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ドナー (2)

3年前の4月。

12歳の飼い猫ハチが骨髄性白血病と突然診断された。食べないから風邪かも程度で病院に連れて行き、白血病宣告。息が止まったあとに涙がでた。白血球の数が通常の20倍に異常増殖していて、直ちに治療入院しなければ危ないということだった。「セカンドオピニオン」という単語がかろうじて残っていた意識の中で浮かんだが、院長のオマエ何言ってんだ、死ぬぞという態度に一旦家に戻るという選択はなかった。

結局、入退院を繰り返し、希望と絶望を行き来し、ハチは2ヶ月後に亡くなった。検査や点滴、投薬などで治療する過程、都合3回の輸血を行った。1回目と2回目の輸血は劇的な効果をあげ、白血球の少なさと元気さはいつもの食欲が戻るほどで、寛解を期待させた。

すげー血液、毎週打ってくれ!一発2万円なんてオレがどうにかするぜ!と血液に感謝した。(あとで知ったけれど、これは抗がん剤などの投薬で貧血状態に陥ったものを一時的に回復させただけだった)

入院中か亡くなったあとかは覚えてないけれど、そんなこともあり、僕は献血に行った。吉祥寺の三菱UFJ上階の献血センターにエレベータで上がり出たところに、ドナー登録の張り紙が目に飛び込んできた。その場で登録用紙に記入した。誰かを救いたいとか役に立ちたいということではなく、血ってすげーな、大切だなと思ってた時期に、「ドナー登録」が向こうから飛び込んできて、登録するだけすっかと極めて軽いノリで申し込みをした。それが2016年の6月。

ドナー候補になったことを電話で知ったあと、母親が家にいない時間を見計らい、バイクで実家に帰り、ヘルメットをかぶったまま部屋に入った。棚に置いてあるオレンジのA4書類を掴んで破り、「ドナーのためのハンドブック」を取り出した。その冊子には、骨髄移植の基礎から手術の手順など、事細かく書かれていた。骨髄提供者の後遺症や海外での死亡事例のページに、冷や汗がでた。

つづく


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