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【ヤマト2202創作小説】新訳・土星沖海戦 第5話

西暦2203年5月8日 0時32分
<土星沖・B環上空>

 この日の土星沖は光が絶えない。あちこちで光球が起り、そして萎む。無論、自然現象でないことは明らかであった。死の光である。

 陣形を整え後退を始めた第3軌道守備隊群(3軌群)は、予想を上回る敵の進撃速度、そしてワープアウト数を前に窮地に立たされていた。カラクルム級が半包囲状態でビームの雨を左右から降らせ、ゴストーク級の大型/小型ミサイルが上下から3軌群を襲う。虎の子の波動防壁も消耗が激しく、耐圧限界点を超えた艦にシャルトルーズグリーンのエネルギー弾が貫通し、爆沈する。

E11撃沈!E26からE31、波動砲発射態勢に入りました!!

すぐに自律制御を解除しろ。両舷増速、スラスターを目一杯噴かせ!

 やはりまだ早かったか、三ツ矢は下唇を噛む。「人的資源の保護とAI技術の活用」と言われると聞こえは良いが、戦闘経験の乏しいAIに艦を任せたところで被害は拡大するだけであった。現に、広く展開する敵艦隊に向けて一部の金剛改Ⅱ型が収束波動砲で活路を見出そうとするのだから、3軌群は次々と討ち減らされていく。通信長はマスターコードを使い自律制御の解除を試みたが、相次ぐガトランティス艦のワープアウトに交信がほぼ不可能な状態であった。

ミサイル第二波、上方から多数接近!!

 悲鳴にも似た船務長の報告に艦橋要員に焦りと恐怖が募る。群司令の尾崎は適切に、しかし熱のある声で艦隊を指揮する。

後進そのまま、全艦砲撃用意。砲雷長、たたき落としてやれ

対空・対艦戦闘用意。隊統制射、いつでもどうぞ!

 砲雷長の操作で砲塔がまわり、ミサイル/魚雷発射菅が開く。測的が終わり、砲雷長と目が合った尾崎は、自らを、そして3軌群を奮い立たせる覚悟で声を張り上げる。

合戦始め!!

撃てェ!!!

 敵艦隊とミサイルに向けて全艦が砲撃を始める。砲身から無数に飛び出す陽電子衝撃砲の光、迎撃され爆発する大型ミサイルの光、ミサイルが直撃し半ば圧壊しながら爆沈する護衛艦の光、被弾してバランスを崩したカラクルム級が前方の艦と衝突し、エンジンに接近した艦橋が高熱で焼けただれる光、光の絶えないこの空間は、死と隣り合わせである。

E05、12爆沈、E19戦列を離れる!

第二主砲塔被弾!クソ、これじゃジリ貧だぞ!

―我、航行不能。航行不能。救援を求む!救援を・・・

 艦橋から、そして通信から、被害状況が告げられる。三ツ矢も、死が近づいていると実感し、顔色を悪くしながら尾崎に報告する。

・・・群司令、我が部隊の損耗率が35%を超えました。

もう少しだ、もう少しだけでいい。それまで耐えてくれ。

 懇願にも似た尾崎の思いに応えるように、各艦はありったけのエネルギー弾と実体弾を乱れ撃ちする。だが、敵が密集するこの状況では砲撃は命中しても、大勢には影響しない。

前方より新たな艦影、識別”空母”です!

 爆発の衝撃波で艦が揺れる中、電測士が報告する。「トドメを刺しに来たな」と航海長が発すると同時に、船務長が驚いたように振り返る。

本艦上方に機影、基地航空隊と認む!!

 敵ナスカ級打撃型航宙母艦に照準を合わせ、高高度よりパワーダイブ体制に入る基地航空隊がレーダーに映ったことで、僅かではあるが艦橋の空気が緩む。が、被弾の震動が彼等を現実に突き戻す。右舷側の波動防壁が耐圧限界に達し、カラクルム級の輪胴砲塔から放たれたエネルギー弾が装甲を食い破る。通路の爆発に巻き込まれる乗員、落下した配管の下敷きになる乗員、割れたガラスが顔や腹部に刺さった乗員、破壊された装甲から船外に吸い出される乗員。犠牲は増え続けてゆく。

―第三デッキに被弾!酸素濃度、急速に低下!

主(メイン)レーダー破損!近距離索敵レーダーに切り替える!

ダメージコントロール。隔壁閉鎖、急げ!

 各部から上がる被害報告を纏め、対策を指示する三ツ矢。とうに喉の水分は乾ききり、今にも脱水症状で倒れそうな状態を気力だけで保っている。見かねた尾崎が医務室へ行くよう勧めるが、「地下都市での生活に比べたらマシ」と固辞するため、それ以上の追及はしなかった。

その時、

敵ナスカ級後方に重力波。空間航跡を解析、未確認艦艇です!

 電測士の報告に尾崎は「メインパネルに映せ」と指示を出す。デスバテ―ターの発艦準備を進めるナスカ級の後方から、これまでにない巨大なワームホールが展開される。そこからワープアウトした艦艇はナスカ級は勿論、ゴストーク級やカラクルム級が小さく見えるほどの超大型宙母であった。上下に分かれた4つの飛行甲板には”剣”を彷彿させる小型艦が搭載されている。

何なんだ・・・あの大きさは!

 推定でも1000m以上はある艦影に三ツ矢は唖然とした。そして次第に無力感に襲われる。あんな巨大宙母を建造する国家相手に地球は勝てるはずがない、自分たちは彼らに嬲り殺されるのだと想像すると、自然と涙が出てくる。

 三ツ矢の異常を察した尾崎は直接指揮を執る。

通信長!航空隊に目標変更指示を、あれが敵の旗艦だ!

ダメです!通信レーダーが回復せず、連絡が取れません!!

 奴さんは運まで味方に付けたか。尾崎の願いも虚しく、急降下する基地航空隊は最終針路を確保し、ナスカ級に照準を絞る。24機のコスモタイガーⅡは、数機が被弾しながらも対空砲火を掻い潜り、各機が四発の標準多弾頭ミサイルをナスカ級に見舞う。一部編隊は異常を察知し、直前で敵巨大宙母に向けて発射したが、護衛のカラクルム級が接近し身代わりとなったが為に、打撃を与えることが出来ず、離脱を余儀なくされた。


意外に持ち堪えますな。例の壁が、我ら総隊の攻撃を食い止めるとは。

 目の前で黒煙を上げ、爆沈し、氷塊に沈むナスカ級やカラクルム級をよそに、参謀と思しき男が巨大宙母(アポカリクス級指揮戦略型征圧式重航宙母艦)の艦橋で語る。腕を組み、ガトランティスの国章が入った衣装を纏う男は、「見事だ」と参謀に同調しつつも、全く動揺しない。

だが、それも今のうちだ。刈り取られる命が数秒延びたに過ぎん。

 そう不敵な笑みを浮かべる男・バルゼーに艦長のウィルホが報告する。

バルゼー様。イーターの出撃準備、整いましてございます。

よろしい、双胴甲板旋回。イーター出撃せよ!

 バルゼーの一声で上下の甲板が回り始める。甲板の旋回と同時に慣性制御が解除され、まき散らすようにイーターⅠが発艦し、3軌群に向けて突撃する。

 その頃、3軌群は奇妙な現象に遭遇していた。両翼の艦隊が砲撃をやめ、一斉に反転し始めたのである。「撤退するのか」とこぼす航海長。その後ろで尾崎は言いがたい不安に襲われていた。敵は何かを仕掛けてくる。新たな増援か、あるいは十一番惑星で使った軍団大砲をここでやるのか・・・。

―観測よりブリッジ!小型艦と思しき未確認物体が急速接近、突っ込んできます!!

 声を荒げて尾崎が反応する。メインパネルには確かに、剣のような小型艦が突撃してくる様子が映し出されている。

小型艦接近!!

撃ち落とせ!!

 3軌群第7護衛隊の前衛E08が最初に接敵し、主砲で対空射撃をする。しかし小型艦イーターⅠは直進し、護衛艦の波動防壁に接触したかと思うと、セントエルモの火のような光を放ちながら貫通し、E08の船体に突き刺さった。

敵小型艦、E08の波動防壁を貫通した!!

 沈黙するE08に対して、突き刺さったイーターⅠの側面輪胴砲塔は砲撃をし、共に爆沈する。右舷に展開していたE09にも、イーターⅠは波動防壁を破り、突き刺さる。

 遂にガトランティスは波動防壁を攻略したのか、唖然とする尾崎をよそにイーターⅠは3軌群を「喰らう」。迎撃に向かったコスモタイガーⅡの30mmパルスレーザー機関砲をものともせず、逆に側面砲撃で返り討ちにする。運良く生き残っていた護衛艦を、3隻のイーターⅠが前と左右から突き刺さり、第7護衛隊を指揮していたE23には艦橋直上から「串刺し」にして撃沈する。

 「E23撃沈」との報に砲雷長は

何だよアイツら・・・構いもなく特攻して・・・

 と、目の前の出来事を受け止められずにいる。ここにきて、ようやくクルーたちは自分たちが戦っている相手を理解した。人の形をした戦闘マシーン、殺戮のために生を与えられたまがい物。悔いも良心の呵責もない、手段を問わない「蛮族」だと。

隊列を再編する!残る敵小型艦を全力で叩き・・・

 尾崎が言い終わる前に、金切り声の様な音が響き、目の前の空間が歪む。そして、その中心からエネルギー火線が飛び出し、プロミネンスにも似た無数の紅炎を帯びて流れる。突然の出来事に船体に激震が走り、差込む強烈な光と相まって、ブリッジに苦悶の声がこだまする。

何が起った!状況知らせ!!

左舷前方より発砲。弾道は不明ですが、次元震動の波形から物質転送機を用いた攻撃の可能性があります!

 火焰直撃砲、瞬時にして尾崎は感づいた。右舷上方の1式次元電波探信儀や対空パルスレーザーの砲身がよれ曲がり、えぐり取られた表面装甲は火花を出しながら黒ずんでいる。超高熱のエネルギー流がかすめただけでこの有様である。

新たな艦影、正面より敵駆逐艦近づく!

群司令、これ以上は持ち堪えられません!

 半壊状態の3軌群に追い打ちを掛ける形で火焰直撃砲の攻撃、そして駆逐艦による掃討戦。圧倒的戦力差がありながら、手塩をかけて負かしていく。戦争を、人殺しを「ゲーム感覚」で行っているのか。だとしたら、人間を否定する存在として、矛盾した行動をとっているのではないか。

・・・ここまでか。

 そうした疑問を抱きつつも、尾崎には預かったクルーの命を守る義務があった。これ以上の戦闘で失われる人命を防ぐため、今まさに撤退と救命艇への乗艦を呼びかけるところであった。

後方より魚雷接近!!

 尾崎に注目していた電測士が、視線をレーダー画面に戻し、慌てて叫ぶ。E24の左右を通過した魚雷は、列を成してククルカン級駆逐艦に襲いかかる。そして遅れて8隻のフレッチャー級護衛艦が突撃し、撃ちこぼしたククルカン級を主砲と魚雷で撃沈する。

ククルカン級、轟沈・・・

 いまだ状況を掴めず混乱する中、砲雷長は双眼鏡で護衛艦を追う。船体の宇宙海軍章と艦籍番号のマーキングを発見し、

我が方の護衛艦で間違いありません。まさか・・・

 と告げると、続けざまに船務長が叫ぶ。

後方195にワープアウト反応。識別「タケミカヅチ」、山南艦隊です!!!

 おぉ!とクルーの感嘆符を漏れる。主パネルに映る姿は、まさしくアンドロメダ級と波動砲艦隊の勇姿である。死の恐怖から解放され、安堵の声が次々と起る。

友軍護衛艦より入電。「コレヨリ誘導スル。我二続ケ」。

 通信長が揚々と報告する。まだ戦場から離脱をしていないが、連合艦隊の到着で「助かった」と浮き足立つ者が大半であった。尾崎は、油断はするなと戒めながらも、一筋の希望が見えたことを共有し、指令を出す。

回頭180度、前線より撤退するぞ!

ヨーソロー!

 面舵を一杯に切り、船体を回す航海長。艦が回頭したことで初めて助かったと実感した尾崎は、聞こえない程度に呟く。

信じていたぞ、山南・・・


テロンの分際で余興に水を差すとは・・・

 参謀ガリツェは苦々しい目で波動砲艦隊を見る。その隣では、圧勝ムードをかき消され、苛立ちを隠せないバルゼー。感情を忌み嫌うガトランティスにとって、「怒」は劇薬に近い効果を及ぼす(彼等はこれを”汚染”と呼称している)。冷静さ、合理的思考の欠如、時として大帝ズォーダーの意に反する行動をする。

その程度の数で勝てると思うのか!一気に押し込め!

 ”汚染”に片足をついた状態のバルゼーの叫びを知ってか知らずか、山南は主パネル越しにガトランティス艦隊をにらみ、呟く。

物量を過信する愚か者よ・・・力は、力によって滅ぼされると知れッ!

 タイミングを合わせたかのように、機械的にワープアウトするドレッドノート級。横一列の状態で各所に出現する地球艦隊の様子は、当然アポカリクス級も捉えており、その異様さにウィルホは驚愕した様子で報告する。

バ、バルゼー様!方位ダグマ、ホーミ、ゼグンに新たな敵艦隊が出現!これまでの倍の数です。

 電子海図に表示される地球艦隊に、バルゼーは目を疑った。

テロンの何処に、何処にこれだけの艦隊が・・・

 そう考える暇もなく、頭上のパネルから「バルゼー」と呼ぶ声が響く。無論、声の主は大帝ズォーダーであった。厳しい面持ちでバルゼーに語りかける。

戦線の膠着は許されぬ・・・分かっておるな。

ーは、はい!神明に誓って必ず。

 声を震わせ、慣れないお辞儀をするバルゼー。恐怖で硬くなっている彼を見て、不機嫌そうに通信をきるズォーダー。その様子を察し、御前に出てデーニッツは謝罪をする。

申し訳ございません。大帝より賜りし艦隊で、無様な戦いを・・・

かまわぬ

 思わず「は?」と聞き返すデーニッツ。ズォーダーは肘を掛け、右拳を顔に当てながら、スクリーン上の地球艦隊を凝視する。

少しは楽しめそうだな。

 後に「世紀の海戦」と歴史書に刻まれることになる土星沖海戦。その前哨戦となった「B環沖防衛戦」は、ドレッドノート級1隻、金剛改2型6隻、ブルックリン級パトロール艦1隻、フレッチャー級護衛艦12隻を喪失し、900名以上の死傷者を出すことになった。

 艦と人の亡骸が彷徨う土星沖。しかし、これが人類の存続をかけた惨劇の「序章」である事を知る者は、この宇宙にはまだいない。宇宙の始まりから終わりまで観測できる、高次元世界の女神(テレサ)を除いて・・・

第6話へ続く

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