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第1回 エジプト・サッカラ遺跡、カタコンベの発見

展覧会をもっと楽しむ!“古代エジプト文明専門家”河合望先生インタビュー(全5回)

特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」では、エジプト・サッカラ遺跡の発掘現場を、実寸大部分模型で展示する日本独自のコンテンツも予定しています。
いままさに進行中の発掘調査とは、どのように進められているのでしょう。本展の監修を務め、サッカラ遺跡で日本とエジプトの合同調査隊を率いる河合望先生に聞きました。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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河合 望(かわい のぞむ)先生 プロフィール
金沢大学新学術創成研究機構教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。専門はエジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプトでの発掘調査、保存修復プロジェクトに参加。

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――本展では、河合先生が隊長を務めるエジプト・サッカラ遺跡の発掘調査を紹介する日本独自の展示があります。まずはサッカラという場所について、教えてください。

サッカラは、現在のカイロ郊外にある、古代エジプトのほとんどの時期に首都があったメンフィスの墓域です。紀元前3000年ごろからローマ支配時代まで断続的に使われていた広大な場所で、19世紀から発掘調査が続くものの、カルナク神殿やツタンカーメン王墓で有名な「王家の谷」のあるテーベ(現在のルクソール)に比べるとまだまだ発掘が行われていません。

近年続けざまに新発見のある遺跡でもあります。最近も新たに数百体のミイラやミイラの製作所跡などが発見されています。

テーベとサッカラの位置

エジプト・サッカラの地理関係

――河合先生はどのような調査を行っているのですか。

2016年にスタートした日本とエジプトの合同調査は、もともとツタンカーメン王時代の痕跡を追って、ツタンカーメンに仕えた高官の墓を発見することが目的でした。この辺りではすでにツタンカーメン王の乳母、神官、ツタンカーメン王の父とされるアクエンアテン王時代の宰相の墓なども見つかっていたからです。

その過程で予期せず2019年に発見されたのが、ローマ支配時代(1~2世紀)のカタコンベ(地下集団墓地)、そしてミイラなどの埋葬品でした。

カタコンベは、ギリシャ・ローマ的な墓の形態で、これまでサッカラやナイル川流域では見つかっていません。基本的にギリシャ人やローマ人は亡くなった人をミイラにはしなかったため、エジプト文化とギリシャ・ローマ文化の融合した墓地が、古代エジプト最大の墓域から発見されたという点で注目を集めています。

カタコンベ外観

サッカラ遺跡、ローマ支配時代のカタコンベの外観 © North Saqqara Project

――発見は偶然だったのでしょうか。

偶然です。何かはあるだろうと推測して発掘を始めますが、期待通りのものが出てくるとは限らないんですよね。

遺跡は古い時代から新しい時代に積み上がっている訳ではありません。特にサッカラは3000年以上の間墓域とされていました。古い時代のお墓を後の時代の人が壊したり、改造したりして再利用していたようです。お参りするための距離を考えても、どんどん砂漠の奥に広げていくわけにもいかなかったのでしょう。

――調査地はどうやって決めるのですか。

もちろんいきなり掘るわけではなく、事前に過去の調査の情報などの資料を調べてから「踏査(とうさ)」を行います。

古代エジプトのさまざまな痕跡が堆積(たいせき)するサッカラ遺跡では、まず地表に落ちている土器片などの遺物の時代的傾向を調べ、時代ごとの分布を地図上に表します。現在はGPS(全地球測位システム)を活用して、分布図を作製しています。そこから目的とするツタンカーメン王の時代(新王国時代第18王朝末)の遺物が集中する場所を候補地に選びました。

踏査1

踏査の様子 © North Saqqara Project

現実的な問題として現地の治安なども考慮します。「アラブの春」など、国内の情勢が不安定になる時期もありましたよね。すると盗掘団が現れるなど、リスクが高い場所も出てきます。エジプトには遺跡を警備する「考古警察(Antiquities police)」が組織されていて、盗掘、窃盗などから遺跡を守っています。候補地の一つがその警察署の目の前だったこともあり「ここにしよう」と。こういったことも選定理由の一つになっています。

――どんなことがわかっていますか。

まだ発見して、内部を確認したところですから、本格的な発掘調査は来シーズン以降になります。ただし、入口周辺を調査しただけでも、すでにいくつか面白いことがわかっています。

それは、地中海世界の文化との融合が考古学的な遺物からも確認されたこと。例えば石碑などに表現された神様の図像を見ると、ジャッカルの頭をしていたり、トキ、ハヤブサであったり、はっきりと古代エジプトの神々とわかる表現がされている一方で、文字の部分はギリシャ文字で書かれています。また女神のモチーフもギリシャ・ローマ風、埋葬された人物の名も「メネラオス」など、ギリシャ的です。

また、古代エジプトにおける愛と豊穣の神・イシス女神の表現方法が変化していて、ギリシャ、ローマ世界で信仰されていたアフロディーテ(ビーナス)のようになっています。とても興味深いです。

イシス・アフロディーテとハルポクラテスのテラコッタ像

イシス・アフロディーテとハルポクラテスのテラコッタ像 © North Saqqara Project

――今後、現地調査はどのような段階に?

前回の調査で確認されたこととして、カタコンベ内部の天井が崩落する可能性があるなど、脆弱(ぜいじゃく)な部分が見つかっています。まずはそういった部分を修復して安全な状態にしてから掘り進める予定です。

しかし、まだまだ色々な遺物が出てくると予想していますし、周囲の遺跡全体を掘るには私の一生涯では終わらず、これから何世代にもわたって発掘調査が必要になるほどの墓や遺物があると考えています。

(第2回につづきます)

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は公式サイトをご確認ください。

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