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ドナー

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ドナー (1)

ドナー (1)

2019年9月2日

登録外の090から電話があった。

「コバヤシダイスケさんですか?骨髄移植のドナー候補になりました。お送りしました書類はご覧いただけましたでしょうか?」

初めて聞く声の予想だにしない内容に、いえまだです、としか答えられずに電話を切った。突然放り込まれた刺激物に動揺しながら、献血の書類送付先が実家のままだったことを思い出し、慌てて母に電話した。

「なに、あの書類?やめてよ!

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ドナー (2)

ドナー (2)

3年前の4月。

12歳の飼い猫ハチが骨髄性白血病と突然診断された。食べないから風邪かも程度で病院に連れて行き、白血病宣告。息が止まったあとに涙がでた。白血球の数が通常の20倍に異常増殖していて、直ちに治療入院しなければ危ないということだった。「セカンドオピニオン」という単語がかろうじて残っていた意識の中で浮かんだが、院長のオマエ何言ってんだ、死ぬぞという態度に一旦家に戻るという選択はなかった。

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ドナー (3)

ドナー (3)

「首からIDをかけてハンドブックを携行し、病院内のタリーズの前でお待ちしております」

コーディネーターと呼ばれるドナー患者の面倒をみる伊藤さん(仮名)と会ったのは、提供意思確認書を投函した10日後だった。

「ドナーのためのハンドブック」でドナーになることの重大さ、命が懸かっている責任を知り怖くなったが、一度手をあげてやらないという選択は、逃げだすと同義のようでこの先ずっと後悔すると思った。確認

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ドナー (4)

ドナー (4)

台風の日、伊藤さんから3度の着信があった。

複数回の連続着信は初めてだったので、何かあったんだなと唾を飲んだ。

折り返すと「小林さんがドナー候補者に選ばれました!」と冷静な伊藤さんが興奮気味にドバッと吐き出した。「どうやら、(執刀医が)小林さんに最初から決めたかったようです」とのことだった。HLAの適応度が高かったのか、骨髄の量か、スケジュール的なことが良かったのかはわからないが、通常2-6週

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ドナー (5)

ドナー (5)

一週間後。

最終同意面談のため、メンドくせーなという雰囲気の妻を連れて、朝9時に土砂降りの武蔵野赤十字病院に着いた。

病院内のタリーズで伊藤さんが待っていて、「石黒さん(仮名)です」とスーツの男性を紹介してくれた。弁護士だった。同意書の署名に公正な第三者の立会いが必要とのことで、またしても事の重大さを思い知らされる。

この最終同意面談で親族の同意を得られないことも稀にあるらしく、特にドナー候

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ドナー (6)

ドナー (6)

実際に入院する病院での術前検診。綺麗で巨大なロビーには、病人や付き添い人が溢れんばかりにいて、入院ドキドキ初体験気分をじわっと灰色に変えた。
身長、体重、血圧を測り、問診、採血、採尿、エコー、心電図。検査結果は良好で、改めて医師からドナーのゴーサインがでた。

入院手術といっても、今回僕が受けるのは末梢血幹細胞採取というもので、全身麻酔で骨に小穴を開けて骨髄を抜き取るものではない。G-CSFという

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ドナー (7)

ドナー (7)

The days

10時に病院到着。案内された部屋は4人部屋。白いカーテンで遮られている3つのベッドからは、人工的だが湿った入院患者の楽しくはない気配が滲んでいた。看護師が小声で設備の説明をして部屋着着用を促す。カーテンをザッと閉める冷たい音が旅先のドミトリーじゃねーぞという警笛のようで、UNOや黒ひげ危機一発などのおもちゃ類の取り取り出しを怯ませた。

身長体重を測り、ベッド上で軽い採血をし

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