見出し画像

第3回 発掘調査はブートキャンプ②

展覧会をもっと楽しむ!“古代エジプト文明専門家”河合望先生インタビュー(全5回)

発掘調査はいわば一大プロジェクト。現地での発掘作業員の確保や人員配置も重要です。そこで交渉にあたるのも、河合先生の仕事なのだとか。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

***

河合 望(かわい のぞむ)先生 プロフィール
金沢大学新学術創成研究機構教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。専門はエジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプトでの発掘調査、保存修復プロジェクトに参加。

***

――現地には、発掘作業を支える地元の人たちがいると聞きました。

エジプトには発掘専門の労働者がいて、親方と熟練職人たちからなる集団がいます。私たちもそういった人たちにお願いして、一緒に発掘作業を進めています。

土砂の運搬のような作業は、若い元気な人たちが大いに活躍していて、使い古したタイヤをバスケットのようにして、そこに砂を入れて運んでいます。

重機も使いますが、遺跡にあたってしまったら破壊行為になってしまうので地表面の数mだけ。私たちの現場あたりでは地表に5、6m砂が堆積(たいせき)しているので、それだけでも違うのですが、あとは全部手作業になります。

画像1

サッカラでの発掘作業風景 © North Saqqara Project

――発掘専門の作業員は、どのよう人たちなのでしょう。

これも大変興味深いことなのですが、親方衆は代々世襲で受け継がれています。

本展に展示される「ハワラの子ども」のミイラを発掘した英国の考古学者、フリンダース・ピートリー(1853~1942)は、「エジプト考古学の父」とも呼ばれていますが、彼がエジプト全土で発掘を行った際に、上エジプト(現在のカイロ南部からアスワンあたりまで)のコプトス(現在のキフト)出身の労働者を教育、訓練して熟練の発掘職人に育てたという歴史があります。それから現在も、発掘作業の親方業を営んでいるのはそのご子孫たちなんです。

彼らはサッカラにも移住して、親から子へ、子から孫へと代々親方の系譜が受け継がれています。こうして職人集団となった彼らとコネクションを持ち、仕事をお願いしています。

画像4

人骨の発掘作業 © North Saqqara Project

――やはり親方の腕次第で調査の進行や成果にも差が?

最前線で、はけと移植ごてを手に発掘する人には技術も必要です。それに親方のマネジメント力、統率力も人によって差があって、作業の進み具合や結果にも影響してきます。朝、メンバーの点呼をしたり出勤台帳をつけたりするスタッフもいますね。

状況が一刻一刻変わるので、作業の途中でどこに人員をあてるか、どういう道具を使うか、互いに意見を出し合います。特別な作業が発生すると、それに優れた人にお願いしなくては、ということも出てきます。

画像2

カタコンベ入口前の通廊を覆う日干レンガ製のヴォールト天井の壁の修復作業 © North Saqqara Project

――コミュニケーションの難しさなど、苦労はありますか。

実は一番苦労するのは、労使交渉です。賃金をいくらにするか。現地の物価も変わりますから、毎年同じというわけにもいきません。そこで相手側がよく伝えてくるのが「最近は牛肉1キロの値段がいくらだ」というメッセージ。こちらが何も尋ねていなくても、伝えてくるんですよね(笑)。こちらも「大発見があったらボーナスを出すから!」なんて押したり引いたりしながら交渉しています。

画像3

現地の職人たちと発掘をしている様子 © North Saqqara Project

彼らは一緒に協力してくれる仲間ですが、労働に対する報酬は当然です。希望にはできるだけこえたいという気持ちと、限られた予算のはざまでの交渉になりますね。また発掘作業員だけでなく、保存修復が必要になったら現地の修復師などを雇う人件費、遺構を保護するための資材の調達費も必要になりますから、人員のマネジメントや交渉、予算の管理なども発掘調査にはついてまわる仕事になります。

一つの事業、プロジェクトを敢行しているな、という感じがありますね。

(第4回につづきます)

***

特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は公式サイトをご確認ください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?