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長距離走に必要な能力        ~生理学的な観点から~③                      

「長距離走に必要な能力~生理学的な観点から~」第3回です。
今日はLT(乳酸性作業閾値)を取り上げたいと思います。

 VO₂max(最大酸素摂取量)、RE(ランニングエコノミー)と並び、長距離走のパフォーマンスに大きな影響を与えるとされるLTですが、VO₂maxに比べ認知度は高くないのかなという印象があります。しかし、特にマラソン・ハーフマラソンを主戦場にしている選手にとってはレースペースに近い強度になりますので、是非知っていただきたいと思います。

1.乳酸とは


 乳酸とは、糖をエネルギー源として利用する過程(解糖系)において産出されたピルビン酸が変換されたものです。そして乳酸は心筋や遅筋でエネルギーとして利用されます。これが乳酸は疲労物質ではなくエネルギー源だと言われる所以です。

 乳酸は解糖系において産出されるものと書きました。少し前までは無酸素性運動によって乳酸が産出されると言われていましたが、最近は無酸素性か有酸素性かではなく、糖を分解することにより乳酸が産出されることが明らかになってきています。

 ただ3つのエネルギー供給機構(ATP-CP系、解糖系、有酸素系)は供給の比率が変化するだけで、1つのエネルギー機構が働き、他が完全にストップするといったことは起りません。低強度で長時間の運動においても僅かながら無酸素性エネルギー代謝も稼働します。100m走においても15~20%程は有酸素性エネルギー代謝が寄与することが報告されています。なので乳酸というのは常に産出されていることになります。

2.LTとは


 みなさんは「乳酸がたまる」状態を経験したことはありますか?スポーツをしてきた方なら誰しも経験があると思います。先ほども述べたように運動強度が高くなると糖を使うようになり、その結果乳酸の産出量も高くなります。

 ではなぜジョギングにような楽な運動中に乳酸はたまらないのでしょうか。それは乳酸を除去(酸化)する能力が機能するからです。酸化能力があるためjogで血中乳酸濃度が高まることはありません。
 ただし、酸化するスピードにも限界があり、産出量が酸化量を上回ったとき、血中乳酸濃度が高まっていきます。このポイントをLT(Lactate threshlod、乳酸性作業閾値)と言います。
 下の図は、運動強度と血中乳酸濃度(Bla)の関係です。

運動強度と血中乳酸濃度(Bla)の関係(畑山作成)

 運動開始後、少しずつ高まり、①上昇幅が大きくなるところ、と②急上昇し始めるところがあります。

①をLT₁、②をLT₂という呼び方を私は用いています。LTに関連する用語はたくさんあり、筆者によって微妙に使い方が違うので注意が必要です(AT,LT,VT,OBLA,MLSS等)。

AT(無酸素性作業閾値):無酸素性エネルギー代謝の供給が高まり始める
AeT(有酸素性作業閾値):無酸素性エネルギー代謝の供給が稼働し始める
VT(換気性作業閾値):呼気ガスからATを決定したもの
OBLA(血中乳酸蓄積点):血中乳酸濃度が4m mol/lになる時点
MLSS(最大乳酸定常状態):乳酸濃度が上昇しない強度の最高値

簡単にまとめます。
・ATを、呼気から求めたのがVT、乳酸から求めたのがLT。
・LT₁≈VT₁、LT₂≈VT₂
・AeTはほぼ使わない。AeT≈VT₁、LT₁
・LT₂(=VT₂)の血中乳酸濃度はだいたい4m mol/lやから、4m mol/lでの強度をOBLAにしよう
・LT₂≈VT₂≈OBLA≈MLSS

ジャック・ダニエルズ博士のTペースはLT₂の方を指し、MペースはおそらくLT₁くらいだと思います(マラソンはおよそ2m mol/lくらいの運動なので)。

私は基本的に「LT₁・LT₂」を今後も用います。

3.LTを改善するトレーニング

 パフォーマンスを向上させるために、LTでの走速度(vLT)を速くすることが大切です。

 代表的なトレーニングとして
・ペース走
・テンポ走(閾値走)
・閾値(LT)インターバル(クルーズインターバル)
が挙げられます。

①ペース走


 お馴染みのトレーニングで、説明不要かもしれません。ただペース走と言ってもどのくらいのペースでどのくらいの距離を走っているかは大きく違う気がします。あくまで私が実施している(してきた)ものをベースに考えてみたいと思います。

ペース:マラソンペースくらいか少し遅いくらい。
 時折Eペースくらいのランをペース走と呼んでいる人がいますが、「ペース走」ではない気がします。
距離:8000m~16000m
 分かりやすく距離としていますが、時間として考えた方が良いかもしれません。私の大学時は3′20ペースで12000m~16000mが基本でした。これは時間にすると約40分から56分くらい。あくまで私の感覚ですが、エリートマラソンランナーを除くほとんどの方にとっては60分以内に収めたほうが良い気がします。

ダニエルズ博士によると、Mペースの60分=Tペースの20分の効果になると述べられています。ペース的にはそこまできつくなく、時間を稼げることがペース走の利点です。

②テンポ走(閾値走)


 私はペース走とテンポ走を明確に区別しています。テンポ走はLT₂ペース(Tペース)をターゲットに走る練習です。ここ1,2年で閾値走という言葉が広まりましたね。ヤコブ選手の影響でしょうか。

ダニエルズ博士によると、連続で走る時間は20分で良いとされています。30分も40分も走ってしまうと疲労が大きくなりすぎるからでしょう。Tペースはレースに向けて仕上げた状態で60分ほど持続できるペースとされているので20分でも決して楽な強度ではないと思います。楽ではないが持続はできるペースで走ることがこの練習の大事なところです。

ペース:60分間全力で走り続けられるペース(elite runner であればhalf marathon )

時間:20分

1回の走行時間を短く分割し、トータル20分以上走ることで効果を高める方法もあります。これがLTインターバルです。

③LTインターバル


 LTインターバルのペースはテンポ走と同じです。分割するからといってペースを上げてはいけません。
 インターバルにする利点として、リカバリーのジョグも含めたトータルの刺激時間が長くなることや、精神的に余裕を持って走れることが挙げられます。もちろん分割するからといってやり過ぎるのも良くないですから、リカバリーも含め30分から40分くらいが適当かと思います。

ex.
・1000m×8~10 r=200m
・1600m×5 r=400m
・2000m×4 r=400m
・3000m×3 r=400m

④その他の効果


 ここまでは生理学的な視点からトレーニングを解説してきましたが、私自身は技術(ランニングフォーム)の視点からのトレーニング効果も非常に大切だと思います。

 その理由は「中途半端」なペースだからです。jogだと意識したことを動作に反映させやすい、インターバルになると自然と無駄な動きを省いている、でも閾値あたりのペースは動きを落とし込むのが難しいと感じます。

 ペースに動きを落とし込めていない人のタイプを私の経験則で分類すると、一生懸命jogをしているタイプ、ブレーキをかけたスピードランをしているタイプに分かれます。

 ちなみに私はブレーキをかけたスピードランタイプで、フォームコントロールは自分の中で大きな課題です。

 閾値あたりのフォームコントロールを身につけることができれば、効率の良い(=経済性の高い?、本当にエコノミーが改善するかは断言できないが、、、あくまで経験に則った仮定の話)走りが身につくと考えています。

 長距離ランナーは当然ながら中距離ランナーにとっても重要なトレーニングなので、皆さんもぜひ閾値トレーニングを行なって強くなりましょう!!

ご覧いただきありがとうございました。


参考:ダニエルズのランニングフォーミュラ
パワーズ運動生理学
新たな乳酸の見方(八田秀雄)




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