「べき思考」の対立

今週水曜日から木曜日に掛けて、関東地方に台風がやってきた。
ニュースでは帰宅命令が出されて早退するサラリーマンが映し出され、一方ツイッターでは何が何でも出社するように命じられた人の嘆きが流れてきた。

木曜日に電話で予約しようとした心療内科は臨時休診だった。
webによると、台風の影響を考慮して医師やスタッフの安全を確保するためらしい。

一方、某ネットスーパーは配達の遅延や不着になる可能性を謝罪していた。
心療内科とは対照的な告知だ。
「台風なんだから、そこまで頑張らなくてもいいのに」と僕は思った。

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人の頭の中には、いろいろな「べき思考」が潜んでいる。
僕の休職原因の1つは、自分の中にある様々な「べき思考」である。
また、職場の同僚の「べき思考」の対立に巻き込まれたのも、これまた原因の1つである。

「べき思考」は、怒りやストレスの原因となりうるもので、必ずしも良いものであるとは言えないだろう。
現に、アンガーマネジメントや心理療法の本を読むと、“「べき思考」に囚われないこと”が大事であると説かれている。

さて、今回取り上げた心療内科の対応と某ネットスーパーの対応は対照的であるが、
「台風でもオープンすべきだ」と思っている人は、後日心療内科に文句を言うだろうし、「台風の時はスタッフの安全を確保するべきだ」と思っている人は、某ネットスーパーをブラック企業だと感じるだろう。
一方で、心療内科は「スタッフの安全を確保するべきだ」と思ったから休診にしたのだろうし、某ネットスーパーは「台風でもお客様のために届けるべきだ」と思ったからあのような告知をしたのだろう。

結局、「べき思考」は人々の中で完全に画一化されない限り、対立が起こる(もちろん、完全なる画一化が行われたら恐怖でしかないし、それは一種の洗脳だろうが)
「べき思考」の対立が起こるから、怒りやストレスが発生する。それに任せて人は行動する。

「べき思考」は、最近僕が読んだ、saku様のノート(下記参照)でも言及されている。

「べき思考」は、十数年前に大ベストセラーになった養老孟司氏の「バカの壁」で言及されている、“一元論”に似ているのではないか。

一元論は自分の考えに固執してそれ以外を見ようとしない、一種の「思考停止」である。
自分と他人の考えの間に“バカの壁”を作ってしまい、壁の向こう側が見えなくなる。

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ものすごく偉そうなことを書いたが、これは自分への戒めの意味を込めている。
なぜなら前述の通り、自分も「べき思考」に囚われすぎて休職してしまったのだから。
今、「べき思考」を取り除こうと絶賛トレーニング中だが、その重要性をこうして残しておくことで、後に振り返ることができるようにしたまでである。

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