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ファンなのか好きなのか

僕はとある演歌歌手が好きだ。

とにかく声が綺麗だ。
演歌歌手だし歌も上手いと思う。
ただ、その方の本業である「演歌」に惹かれたことはない。
単純にキャラクターとして面白いし、テレビ好きな僕としては、見ると明るい気分になる、だから好きだ。

きっかけはカラオケ番組である。
なんとか連チャンというやつだ。
その人はとにかく面白かった。
久しぶりに歌番組?で腹がよじれるほど笑わせてもらった。

だって連チャンしないのだ。
0連チャンで終わる時もあった。
声が綺麗で歌が上手くて実績もあるのに、全然連チャンできない。
もう「いじってくれ!」と言わんばかりのオーラも漂っている。
明らかに芸人8、演歌歌手2の人だと僕は思った。

これがきっかけとなって、我が家ではTVerで必ずチェックする番組となった。
そして、この演歌歌手が好きになった、と言うわけである。


そして月日は流れた。

前の会社に勤めていた時にたまたまイベントの通知があった。

なんと、その演歌歌手が撮影で来ることになった、と言う通知だ。
そして、更に嬉しいことに見学も可能と記載があった。
正直言ってかなり興奮した。

興奮した流れに身を任せ、広報担当者に、
「僕、その人のファンなんです!大好きなんです!撮影是非見させてもらいます!」
と、ビジネスメールのマナーをぶち壊し、モラルのかけらも無いメールを送っていた。

ただ、その人を見ることができる!と言うことだけでかなりテンションがあがった。
なんせ、毎週の様に欠かさずチェックしている番組に、ほぼレギュラーの様に出ている人だ。
芸能人バイアスがかかっていた可能性もあるが、とにかく会ってみたかった。

そして、その当日を迎えた。
事務室では、僕だけが興奮していた。
周りの皆は目の前の仕事に夢中だが、僕はその演歌歌手に夢中だった。

朝早くからの撮影だったから、出社して間もなくその方がやってきた。

やってくると
「仕方ない見に行ってみるか」
と言う感じで、周りの人達がゾロゾロと立ち上がった。

おいおい、そんなテンションで会うなんて失礼極まりないな。
と、心の中で思ったが興奮の方が大分上回っていたから、その気持ちはすぐに忘れた。

見学するだけしかできないから、遠くで眺めていようと思い、とりあえず撮影の邪魔にならない場所から待機してみていた。
やっぱり動きも見た目も、そしてなんならスタッフとの雑談すらも面白かった。

撮影がひと段落すると、広報部の方が一言告げた。

「今なら余裕がありますので、皆さんで雑談でもしませんか?」

その言葉で、僕はあることに気がついた。

「あれ、この人の歌ってなんだっけ」

最も失礼なやつがいた。僕だ。

好きだ好きだと言いながら、カラオケ連チャン番組での功績しか知らない僕だ。
だから、当然と言えば当然なのだが、持ち歌を一度も聞いたことがなかった。

今更ながら興奮していた自分を責めに責めた。
そして、この雑談の流れが早くすぎることを心から祈っていた。

が、そのとき広報担当者がとんでもないことを言い出した。

「そうだ、わざわざメールをくださった方がいらして、どうぞ今なら話し放題なので、大好きなことを存分に語り合ってください!」

と、僕のことを呼んだのだ。

さっきまでのテンションなら、
「ハイ喜んで!」
と言うべきところだが、正直背筋が凍った。
と言うか、冷や汗と体のこわばりで、吐きそうだった。
これがストレス性胃腸炎かと思いながら、僕は演歌歌手に向かって勇気ある一歩を踏み出した。

「どう言うところがファンなの?」

いきなりグングニルの槍で貫かれた。
本人からの直球の質問に頭が真っ白になった。

「あ、実は、カラオケの連チャン番組で拝見して、歌が上手いのに何故か連チャンできないことが面白くて、そこからファンに」

一言も二言も余計なことを口走っていた。
終わった。そう感じた。

慌ててフォローする様に、
「ファンになってからは毎日見るようになって、先日チャレンジ達成しましたよね?家族みんなで大興奮したんです、本当に嬉しかったしめっちゃイケメンだした」

もうダメだ。
いや、正直お世辞にもかっこいい人の部類に入らないのは分かっていたが、何せ狼狽えていた。
ありもしない事実を並べてしまった。
チャレンジ達成したことは事実ではあるが10回以上も出てたった1回だけだった。
功績であることにかわりないが、演歌歌手大好きとして登場した僕が口走ることではないだろう。

「あー、あの連チャン番組ね。あれ全然爪痕残せてないねん。変な爪痕しかない」

いや、気まずい。
ただ救いだったのが、多少の笑みを浮かべながら話をしてくれたことであった。
この笑みを、地獄に落ちた人間が蜘蛛の糸を辿るように、逃がさないと僕は畳み掛けた。

「いやいや、何をおっしゃいますか。あの番組はあなたあってのものです。あの番組を見て興味を持って、僕みたいなファンも生まれました。マジでかっこいいっす」

一言余計だった。
ただ、本人は満更でもない顔をしていたから多分良かったのだろう。

続いて

「あの番組で、初回からの連チャン数を電話番号としてかけると、静岡県のとある場所に繋がるって、Twitterでバズってはった」

と言ったのだ。
全く知らない小ネタを教えていただき光栄に思ったのが半分、あと半分はどう処理したら良いか分からない情報をぶち込んできたな、という焦りだった。

「ははは、なんですかそれ!面白い!」
ととりあえず笑いつつ
「時間は大丈夫ですか?こんなにお話しいただき本当に嬉しいです」

と、締めに入った。
何と返すべきかわからなかった僕は逃げたのだ。

「あー、まだ大丈夫っぽいね」

まさかの答えだった。
誰かに助けて欲しかった。
でも誰も助けてくれる人はいない。
なんせ、唯一のファンという扱いで登場した僕だ。
そんな貴重な時間を奪おうとする様な不届ものは社外人にはなかなかいない。
精神と時の部屋並みの時間の長さを感じつつ、次の話題を考えた。

そして僕の頭に舞い降りた言葉は、
「スーツ似合いますね!」
だった。

違った、と言うのは僕が一番分かってる。
でも仕方がなかった。
何も頭に浮かばなく、ふと姿を見たら口が勝手に突撃していた。

「確かに!着物姿じゃないのは新鮮だね、なんか落ち着かない感じがするわ」

「ははは、そうなんですね!」

会話が終了した。
ガッテム!自分の引き出しの無さをこんなに嘆いた事はなかった。
ちらっと広報の担当者を見てみると、ここにきてようやくではあるが、何となく
「あ、こいつ本当のファンじゃない」
と気付いてくれた様だった。

「そろそろ時間ですのだスタンバイお願いします」

と言って、挨拶を済ませると撮影場所に向かっていった。
その時僕の背中は、涼しげな部屋の中で汗をびっしょりかいていた。


そして、しばらく通常業務に戻って仕事をしていると、今度は、ファンサービスで一緒に写真を撮ってくれるらしい、と言う話が舞い込んだ。

一緒に働く同僚は僕が演歌歌手の大ファンであると思い込んでいるので、当然先頭最前線に立たせて、
「思う存分話を楽しみなさい。またとないチャンスだ」
と無言の圧力をかけてくる。

「実は、全く持ち歌知らないんです!キャラが好きなだけで、ファンじゃないんです!」
と叫び出したかったが、僕の良心も痛めば相手の面子も破壊してしまう。
それだけは避けようと、話すネタをまた必死に考えだした。

考えがまとまらぬうちに現場に着いてしまった。
勿論ツーショット写真は僕が先陣を切る。

「思い出した、この人確か指パッチン得意だ!」

僕の頭に雷が落ちた様な強い衝撃があった様に感じた。

「すいません!一緒に指パッチンしながら写真撮ってもらえませんか?」

どうだ、みたか。
これもカラオケ番組で仕入れた知識ではあったが、何も知らない素人よりはファンらしいことを言っただろう。
相手の反応を見てみる。

「パチっパチっパチっ」
「パチパチパチパチパチパチ」
「パッチン」
「パチパチ」
「パッチン」

しつこかった。
写真を撮らずに延々とやっていた。
逆の意味で失敗したと思ったが、機嫌を崩さなくて何よりだと思った。

僕も一緒に、
「パチパチ」
とやった。
そして、満面の笑顔で写真を撮ることに成功した。

もう一枚!と言う掛け声のもと、僕と演歌歌手は何故か近寄らされた。
と言うより、とても近くに歩み寄ってきてくれた。
それにビビった僕は少し退いた。
何故なら思った以上に、その人の顔が大きくインパクトがあったからだった。
そしてそのビビる瞬間を写真に撮られた。
何だか逃げている様な写真が出来上がってしまった。

続いて固い握手を3度ほどし
「カラオケ番組頑張ってください」
と言って僕は群衆の中に戻った。
最後の言葉としては、全くもって不適切ではあったのだろうが、もう引き出しもないから出てくる言葉をそのまま出すことしかできなかった。

僕の撮影が終わると、一緒に働いているお姉様方がゾロゾロと、写真を撮り始めた…が、
「すいません!時間切れです!ありがとうございます」
という掛け声と共に、強制的に写真撮影会が幕を閉じた。

写真を撮ったのは僕だけである。
偉い人やお姉様方を差し置いて自分だけ前面に映り込んでしまった。


だから僕は会社を辞めた。
居づらい雰囲気を感じたからだ。
あの方が来なければ会社を辞めてなかっただろう。

ただひとつだけ覚えておいてほしい。
僕のことは嫌いになっても、あの演歌歌手のことは、嫌いになってほしくない。
僕はファンではないかもしれないが、彼のことが大好きだからだ。

だから、指パッチンだけは少し練習をして上手くなった。
今度子供に教えようと思う。

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