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クリスの物語(改)Ⅳ 第11話 ジェット機のオーナー

 クリスが目を覚ました時、ヘリコプターはまさにヘリポートへ着陸するところだった。
 外には空港の職員と思しき男性が立って出迎えていた。3人はパイロットに礼を言ってから、ヘリを降りた。それから、待機していた黒塗りのワンボックスカーに乗り換えた。

 車に乗ったのは、ほんの10分ほどだった。コンクリート造りの建物の前に車を横付けすると、運転手が回り込んでドアを開けた。そして車を降りたところで、また別の女性職員が一行を出迎えた。
 職員の案内のもと、マーティスを先頭に3人は建物の中に入った。

 建物内は、いたって静かだった。空港だというのに、クリスたちを除いて他に客の姿は見られない。
 一行は受付の女性に出迎えられてから、職員の後に従って絨毯の敷かれた通路を進んだ。それからラウンジへと通された。
 マーティスは3人にそこで待機するよう告げると、全員のパスポートを手にどこかへ行ってしまった。

 ソファに座った3人は、落ち着かない様子でそわそわしていた。ラウンジには飲み物やスナックが置かれているが、勝手に飲み食いしていいのかも分からず誰も手をつけようとはしなかった。

「ここって空港だよね?」と、室内を見回しながら優里が言った。
 クリスと紗奈は首を傾げた。

 白を基調としたラウンジは高級感溢れ、空港というよりはラグジュアリーホテルのロビーのようだった。
 3人とも飛行機にも乗ったことがなければ、空港に来るのも初めてだった。
 外には飛行機がたくさん停まっていたから、空港には違いないだろう。しかし、イメージしていたものとは異なっていた。小ぢんまりとしているし、店もなければ人もいない。

 10分ほどして、マーティスが戻ってきた。戻ってくるなり『では、参りましょう』と言って、絨毯の敷かれた通路を先導した。
 通路をさらに進んでセキュリティチェックを受けてから、出口に用意されていた黒塗りの車に乗り込んだ。

 一行を乗せた車は、いくつもの旅客機の前を通過してひとつの飛行機の前で停まった。
 そのジェット機は、他の旅客機に比べてひと回り小さかった。白い機体には、アルファベットで「Hadi」と大きく描かれている。

 車を降りたところからジェット機の乗り口までは赤絨毯が敷かれていた。ジェット機の乗り口で、一行は赤い制服を身に着けた金髪の外国人女性に笑顔で迎えられた。

 階段を上がって機内に搭乗した一行は、同じ制服を身に着けたCAに次々と出迎えられた。
 機内は熊でも座れそうなほどの大きなシートが左右にひとつずつ何列かに並んでいるだけで、ゆったりとしたスペースがあった。さらに奥には長細いテーブルがあり、そのテーブルを囲むようにコの字にソファが置かれている。

 その奥のソファに、サングラスをかけたひとりの少年が正面を向いて足を組んで座っていた。
 浅黒い肌をした少年はグレーのハットをかぶり、白の半袖シャツを着て、グレーのショートパンツにはサスペンダーを付けていた。

 少年は、座ったままクリスたちに向かって手招きをした。3人は顔を見合わせ、首を傾げた。マーティスはまだ乗り込んできていない。

『とりあえず行ってみよう』とクリスはふたりに合図してから、ベベを抱えたまま少年のところへ向かった。

「僕のプライベートジェットへようこそ」
 少年は立ち上がると、サングラスを外して手を差し出した。
 少年の身長は、それほど高くはなかった。優里より少し高い程度。160㎝前後といったところか。

「僕の名前は、ハーディ・ビン・ジャリル・マフディだ。今は14歳で、再来月に15歳の誕生日を迎える。君たちよりは、いくらか年上みたいだね」
 一人ひとりと握手を交わしながら、少年は自己紹介をした。少年の話す言語は英語だったが、3人とも思念を通して言っている意味は全部理解できた。

 ハーディに思念を読み取る能力があるのか分からず、3人はそれぞれ英語で名前を名乗った。クリスは自分の名を名乗った後に、ベベも紹介した。英語は話せないが、名前を名乗るくらいだったら問題はなかった。

 ハーディはソファに座り直すと、3人にも座るよう勧めた。3人がソファへ腰かけたところで、マーティスがやってきた。マーティスは『お待たせしました』と頭を下げると、3人の向かいのソファに座った。

『自己紹介はすでにお済みのようですが、こちらのハーディは常々銀河連邦に協力をしてくださっている地表人のおひとりです。地表世界で活動するためには、どうしても欠かせない資金面の援助もしてくださっています』
『まあ、そうは言っても実際に資金を出しているのは、僕ではなく父親なのだけどね。一応、僕も自分でITコンサルの会社をやってはいるけど』
 マーティスの説明に、ハーディが思念で付け加えた。ハーディの言葉に、3人は顔を見合わせた。

 やはり、ハーディも思念で会話をすることができた。それに、自分たちと2つしか歳が変わらないのに事業をしているなんて驚きだった。
 3人が感心していると、ハーディは得意そうにウィンクしてみせた。

 ハーディの父親は世界中で事業を展開する企業のオーナーだった。
 ローマで一行が滞在することになっているホテルも、そのグループ会社が運営するホテルのひとつだ。ハーディ自身はドバイ出身だが、ヨーロッパやアメリカなど世界中のあらゆる国に家があり、人生の大半は海外で過ごしていた。

 自己紹介を終えた頃に、一行を出迎えた金髪の女性が3人の元へやってきた。そしてソファからシートベルトを引き出すと、「そろそろ離陸しますので、こちらのシートベルトをお締めください」と笑顔で言った。
 紗奈も優里も、照れるように頬を赤く染めて「はい」とうなずいた。

 いつの間にか機体は動き出し、ゆっくりと滑走路へ向かっていた。
 3人ともドラゴンや宇宙船には乗ったことがあっても、ヘリコプターや飛行機に乗るのは初めての体験だった。
 離陸するまで3人無言で窓の外を見つめた。

『ローマまではどれくらいかかるのですか?』
 飛行機が無事離陸したのを見届けてから、紗奈が向かいに座るマーティスに尋ねた。
『13時間弱です。現地には、現地時間で午後8時に到着する予定です』

 それを聞いてクリスは紗奈にスマホの時刻を見せてもらった。午後2時10分だった。
 今が午後2時過ぎで、これから13時間かかるのだったら、現地に午後8時に到着するというのはどう考えても計算が合わない。クリスが指折り時間を数えていると、紗奈が呆れ顔で「時差があるでしょう?」と言った。
 


第12話 紗奈の守護神

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!