アナリティカ事件
ロシアによる選挙妨害騒ぎが落ち着かないうちに、次のスキャンダルがもちあがります。トランプの選挙キャンペーン陣営が雇ったコンサルティング会社、ケンブリッジ・アナリティカが、Facebookユーザの同意のないまま5千万人もの個人情報を取得し選挙活動に利用していたことが明らかになったのです。
これは技術的なハッキングではなく、Facebookの緩慢なプライバシーポリシーとその運用が悪用された結果でした。Facebookは「学術」目的で、同意していないユーザのセンシティブな情報を外部に提供していたこと、そしてその情報の行方について厳密に管理していないことが露呈したのです。
自分の情報を売られたと感じたユーザは当然に怒り、世論も議会も敵に回しました。AppleとGoogleが「我々はこんな酷いことは、決してやりません」という趣旨の声明をわざわざ出し、巻き添えよるブランド毀損を防ごうとしたほどです。
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ロシアのフェイクニュース攻撃と、ケンブリッジ・アナリティカ事件のダブルパンチで、Facebookに対する非難の声は最高潮に。マーク・ザッカーバーグは、ダメージコントロールを図るべく、報道メディアに対して謝罪行脚を行います。
連邦議会はFacebookを調査対象として公聴会を開き、マーク・ザッカーバーグがワシントンD.C.で証人として証言することになります。
議会での調査の焦点は、Facebookがもはや大きくなりすぎたのではないか。またそのビジネスモデルは、ユーザを顧客としてではなく商品として扱っているのではないか。Facebookにはもっと政府からの監督・規制が必要なのではないか、などというものです。共和党議員からは、リベラルなシリコンバレーにあるFacebookは民主党をひいきしているのでははないか、という疑いもかけられました。
マーク・ザッカーバーグの証言(というか尋問)は、2018年4月10日から2日間に渡って行われました。ひさしぶりに共通の攻撃対象を見つけた共和・民主両党の議員は、合計10時間、600以上の質問でザッカーバーグを絞り上げます。
この様子はテレビ・ラジオで全国生中継されました。辛辣な質問を連発する議員と抜け目ないザッカーバーグの緊迫したやりとりを、主要報道メディアがトップニュースで伝えました。
公聴会の直後、Facebookの株価は4%以上、上昇します。
このあとFacebookは、議会やユーザの信頼を回復できたのか、後半に続きます。
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