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米国報道メディアの威力:Vol.5「Facebook」(後半)

 前半に引き続き、大統領選挙以降のFacebookのスキャンダルとその対応を振り返ります。

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 さて、ザッカーバーグの謝罪行脚や議会での公聴会で、信頼回復をはかったFacebookでしたが、その後もPRの地雷原を突き進むかのように問題が続きます。


3. ロヒンギャ

 2018年、国外から危機が襲います。ミャンマー軍事政権が組織的に拡散したヘイトスピーチや偽情報によって、イスラム系少数民族ロヒンギャ族が、迫害・虐殺されたのです。この迫害事件は世界中の注目を浴びました。ミャンマーでは携帯電話を購入した時点でFacebookがプレインストールされており、国民は「インターネット」と「Facebook」を区別できないほど、情報をFacebookに依存していたと言われます。

 現地に充分なリソースもなく言語もわからないFacebookは、ロヒンギャに対するヘイトスピーチがコンテンツポリシーに明確に違反しているにも関わらず、把握・対応することができなかったのです。

 2018年11月に、Facebookは第三者調査委員会による調査の結果として、ロヒンギャ迫害に対してもたらした影響について発表し、自らの責任を認めました。ただしFacebookがこれを発表したのは、米国中間選挙の前日でした。トランプ政権の2年間の執政に対する信任投票の意味を持つ、大変重要な選挙です。報道は選挙のニュースサイクルで満たされ、Facebookの発表はその中に埋もれます。このタイミングが偶然と考えるのは無理があるでしょう。


4. ネガティブキャンペーン

 2018年にザッカーバーグの謝罪行脚と並行してFacebookが秘密裏に打っていたもう一つの危機打開策が、11月The New York Timesによって報道されました。Facebookが契約していた、政治家や大企業のための保守系PR会社Definers Public Affairsを通じて、保守派メディアにAppleとGoogleのビジネスを痛烈に批判する報道記事をいくつも配信さていせたのです。Facebookに集中した批判を、せめてその他テック業界に広げて和らげようとしたものです。批判記事を掲載したのは、NTK Networkというオルタナ右翼ニュースサイトで、記事の背後にFacebookやDefinersがいることは読者には分かりません。Facebookは「Definersに記事の執筆を頼んだことはない」、という断定的ではない言い回しで否定。NTKの編集長はDefinersの創業者で、この2社はビルも社員も共有しています。

 COOのサンドバーグは、Definersを使ってFacebook批判の先鋒的存在だったジョージ・ソロスの調査を行っていたことを認めました。

 Facebookは、この報道の直後にDefinersとの契約を解除しています。

 このあと退社したFacebookのPR責任者は、競合へのネガティブキャンペーンを認め、すべて自分の判断で自分の責任、とサンドバーグを擁護しました。


5. 「パートナー企業」

 ケンブリッジ・アナリティカ事件により、個人情報がFacebookから無断で「学術」名目で流出していることが明らかになりユーザや政治家はショックを受けましたが、それは実はまだ序の口でした。その後のThe New York Timesによる調査報道で、Facebookが以前から断りなく企業にユーザデータを「直接」公開していたことが明らかになったのです。

 150社以上の「パートナー企業」は、各社のFacebookページの「友達」になったユーザの「友達」の個人情報にアクセスを得ただけではなく、なんと一部の企業は、プライベートメッセージまでも読むことができました。Netflix、Sofity、Microsoft、Yahoo、Amazon、など、大企業がパートナーに含まれます。

 ここに至るまでもFacebookによる個人情報の扱いに、議会や報道メディアは厳しい目を向けていましたが、Facebookはこの報道が出るまでこのような「パートナーシップ」について説明したことはありません。ケンブリッジ・アナリティカがアクセスしたよりも、もっと深い情報が他企業に利用されており、億単位のユーザが対象だったのです。ザッカーバーグは先に議会で「Facebookがユーザデータを売ることはない」と明言していました。


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 この一連の出来事に対して、Facebookの対応は後手後手に回っただけではなく、正面から向き合っていない不誠実なものだ、との非難が続きます。プラットフォーム上の個人情報を元にした広告が主な収入源であるFacebookは、「フェイクニュースと個人情報を元に金儲けしている」、とも批判されます。

 またスキャンダルのたびに発表されるザッカーバーグのメッセージが、あまりに同じパターンで機械的だったことも批判の対象でした。「ごめんなさい。尊いミッションには失敗がつきものです。でも我々は手を打ち始めました。Facebookはユーザの味方です。私も本気です。

 COOのシェリル・サンドバーグも、社内での強権的な言動や、政治家人脈を使ったロビー活動による追求逃れ、PR会社を通じたネガティブキャンペーンなどの報道で、2013年に日本でも話題になった著書「Lean In」を出版した頃のファンを徐々に失いました

 失望したユーザ、リベラルなユーザは、Facebookから離れました。シリコンバレーの私の「友達」の多くも、アカウント削除を宣言して、または静かに消えて行きました。Facebookの米国でのデモグラフィーが完全に変わってしまう規模で、ユーザ離脱が起きたのです。私のフィードも、日本人を除くとほとんどは米国南部の友人で占められるようになりました。


 Facebook内にポストされたリンクのうち、米国のユーザが最も多く反応(いいねボタン押す、シェアする、コメントするなど、)したものの統計(Crowdtangleのデータ)を見ると、ショッキングなことが分かります。例えばこれは9月17日のデータ。

 Fox Newsは以前紹介した保守系ニュースチャネル。Ben Shapiroは保守系コメンテーター。Breitbartは白人至上主義などを主張するオルタナ右翼の最大手ニュースサイト。ForAmericaも右翼サイト、Facebookで活発。Upworthyは明るいニュース・ビデオの専門サイト。Dan Bonginoは元共和党政治家・コメンテーターで保守系トランプ支持

 Facebookで最も「いいね」や「シェア」されているTop10のリンク先は、その9個が保守・右翼系のコンテンツ。他の日を見てもこの傾向は一貫しており、気がつくとFacebookは、米国では完全に右派メディアになっていたのです。 * 正確には「統計上は右派メディア」です。例えば私のFacebookアカウントは縮小したリベラルなソーシャルバブル(人間関係のグループ)の中にあるので、ニュースフィードに右派系コンテンツはほぼ現れません。


 公平性のために触れると、Facebookの立ち位置は根本的に難しいものでした。米国のプロバイダー保護法(CDA230)では、プラットフォーマーは、その上にポストされる情報の責任は持たないとされます。違法コンテンツ、またはFacebookのポリシーに反するポストを「機械的に」削除する分にはいいものの、コンテンツの編集に「恣意的に」関わったとたん、プラットフォームではなく、報道メディアと同じ扱いを受け、様々な制約を受け責任を負うことになります。特に政治に関わるメッセージの扱いを間違えると、パンドラの箱を開けるのです。

 Facebookが、プラットフォーマーとして中立の立場を強調し、自らがトラブルに巻き込まれるのを避けようとしたことが裏目に出て、フェイクニュースを原動力にする極右ニュースサイトや、トランプの人種差別的な発言の拡散を助けてしまったと言わざるを得ません。

 リベラルなユーザがFacebookに嫌気をさして去ったことで、「いいね」や「シェアする」を元にニュースをハイライトするアルゴリズムは保守系コンテンツを押し上げ、さらにリベラルなユーザを遠ざける、というサイクルです。 *これも正確にいうと、リベラル・保守が混ざったソーシャルバブルで保守のフィードが目立つようになり、リベラルなユーザの居場所がなくなります。一方リベラル・保守が混ざっていないソーシャルバブルでは、自分と違う政治的観点に触れず、思想グループの分断、思想の硬直化が進みます。

 言うまでもなくFacebookの本社はカリフォルニア、全米でもかなりリベラルなシリコンバレーにあります。そしてユーザは大多数が保守系。ザッカーバーグとサンドバーグのコンビは、さらに政治にも挟まれ、ますます苦しい立場に追い込まれていくのです。


 現在もFacebookを取り巻く環境は、厳しくなる一方です。

 今年は、これまで政治的な立場を表明することを避けていた多くの企業が、Black Lives Matter運動へのサポートを宣言するなど、企業のモラルに対する姿勢が大きく変わった年です。消費者の企業のモラルに対する要求が高まりました。

 Twitterは今年5月、Black Lives Matter運動に対するトランプ大統領の暴力的な発言に対してこれまでの傍観の姿勢を変え、態度を明らかにしました。デモ隊をならず者呼ばわりし「軍を動員して略奪が始まったら発砲するぞ」という趣旨のトランプのツイートに対して、警告文をかぶせ、さらにツイートが「シェア」されないように制限したのです。

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 一方のFacebookはトランプからの同じポストを放置。トランプとトランプを支持する多くのユーザの反発を恐れて、手を出しません。暴力を扇動するポストはFacebookのポリシーに違反しており、ザッカーバーグはほんの数ヶ月前に議会で、「政治家含め誰の投稿であっても削除する」と証言していたにもかかわらずです。

 非難を受けたザッカーバーグがFacebook内に自らポストした弁明では、「国家による武力は許されているから」という趣旨のものでした。   

 Facebookの一部社員はこれに抗議してストライキを起こします


 今年の7月には、Facebookのヘイトスピーチへの態度を見かねた多くの大口広告主が、広告購入ボイコット運動に参加しました

 9月には、ロシアが再び次の大統領選挙に向けFacebookで活発に動いていることが明らかになったり、「ミャンマーだけでなく世界中の独裁政権がFacebookを使って人権を蹂躙しているのにFacebook幹部は動きが遅すぎる」と元社員からの告発があったり、特にリベラル派の中ではFacebookのブランドは地に落ち、さらに落ち続けています。報道メディアからの論調も、Facebookは「個人情報で儲けている」から「ヘイトで儲けている」までに悪化


 2011年の「アラブの春」では、独裁国家の民主化に寄与したとされたプラットフォームですが、今やリベラル派には悪の権化として扱われるFacebook。


 Facebookのもともとのミッションステートメントは、"to make the world more open and connected."(世界を開いてつなげる)でした。ザッカーバーグは自らの政治的立場を表明したことはありませんが、サンドバーグは元ビル・クリントン政権のスタッフで、民主党員です。その点、二人がFox Newsのように特定のオーディエンス、特に保守派に対してアピールするプラットフォームを目指していたわけではないと想像できます。

 そして二人とも、Facebookが米国の分断や独裁者による人権侵害を助けることになるとは、予想も期待もしていなかったのは間違いないでしょう。Facebookが誕生した当初は、インターネット上の「プラットフォーム」は、電話会社や宅配業者のように、コンテンツからは中立な立場を貫けること、むしろ貫くことがその強さの根源になる、ということが大前提でした。

 ところがそのプラットフォームが右傾したフェイクニュースに溢れ、大国のリーダーが良識では考えられない言動で人々の分断を煽ったとき、「中立」は高潔さを意味せず、むしろ卑怯で狡猾な、ネガティブメッセージを発したのです。

 Facebookの経営陣の間でも、政治家の発言についての中立性のあり方や、政治的立場について激しい議論が続いていることが知られています。リバタリアン(自由至上主義者)でテック業界では数少ないトランプ支持者であるピーター・ティールが、取締役としてザッカーバーグの判断に大きな影響を与えているとも言われます。


 一旦右派メディアになってしまったFacebookが、今からリベラルなユーザを引き戻すのは非常に難しいでしょう。次の選挙でトランプが続投することになったら、ますます分断する社会にFacebookが翻弄され、ザッカーバーグとサンドバーグの立場は泥沼にはまる一方です。

 逆に民主党が勝ったら、Facebookは新しい大統領や議会から、あらゆる攻撃を受けることになると思われます。これまで触れたスキャンダル以外にも、Facebookによる数々の買収が不当に競争を阻害した、という疑いで独占禁止法の調査も始まっています。これは巨大テクノロジー企業を分解させたい民主党の得意分野です。

 米国外でのプラットフォームの成長や、2012年に買収したInstagramの好調により、会社としてのFacebookは収益も株価も順調です。しかし3年前に刷新したミッションステートメント、 "Bringing the World Closer Together"(世界をひとつにする)を目指すプラットフォームとしてのFacebookは、ここから大転換がない限り、ミッションとは反対方向に向かっているようです。


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