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第5回 ある時はミイラ研究者、またある時は“法医学者” その正体は・・・

展覧会をもっと楽しむ!“骨のエキスパート”坂上和弘先生インタビュー(全5回)

日々、人間の骨やミイラと向き合う坂上先生。自然人類学者としてのルーツはどこにあるのでしょう。そして研究のかたわら携わっている法医人類学とは。最終回は、先生の人物像に迫ります。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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坂上 和弘(さかうえ かずひろ)先生 プロフィール
国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ長。専門は自然人類学・法医人類学。先史時代から現代までの人骨やミイラが研究対象。

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――坂上先生は、普段どのような研究をしているのでしょうか。

僕は自然人類学者、という肩書になります。骨やミイラなど、昔の人の体から情報を読み解き、人類の進化や日本人の成り立ちといった歴史をひもといていくのが仕事です。

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茨城県つくば市にある国立科学博物館の標本庫で骨の分析を行っている様子。科博には古墳時代、中世、江戸時代のものを中心に6千体近い数の人骨標本が登録・保管されており、坂上先生によると、毎年新たに出土した骨が加わり、実際の数は1万体を超えるという(国立科学博物館提供)

――自然人類学の道に進むきっかけは何だったのでしょうか。

小学生のころ、現在所属する国立科学博物館でメキシコのミイラ、インカ帝国の王子と伝わるミイラ、そして干し首という三つのミイラを見ました。子ども心に「なぜこんな風になっているのだろう」と衝撃を受けたのが一番のスタートです。

ミイラをきっかけに、人の体は色々なことを教えてくれると知りました。昔の人のことを知るには、その人に直接聞けるといいですよね。ミイラを科学的に分析するという方法にも興味を持つようになり、自然人類学の分野をめざすようになりました。

ただ、湿度の高い日本の気候では、ミイラのサンプルが少ないんです。統計学的には標本が20体以上そろっていないと、研究対象として成り立たない。日本にあるミイラって、20体もないですから。「骨からやるしか無いな」ということで、骨の研究を始めました。

骨も、人の個性を強烈に表しています。それを理解できた時から、骨の面白さにも目覚めていきました。

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人骨の調査風景(国立科学博物館提供)

――骨の個性、というと?

指紋はよく知られていますが、実は骨にも個性はあります。性別、年齢、人種、体格や顔つき――、そういったものを骨から読み取っていきます。病歴やけがの痕跡、利き手なども予想が可能です。

そもそも骨が出ると「人間の骨かどうか」から始まり、1人分の骨なのか、2人なのか、そして、どういった人なのか、と調べていきます。人間ではなく動物の骨であったことは過去に何度も経験していますし、動物の骨の中に人の骨を混ぜて、事件をごまかそうとしていたショッキングな出来事もありました。

――すると、現代の事故や事件に関わることがあるのですか。

骨やミイラを読み解く手法は、犯罪捜査や身元がわからない人の捜査に役立てることもできます。法医学の1カテゴリー「法医人類学」の側面もあるのです。

僕も警察から依頼を受けて事件の現場検証に参加することがあります。

自然人類学の研究と異なり、法医学の現場では推定した性別や年齢が本当に正しいのか、必ず厳密な答え合わせが求められます。昔の人の場合は、記録のない人がほとんどなので、本当にそうであったのか言い切ることはなかなか難しい。

しかし法医学の現場では、間違えた場合はどこが問題だったのかを検証することができます。こういったフィードバックは、古代人について研究する際にも生かされています。

――古代エジプト人や縄文時代人、現代人。それぞれの骨やミイラを目の当たりにする際に、心境に違いはありますか。古代から現代まで、分け隔てることなく?

古代の人でも、現代の人であっても、おなじホモサピエンスですから、そこに隔たりは感じません。ただ、古代エジプトのミイラが亡くなった人を丁重に葬ろうと作られたものである一方で、現代の人がミイラ化して発見された、といった時の経緯や背景を知ると、「文明の発展ってなんなんだろう」と考えてしまうことはあります。

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「手の指が短いんです」と話す坂上先生

――ちなみに「推し骨」は。

骨はすべからく好きなので、「どれが1番」とは言えませんが……、人類学者は骨盤が残っていると「やったぜ!」と小躍りします。女性の骨盤は子どもを産むことができるように男性とは異なる形を持っています。すると骨盤の一部だけが大きくなっています。骨盤は性別や年齢を判別するのに一番根拠があって、安心して推定ができるんですよね。

個人的には手根骨(しゅこんこつ)という手首の部分にある8個の短骨がかわいくて好きです。指の骨も個性があって素敵ですよ。僕は手の指がとても短いんです。手のひらの大きさは僕と同じくらいでも、指がもっと長い人もいます。

他に、集団による特徴もあります。例えば、縄文時代人は現代人よりも相対的に親指が長い。理由はまだわからないけれど、こういったデータは、検証材料の一つになります。究極には、なぜ人の体はこの形になったのか、を突き詰めていくことができると考えています。この研究の面白さですね。

(おわり)

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は決定次第、公式サイトでお知らせします。

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