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『バリバリ童貞です~警視庁公安部秘事課事件簿~』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「は~」
 霞ヶ関の古いビルの一室、『警視庁公安部秘事課』のオフィスの片隅に与えられたデスクで春彦はため息をつく。
「デスクワークは退屈かな?」
「うわっ……!」
 いつの間にか後ろに入ってきた黒都が笑いかける。春彦は驚く。
「ははっ、驚かせてしまったかな、おはよう」
「お、おはようございます……」
 春彦は体勢を直しながら挨拶を返す。
「仕事はつまらないかい?」
「い、いえ、デスクワークも重要だということは理解していますが……なんというか……」
「なんというか?」
「思っていたのと違いますね」
「思っていたのと?」
「ええ、もっとあのロリ、もとい美少女の赤丸さんにこき使われて、ヒィヒィ言いながら仕事するイメージでしたので……」
「どんなイメージじゃ……」
 御茶ノ水が部屋に入ってくる。
「あ、赤丸さん! おはようございます!」
「声が大きいわ。そんな風に怒鳴らんでも聞こえるわい……」
 春彦の大きい声に、御茶ノ水は片耳を抑えながら辟易する。
「す、すみません!」
「じゃから、声が大きい!」
「あ……す、すみません……」
「まあ、挨拶はすべての仕事の基本だからね。おはよう」
 黒都が助け舟を出してくれる。
「ふん……おはよう」
 自分のデスクに座った御茶ノ水は頬杖をつきながら、黒都と春彦に挨拶を返す。春彦がおっかなびっくり話しかける。
「……ええっと、それでですね……赤丸さん」
「ん?」
「今日は何をすれば?」
「わらわに聞くでない」
 御茶ノ水は両手を広げる。
「え?」
「わらわはそなたの上司ではないからな。命令する権限はない」
「は、はあ……」
「黒都に聞くが良い」
 御茶ノ水が黒都を指し示す。
「黒都さん……」
 春彦が黒都に視線を向ける。黒都がにっこりと微笑む。
「基本はここで待機だよ」
「そ、そうなんですか……」
「もっとも捜査に出てもらう場合もあるけれど……」
「そ、捜査に出たいです! お願いします!」
 春彦が立ち上がって頭を下げる。黒都が自らの顎をさする。
「ふむ……では、頼んでみようか。一刻も早く現場にも慣れてもらわないといけないからね」
「あ、ありがとうございます!」
 春彦は顔を上げる。
「とはいえ……単身での活動はまだ早いかな……御茶ノ水」
「うん?」
 デスクでお茶を飲んでいた御茶ノ水が振り返る。
「君が先輩としてついていってくれ。しばらく君たちはバディだ」
「ぶっ!?」
 国都の言葉に御茶ノ水がお茶を噴き出しそうになる。
「良いね?」
「い、嫌じゃ……!」
「何故?」
「なんだってこんな素人と……!」
「素質は間違いない。先日、君も見ただろう?」
「まあ、それはな……」
 御茶ノ水が腕を組む。
「しばらく頼むよ、頼れるお姉さんである君にしか頼めないことなんだ」
「! た、頼れるお姉さん……?」
「ああ、そうだ」
「しょ、しょうがないのう~! わらわにドンと任せておけ!」
 少し照れた御茶ノ水が自らの胸をドンと叩く。
「チョ、チョロい……」
 春彦は素直な感想を呟く。
「……」
「まさか自分が捜査することになるとは……」
「………」
「正直ドキドキしています」
「…………」
「やはり秘事課の仕事も幅広いんですね」
「……………」
「あれ? どうかされましたか、赤丸さん?」
「そなたじゃ、そなた!」
 御茶ノ水が持っていた扇子で春彦を指し示す。
「えっ!?」
「えっ!?じゃないわ! そなた、このお台場に来るまで一体何回職質を受けているんじゃ!?」
「えっと……3回ですね」
「……何故じゃと思う?」
「どうしてでしょうか?」
 春彦は首を傾げる。
「その服装じゃ!」
「ふ、服装!? こ、この黒のダウンジャケットがいけないんですか?」
「大いにいけないわ!」
「お、大いに!?」
 春彦が愕然とする。
「せめてこの間のようにスーツ姿ならともかく……平日の真っ昼間からわらわのような一見少女に見える者を連れている黒のダウンジャケット男など怪しくて怪しくてしょうがないわ!」
「そうですか……服装は自由だと聞いたので」
「だからといって……他にはないのか?」
「このジャケットが一番、気合いが入ります」
「一番って……まあ良い。今度からは電車移動だけでなく、タクシー移動なども考えるとしよう……」
「すみません、僕が車の免許を持っていないばかりに……」
 春彦が申し訳なさそうにする。御茶ノ水がため息をついてから話す。
「はあ……まあ、それは良い……さっさと捜査をするぞ」
「は、はい……」
「平日もお台場はそれなりに人が多いのう……」
「そ、そうですね……!」
「フハハ! 人間どもの生気を吸い取ってやるクマ~!」
 熊のぬいぐるみが黒く巨大化し、叫ぶ。春彦が戸惑う。
「あ、あれは!?」
「ふん!」
 御茶ノ水が印を結ぶと、周辺一帯が薄い紫色に包まれる。
「赤丸さん! 何を!?」
「『人払いの術』を用いた!」
「人払い!?」
「一般人に目撃されると、後で記憶を消したりせんといけないから面倒じゃ! それならこの空間から遠ざけてしまえば良い!」
「な、なるほど……」
「ただ……」
「ただ?」
「わらわはこの術の維持で満足に動けん! あの熊のぬいぐるみはそなたに任せたぞ!」
「ええっ!?」
「詳しいんじゃろ?」
「え、ええ……あれは女児と大きいお友達に人気のアニメシリーズ……」
「クマ~!」
 熊のぬいぐるみが春彦に攻撃をかけてくる。春彦は慌てて横っ飛びして、攻撃をかわす。攻撃が当たった地面がへこんでいる。
「な、なんて威力……」
 春彦が唖然としてしまう。
「アタシに任せな!」
「えっ!?」
 春彦が振り返ると、そこにはオレンジ色のショートボブの髪型をしたラフな服装の女の子がいた。御茶ノ水が呟く。
「そなたは……」
 春彦が慌てて声をかける。
「一般人が紛れ込んでしまったのか!? き、君、危ないよ!」
「パンピーじゃねえよ! 『キュールチェンジ!』」
「!」
 女の子のラフな服装がひらひらとした衣装に変化する。何故だか髪も少し長くなる。女の子は声を上げる。
「アークマめ! アタシが相手だ! おらあっ!」
「ク、クマッ!?」
 女の子が勢いよく飛びかかり、拳で熊のぬいぐるみを殴り倒す。
「あ、あれは……伝説の魔法戦士……『キュールエクストリーム』! 実在したのか!」
「実在というか……モデルになったようなもんじゃな」
 驚く春彦に、御茶ノ水が補足する。
「行くぜ! そらあっ!」
「クマッ!」
「うらあっ!」
「クマッ!!」
 キュールエクストリームが熊のぬいぐるみを圧倒する。
「へっ、そんなもんかよ!」
「ぐっ……調子に乗るのもここまでクマ~!」
「むっ!?」
 熊のぬいぐるみがさらに巨大化する。さきほどまでより一回り大きい。
「反撃開始だクマ~!」
「どわあっ!?」
 熊のぬいぐるみの反撃を食らい、キュールエクストリームは地面に叩きつけられる。御茶ノ水が慌てる。
「お、おい! 今助けるぞ!」
「い、いや、こいつはオリジナルアニメのキャラだ……」
「!!」
「アンタが真価を発揮するのは漫画由来の相手……無理に戦っても危険だ」
「し、しかし……」
「こ、ここはアタシがなんとかする……!」
 キュールエクストリームが立ち上がろうとする。
「が、がんばえ~キュール!
「な、何をやっておるんじゃ、そなたは!?」
 御茶ノ水が春彦に対して、声を上げる。
「えっ、キュールのピンチなので声援を……」
「声援って!」
「劇場版などでは定番のノリですよ」
「これは劇場版などではない。現実で起こっていることじゃ!」
「!?」
「なんとかせい! そなたならこの現状を打破出来るかもしれん……!」
「な、なんとかせいって言われても……あ、あれだ!」
 周辺を見回した春彦は何かを見つけ、その場から走り出す。
「な、なんじゃ!? 逃げたのか!?」
「や、やはりここはアタシが……」
「そんなボロボロの体で何が出来るクマ~! とどめだクマ~!」
 くまのぬいぐるみが大きな手で叩き潰そうとする。
「ちっ……!」
「はああっ!」
「なっ!?」
「クマアッ!?」
 近くに飾ってあった、大きな白と赤を基調としたロボットの立像が突如として動き出し、剣を用いて、クマのぬいぐるみの爪の部分を止めてみせたのである。
「う、上手くいった……」
「! 群山が乗っとるのか?」
「は、はい……」
 御茶ノ水の問いに春彦が答える。
「そ、それは……?」
「あっ、『ドラグーングンボム』です。同名アニメの主役機ですよ」
「何故に動かせる?」
「動かせたら良いなあって思って……」
「ふむ、やはり素質はあるようじゃな……」
「クマアアッ!」
「まだ動くぞ!」
「ならば! はああっ!」
「なっ!?」
「クマアアアッ!?」
 ドラグーングンボムが青白く発光したかと思うと、カラーリングが白と青を基調としたものに代わり、先ほどまでよりも、強大なパワーを発揮して、クマのぬいぐるみを打ち倒す。クマのぬいぐるみは霧消する。
「や、やった……」
「な、なにをどうやったんじゃ? 色が変わったようじゃが……」
「ドラグーングンボムの『ルーイン』モードを起動させたんです。このモードなら、機体性能は格段に向上し、相手を凌駕することが出来ます」
「ふ、ふむ……ま、まあいい。その立像を元に戻したら集合じゃ……」
「は、はい……」
「……こちらが秘事課の新入り、群山春彦じゃ」
「アタシは橙座涼子(とうざりょうこ)……」
「橙座さん。まさか、キュールエクストリームのモデルとともに仕事が出来るとは……」
「あ、あまり勘違いすんなよ」
「はい?」
「アタシの実力はあんなもんじゃないんだからな! 今回出来た借りは絶対に返す!」
 涼子と名乗った女の子は春彦をビシっと指差した後、顔を赤らめながら、その場からスタスタと歩いていく。
「あっ、共に戻って報告を……まったく勝手なやつじゃな~」
 御茶ノ水が呆れ気味に頭を抱える。
「ツ、ツンデレヒロイン……良い……」
「勝手に妄想を膨らましておるな……」
 御茶ノ水が鼻の下を伸ばした春彦を冷めた目線で見つめる。




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