源河亨「『美味しい』とは何か 食からひもとく美学入門」感想

◇要約
●伝統美学
・高級感覚=視覚、聴覚
・低級感覚=嗅覚、味覚、触覚
・美的経験=高級感覚に基づく経験
→低級感覚は無関係。

●媒介⇔直接
・媒介=視覚(光)、聴覚(大気)
・直接=嗅覚、味覚、触覚

●多感覚知覚
・人間の知覚は複数の感覚情報を統合したもの。
→「純粋な知覚」は存在しない。

●多感覚錯覚
・腹話術効果:空間認識=視覚>聴覚。
・フラッシュ効果:時間認識=視覚<聴覚。
・ポテトチップス実験:咀嚼音を変化→食感が変化。
・チョコレート実験:丸みを加えたり、ピンクにすると、より甘く感じる。
・ワイン実験:白ワインを赤く着色すると、赤ワインの味や香りと錯覚する。

●味
・基本味=甘い、塩辛い、苦い、酸い、旨い。
・唐辛子やミントは味覚ではなく、触覚。
・純粋な味はない=味とは多感覚が統合された知覚。

●判断の種類
・評価的判断:肯定/否定等の価値を捉える判断。→美味しい/不味い
・記述的判断:価値中立的特徴を記述する判断。→甘い、辛い、酸っぱい

●センス
・センス=感性
・評価=審美的判断

●性質帰属
・性質帰属=対象がある性質をもつと述べること。
・物理的基準=物質の構造や特性に基づく物理的性質。
・客観主義=評価は性質帰属である。
→正誤を問える。
主観主義=評価は性質帰属ではない。
→正誤を問えない=態度表明。

●相対的客観性
・傾向性(disposition)=もしXという条件が満たされたらYという出来事が起こると特徴づけられる性質。
・アボカド=人間にとって栄養、鳥にとって毒。
→生物種相対性。
・ルートビア=アメリカ文化にとって美味しい、非アメリカ文化にとって不味い。
→文化相対性。
・傾向性とその顕在化条件としての「文化相対的客観性」。
→1つの文化の中では正誤を問える。
・分厚い用語=記述的要素と評価的要素の両方を含む言葉。(爽やか、こってり等)
→対象が持つ特徴によって正しい使い方が指定=使用法の正誤を問える。

●純粋主義
・「無垢な目/舌」=「言葉を介した情報」の排除
→「評価は知覚によって得られる情報のみに基づいて下すべき」という立場。

●知識の体系性
・知覚のみの体験は「雑な評価」にしかならない。
・知識や情報を全て無視するのは安全性確認等が煩雑になる。
・知識や情報は恩恵と弊害の両方をもたらす。

●体験の楽しみ
・対象がもつ価値:酒の味や香り。
・経験がもつ価値:酔うという状態。
・知識や情報は、対象価値の解像度を上げ、経験価値の強度を上げる。
・「知識や情報をひけらかす人」による不快感が純粋主義の動機になる。

●言語化の機能
・他者への判断材料提供。
・自己の経験明確化。
・「感覚の伝達/再現」ではない。

●専門用語
・目的に応じて、用語は選択や造語される。
→同じワインでも、ソムリエと醸造家では異なる専門用語で表現。

●比喩表現
・直喩↔️暗喩
・概念メタファー=物事の捉え方や理解の仕方にも隠喩を用いる。
→素朴な味、優しい味等。

●開かれた概念
・芸術の定義は過去から現在までに拡大してきたし、今後も変更される可能性がある。
例:マルセル・デュシャン「泉」、ジョン・ケージ「4分33秒」。

●芸術の二つの意味
・評価的意味=他より優れている。
・記述的意味=芸術の範疇に所属する。

●芸術の概念分析
・人工物である=自然物ではない。
・文化の産物である。
・意図的制作物である。
・「感情表現」は不要。

◇感想

 「美味しい」とは何かという問いに始まり、料理が芸術かどうかまでを検討する分析美学の入門書。

 伝統美学とは異なり、心理学や脳科学等の最新の科学的知見も参照しながら、知覚や感性、芸術等の美学の基本概念を丁寧に検討していくのはとても興味深い。

 個人的には、多感覚知覚に基づく情報統合、知識や情報が感覚に及ぼす正負両面の効果等を踏まえて、「無垢な舌」も「純粋な味」もないと論証していくのがとても参考になりました。

 ただ、芸術が「開かれた概念」だとしても、現時点で「料理」が「芸術」に含まれるかどうかは微妙で、その点に関しては著者の論証は今一つだという印象です。

#読書 #感想 #哲学 #美学 #芸術

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