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「パワハラ調査」The Background

「西瓜」11号に拙作「パワハラ調査」を掲載いただきました。ありがとうございます。短歌としての出来はダメダメなのでしょうが、外資系金融業界に長く勤務した私にとってはある時期の経験(とその時覚えた大きな違和感)を記録した作品でもあります。

日本の一般企業にお勤めの方は理解できない部分があるかもしれないので、ちょっとした周辺のあれこれを書いてみたいと思います。

「パワハラ調査」
目の前に女性弁護士ふたりいて知らないものを掘り出せと言う
サイレンが鳴り止まぬ耳 Mさんの病欠中に調査は進む
「いい上司ですよ」に右眉が大きく歪む ご期待に沿えず残念
リストラを免れたいは同じでも(ずいぶん凝ったシナリオですね)
恥という自覚はなくて堂々と濃いむらさきのルリタマアザミ

日常的にある人員整理(リストラ)

外資系金融業界といっても、証券会社つまり「セルサイド」と投資運用、生保や信託銀行をさす「バイサイド」とはその雇用慣行は大きく違います。セルサイドではその時々の手数料収入が主な収入源であり、いわゆるフロービジネスです。一方のバイサイドは顧客からの預かり資産に課される報酬が主な収入源で、いわゆるストックビジネスです。セルサイドでは毎年目標となる収益を達成しないと会社が成り立ちませんが、バイサイドでは顧客と長期的な関係を築くことができれば、毎年一定の収入が入ってきます。

一般に米国系の大手セルサイドになるほど従業員間の競争も厳しく、給与水準も高いと言われます。こうした大手では高い給与を得ようと他社からの転職希望者が絶えないので、目標を達成できない従業員に辞めてもらい、人員の入れ替えをするということがしばしばあります。

大手のセルサイド企業では、毎年12月末を決算として、営業部門の社員を査定し、下位数パーセントの専門職は、自動的に会社を去るのが一般的です。バックオフィスなどの管理部門はそこまで厳しくない代わりに給与水準が低くなっています。しかし管理部門であっても致命的なミスをしたり、他部署からの評判が悪い等の履歴がある場合は、人員整理の対象となります。またリーマンショックなど、会社の収益にダメージを与えるような事態が生じると、部門横断的に人員整理があり、管理部門の正社員も対象となります。

競争力がない人材は転職できない

こうした環境では優秀な人材の奪い合いが起こります。したがって能力に自信がある人は転職することによって給与を上げていきます。ベースサラリーが上がればボーナスも上がるので、年収が数百万単位で上がっていきます。年功序列ではないので、上司の方が年下ということはしばしばです。同じ年齢でも一方の人は肩書(タイトル)なし、一方はMD(マネージング・ディレクター)という大きな差がつくのです。一定の年齢に達してもタイトルがないと、転職したくても行き先がありません。そうした人材はどこの会社も欲しがらないからです。

人員整理の風が吹き始めると・・・

タイトルなしや最下位の係長クラスであったとしても、外資系金融業界は日本の同業よりは給与水準が高く、世界に同僚がいて面白い仕事ができるなどのメリットがあるため、彼らはできるだけ会社に留まろうとあの手、この手を尽くします。市場環境が悪化して、リストラが起こりそう、という雰囲気は、内部からのリークによるメディア報道などで事前に察知できます。

自分がリストラになるのでは?との不安に駆られると、特定の行動に出る人がいます。一般的なのはメンタルの病気で数か月休職してほとぼりが冷めた時に戻ってくるパターン。その間に、別の同僚がリストラされていったん人員整理が終わることを狙った行動です。また、産休中や育休中の社員は整理の対象にできないため「その時期にたまたま妊娠していました」ということもあります。

しかしそこは外資系なので、病気になって休んだとしても、能力的な問題があれば、復職してしばらくするとまた整理の対象になり得るのです。

でも、もし、その社員が「パワハラ」や「セクハラ」を上司に受けていたとしたら?会社としてはそのような訴えを正式に行った社員を整理の対象にすることは(法令違反になるため)できません。

ちょっとモヤモヤ

会社としては社員からパワハラの訴えがあった以上、きちんと調査をして証拠を残さないとその事案を終わりにはできません。労働基準監督署に持っていかれたら大変なことになりますし、最悪の場合には訴訟にもつながりかねないからです。パワハラは受けた側の感じ方に依拠するため、調査を尽くしても「なかった」との断定は難しいはずです。

もちろん、パワハラの告発には勇気が必要ですし、会社内の人間関係など犠牲にするものも大きいでしょう。しかし欧米系の大手企業では告発を受けただけで管理職にはそれ以上の昇進機会がなくなったり、人員整理の際にはターゲットにされやすいなど、むしろ告発を受けた側のデメリットが大きいのです。

一方で、リストラの危機を感じている部下は、自分への評価が低い上司の下から配置換えを要求できますし、配置換えの後で新しい上司が自分の評価を固めるまでの間「時間を稼ぐ」メリットがあるのです。業界全体が不景気な時期であれば時間を稼ぐことで景気のいい時期に転職機会を探ることもできます。

要は、「パワハラをされました」の告発は、時に能力が劣る社員により、リストラ回避の策として利用されうるということです。その代わりに、相対的に仕事ができる人が頭数としてリストラされることもあるのです。

私に力があれば、この傾向に伴うモヤモヤを短歌でうまく表現できたのでしょうけどね。また機会を改めて挑戦してみたいテーマではあります。(終わり)


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