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『スキル【編集】を駆使して異世界の方々に小説家になってもらおう!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 私こと森天馬は、気が付いたら異世界へ転移していた。
 右も左も分からない異世界で頼れるのは己のスキルのみ。しかし、鑑定の結果判明した私のスキル【編集】。……なんだそれは?
 よく分からない内に出版社にお世話になることになった私。この世界では小説が主な娯楽として人気を集めているという。
 よし、スキルを駆使して、個性豊かな異世界の方々に小説家になってもらおう!
 異世界で私のドタバタ編集者ライフが始まる!

本編
プロローグ
「だーかーらー! それがワンパターンなんですよ!」
「!」
 私の発言に金髪碧眼の女性はビクッとなる。ああ、しまった、萎縮させてしまった……。私は咳払いをひとつ入れて、笑顔を浮かべながら話す。
「他のパターンを考えてみませんか?」
「う~ん、でもですね……」
「でも?」
「やっぱり他の皆さん、そうされているじゃないですか?」
「ああ、まあ、そうですね……」
「それがやっぱり王道、正しいってことなんじゃないかなと思っているんです」
「いやね……」
「やっぱり読者の方もそれを望んでおられると思うんです!」
「落ち着いてください!」
 私は女性を落ち着かせる。
「はあ……」
「百歩譲って転生は良いとしましょう」
「はい」
「問題はその経緯です」
「経緯?」
「そう、馬車に轢かれて死んでしまった主人公……もうありふれています」
「まあ、お約束なようなものですから……」
「お約束って! 馬車に轢かれた方、現実にご覧になったことありますか?」
「ないですけど」
「そうでしょう?」
「そこはフィクションだから良いじゃないですか」
「フィクションって……」
 私は額を軽く抑える。
「他作品との違いを出すのはそこからでも……」
「ストップ! そこなんですよ!」
 私は手のひらを女性に向ける。女性が首を傾げる。
「え?」
「千歩譲って転生は良いとしましょう」
「十倍になりましたね」
「……なんで皆、揃いも揃って同じような世界に転生または転移するんですか?」
「はい?」
「いや、だから、なんですか、この『ニッポン』って!」
 私は机の上に置かれた原稿を拾い、トントンと指で叩く。
「皆さんがイメージしやすい異世界なんでしょうね……」
「憧れなんですか?」
「憧れ……まあ、そういう気持ちを抱いている読者さんも中にはいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「憧れますか⁉ スーツを着て、毎日死んだような目をしながら『カイシャ』という場所に出勤し、朝から晩まで働く『シャチク』と呼ばれるような生活に⁉」
 私は素直な疑問を口にする。
「う~ん、そう言われると、どうしてなんでしょうね……?」
 女性は腕を組んで考え込む。私は軽く天井を仰いで呟く。
「どうしてこうなった……」
 かくいう私、森天馬(もりペガサス)異世界転移者である。この世界では浮いている、スーツ姿で日々を過ごしているのがその証拠だ。ただ、前にいた世界の記憶はほとんどない。医者によれば、転移の際に受けたショックで、記憶を失ってしまったのだろうという。では、何故名前が分かるのか? スーツの内ポケットに入っていた複数枚の紙に、この名前が書いてあったからだ。なんだかキラキラしているような気がするが、『名無し』で通すのも何かと不便なので、この名を名乗っている。
 私自身も転移してきた当初は結構なパニック状態だったが、その後落ち着きを取り戻し、現状の把握に努めた。当初世話になった集落の長老によれば、転移してくる者はそう珍しくないという。その者たちの話を聞くと、なんらかの事故や病気で命を落とした者がこちらの世界にやってくるというケースが多いようだ。残念ながら――幸いにもというべきか――私にはそのような記憶がない。だが、恐らくは似たようなきっかけでこの世界に来たのだろうと結論づけた。
 問題なのは、転移した者が元の世界に戻る術は恐らくないという長老の言葉だった。私はその言葉に軽く絶望したが、わりとすぐに気持ちを切り替えた。この世界で生きていくしかないだろう。どうやって? 長老がヒントをくれた。異世界からやってきた者たちは珍しい『スキル』を持っていることが多い。そのスキルを駆使して、この世界でも活躍しているという。私はスキルを見極めることが出来る不思議な水晶玉の置いてある宮殿に招かれ、『スキル鑑定』なるものを受けた。結果、私が所持しているスキルは。…【編集】だった。私も含め、全員の頭に「」という文字が浮かんだ。
 とはいえ、物は試しだということで、私は『パーティー』というものに加えられた。幹事の類は苦手だから避けてきたな……というおぼろげな記憶を思い出しながら、私は『クエスト』なるものに参加させられた。これが大変だった。元の世界ではお目にかかることがなかったであろう猛獣や、奇妙な生物が次々と襲い掛かってくるのだ。街からちょっと離れるだけでこれである。治安はどうなっているのだ――まあ、クエストというのがいわゆる治安維持の一環なのだろうが――とにかく、私はそういった状況においては全く無力であった。見事な剣技を発揮する『勇者』の男性、火や雷を自在に発生させることが出来る『魔法使い』の女性、爪や牙で勇敢に戦う『獣人』の方の陰に隠れたり、逃げ回ったりすることしか出来なかった。
 自分の情けなさにほとほと嫌気がさした頃に、パーティーからの離脱をやんわりと勧められた。要はクビだ。少し心が痛んだが、パーティー側からの、「無理やり参加させた連中が悪いよ」、「あなたのスキルが活かせる場所がきっとあるはずだわ」、「……幸運を祈る」という言葉には救われた。
 街に戻った私は職を探すことになった。しかし、自分に一体何が出来るのかが分からない……とにかく私は色々と動いた。酒場の給仕、市場の手伝い、土木工事作業員などを転々とした……しかし、心は晴れなかった。
 そんな中、初めに私を保護してくれた集落の女性と、街中で偶然再会した。女性に相談してみると、そういえば長老が伝え忘れていたことがあるという。なんでも、スーツを着ている転移者は、街の『オフィス』が立ち並ぶエリアなら働き口があるのではないかということであった。そういうことは最初に言ってくれ。
 私はオフィスエリアに足を運んでみた。そう簡単にことは運ばなかったが、なんとか私は会社に入社することが出来た。社名は『カクヤマ書房』。業種は出版だという。面接では、私の所持スキルが【編集】であるということを告げると、「君のような人材を待っていた!」という言葉を頂き、入社が決まった。
 入社したのは良いものの、私はすぐさま困難に直面した。このカクヤマ書房はいわゆる『弱小』企業なのだ。経営は常に火の車、何故か? それは強力な競合他社の存在だ。カクヤマ書房のみすぼらしい社屋の斜め前に立つ、立派な建物……『カクカワ書店』である。この会社が多くのヒットを飛ばしている。この世界では『小説』というジャンルが人気を集め、一大娯楽にまで成長しているようである。カクカワはこの小説にめっぽう強かった。
 我が社の社長はイライラしながら、会議の場で、「うちも小説でなにかヒットを出せ!」と無茶ぶりをしてきた。狙ってヒットを出せたら誰も苦労はしない。それに小説家志望者はみな、カクカワに原稿を送っている。信頼と実績をなによりも重視するのは、皆同じだ。頭を抱えていたその時……。
「郵便でーす」、我が社には珍しく応募原稿が大量に送られてきた。なんだこれは? 私はすぐにピンときた。そうだ、カクカワが大規模な小説コンテストを開催するとか言っていたな、つまりこれらは、間違って我が社に送ってきてしまった原稿だろう。
「……!」
 私の中でひらめいた。これも何かの縁だ。この応募原稿の中から、光るものを感じた方と連絡を取り、小説を書いてもらおう。背に腹は代えられない。間違った方が悪いのだ。


「さあ、こちらにどうぞ、散らかっておりますが……」
「はあ……」
 私が連絡を取った方の中から、最初の女性が来社した。私は女性に座るように促し、自らも席についた。
「え~お名前はルーシーさん」
「は、はい……」
「えっと……」
 私はルーシーさんの顔をじろじろと見てしまう。金髪碧眼に透き通るような白い肌、尖がった長い耳……『エルフ』である。
「あ、あの……」
「あ、こ、これは失礼! エルフの方とお話しするのは初めてなもので!」
 私は頭を下げる。ルーシーさんは笑う。
「ふふっ、確かにこの辺では珍しいかもしれません……」
「す、すみません……」
「いえ、大丈夫です」
 私は胸をなでおろす。いきなり気分を害され、帰られたらたまったものではない。私は早速本題に入る。
「それで、原稿を拝見したのですが……」
「あ、あの、それなのですが……」
「なにか?」
 ルーシーさんは言い辛そうに口を開く。
「ワタシったらうっかりしていて……」
「うっかり?」
「ええ、カクカワ書店さんに送るはずの原稿をこちらに間違って送ってしまって……」
「ああ、それなら問題ありません」
「え?」
「それではですね……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「はい?」
「い、いえ、で、ですから……こちらに送ったのは間違いで……」
「こちらは気にしません」
「ワタシが気にします」
「では?」
「原稿を返して頂けないかと……」
「ふむ……」
 私は原稿を置き、腕を組む。ルーシーさんが首を傾げる。
「あ、あの……?」
「……カクカワさんでは埋もれてしまいますよ、せっかくの才能……」
「え?」
 私の言葉にルーシーさんの顔色が変わる。
「カクカワさんから多数のヒット作が出ています。カクカワさんに原稿を送るのが賢明でしょう」
「は、はい……」
「しかし、毎月、毎週、いや、毎日、膨大な数の原稿がカクカワさんの編集部には届けられている。それら全てに時間をかけて目を通すのは困難……分かりますか?」
「はい?」
「いくら才能や実力があっても、“”が無ければ、小説家にはなれないのです
「!」
「例えば、今この原稿をカクカワさんに持っていっても、机に積み重ねられるだけです。誰かの目に留まるとは考えにくい」
「そ、そんな……」
「……ですが、ご安心を」
「え?」
「貴女は運が良い……」
「ど、どういうことですか?」
「このカクヤマ書房に来たからですよ」
 私は大げさに両手を広げてみせる。ルーシーさんが周りを見渡しながら首を捻る。
「えっと……」
「我が社ならば、すぐにでも小説家になれます
「ええっ⁉」
「原稿から光るものを感じました……」
「そ、そうですか……」
「もちろん、このままというわけにはいきませんが、打ち合わせを重ねて、良い小説を作りましょう。貴女には才能がある」
「才能……」
「これも何かの縁です……我が社で挑戦してみませんか?」
「が、頑張ってみます……」
 ルーシーさんが頷く。作家候補、一名確保。話は冒頭に戻る。
「だーかーらー! それがワンパターンなんですよ!」
「!」
 私の発言にルーシーさんはビクッとなる。ああ、しまった、萎縮させてしまった……。私は咳払いをひとつ入れて、笑顔を浮かべながら話す。
「他のパターンを考えてみませんか?」
「う~ん、でもですね……」
「でも?」
「やっぱり他の皆さん、そうされているじゃないですか?」
「ああ、まあ、そうですね……」
「それがやっぱり王道、正しいってことなんじゃないかなと思っているんです」
「いやね……」
「やっぱり読者の方もそれを望んでおられると思うんです!」
「落ち着いてください!」
 私はルーシーさんを落ち着かせる。
「はあ……」
「百歩譲って転生は良いとしましょう」
「はい」
「問題はその経緯です」
「経緯?」
「そう、馬車に轢かれて死んでしまった主人公……もうありふれています」
「まあ、お約束なようなものですから……」
「お約束って! 馬車に轢かれた方、現実にご覧になったことありますか?」
「ないですけど」
「そうでしょう?」
「そこはフィクションだから良いじゃないですか」
「フィクションって……」
 私は額を軽く抑える。
「他作品との違いを出すのはそこからでも……」
「ストップ! そこなんですよ!」
 私は手のひらをルーシーさんに向ける。ルーシーさんが首を傾げる。
「え?」
「千歩譲って転生は良いとしましょう」
「十倍になりましたね」
「……なんで皆、揃いも揃って同じような世界に転生または転移するんですか?」
「はい?」
「いや、だから、なんですか、この『ニッポン』って!」
 私は机の上に置かれた原稿を拾い、トントンと指で叩く。
「皆さんがイメージしやすい異世界なんでしょうね……」
「憧れなんですか?」
「憧れ……まあ、そういう気持ちを抱いている読者さんも中にはいらっしゃるんじゃないでしょうか」
「憧れますか⁉ スーツを着て、毎日死んだような目をしながら『カイシャ』という場所に出勤し、朝から晩まで働く『シャチク』と呼ばれるような生活に⁉」
 私は素直な疑問を口にする。
「う~ん、そう言われると、どうしてなんでしょうね……?」
 ルーシーさんは腕を組んで考え込む。私は軽く天井を仰いで呟く。
「どうしてこうなった……」
「え?」
「い、いえ、なんでもありません、続けましょう」
 私の半ば強引な勧誘の――自覚はある――結果、ルーシーさんは我がカクヤマ書房での作家デビューを決意してくれた。カクカワ書店という大手出版社やその他中堅出版社では、競争率が激しい。デビューの確率を少しでも上げるには、弱小――自分で言っていて悲しくなってきたので、マイナーとする――マイナーレーベルで勝負するのも悪くない判断だ。そういった流れで、早速打ち合わせを始めたわけだが……。
「う~ん、ワンパターンですか……」
 ルーシーさんがなおも腕を組んで考え込む。そう、この世界の小説では、今は『異世界転生』ものが流行している。ベストセラーのほとんどが『転生もの』だ。大体、『ニッポン』という国へ行き――『二ホン』という場合もある――そこでカイシャに務め、働くという内容だ。内容にほぼ差はない。いわゆる『ガワ』だけ変えて、中身はほとんど区別がつかない。しかし、それが……売れる。なので、猫も杓子も『転生もの』ばかりというわけだ。
 ただ、いくら売れるといっても、出版社側でも危機感のようなものは抱いている。『内容は問わない、書きたいものを自由に』という趣旨の文を募集要項に盛り込んで、コンテストなどを開くが、どうしても転生ものばかりに偏ってしまう……と、カクカワの社員が嘆いていた……のを、酒場で耳にした。
 流行しているから、それに乗るのが正解、ニーズに応えるのがプロ、という考え方もあるのだが、我がカクヤマ書房は後追いだ。同じようなことをしても、メジャーレーベルには勝てないだろうし、そもそも追いつけない……。だが、このことを馬鹿正直にルーシーさんに伝える必要はない。どうオブラートに包んで伝えればいいものかと……私は頭を抱える。
「……」
「あの……」
「は、はい、なんでしょうか?」
「ワタシなりに考えてみました。異世界転生ものの魅力を」
「ああ……」
「す、すみません、分析も必要かなと……」
 ルーシーさんが申し訳なさそうに頭を下げる。私は手を左右に振る。
「いえ、大丈夫ですよ」
 ルーシーさんが頭を上げる。
「よろしいですか?」
「伺いましょう」
 私は身を乗り出し、メモを取る用意をする。
「転生・転移もののほとんどは現在の記憶を保持したまま、転生・転移するケースが極めて多いです……」
「ああ、そうですね」
「そこでカイシャインとして働いたり、時間に追われて忙しく過ごすようないわゆるファストライフ……そういった展開がほとんどですね……」
「はい」
「主人公の設定はもちろん、作品によって異なりますが……」
「それはそうですね」
「その多くは等身大の方々です……」
「ええ」
「読者に近い設定がなされています……」
「ふむ」
「それによって感情移入しやすい点が魅力なのではないでしょうか?」
「はあ……」
「ど、どうでしょうか?」
「えっと……」
 私はメモを置いて、腕を組む。
「ま、的外れでしたか?」
「いえ、大変興味深い内容でした……ですが」
「ですが?」
「そんなに良いですかね? 転生・転移って。経験者としては苦労の方が多いのですが……
「ええっ⁉」
 私の発言にルーシーさんが驚いて立ち上がる。
「ど、どうしましたか?」
「モ、モリさん……転生者なんですか?」
「いや、厳密には転移者らしいですね」
「転移者……」
「そんなに驚くことですか?」
「そ、それは驚きますよ!」
「大して珍しい話でもないみたいですけどね……」
 私は首をすくめる。
「少なくともワタシは初めて見ました」
「そうですか。とりあえず、お座り下さい」
「は、はい、失礼……」
 ルーシーさんが席につく。私は小声で呟く。
「やっぱり珍しいんじゃないのか?」
「なるほど、それで……」
「え?」
「どことなく他の人間の方と雰囲気が違うなと思っていたんです」
「あ、ああ、そうですか……」
「スーツ姿だし……」
「え、服装から?」
 雰囲気以前の問題。
「あの……いくつかお尋ねしても?」
「え、ええ、構いませんよ」
「お名前は……」
「森天馬です」
「モリ=ペガサスさん……姓名が分かれているのですね」
「ええ、そうです」
「モリというのが、いわゆるファーストネームですか?」
「いや、ファミリーネームだったような……」
「ファミリーネームの方が先にくるのですか?」
「そうですね」
「それって……」
 ルーシーさんが顎に手を当てて考え込む。
「あの……」
「あ、すみません……」
「はい」
「お家では靴を脱ぎますか?」
「ええ」
「ゴミは持ち帰ったりしますか?」
「ゴミ箱などが近くになければ」
「麺などをすする時、音を立てますか?」
「どうしても癖で……」
「パン派ですか? お米派ですか?」
「米ですね」
「口癖は?」
「すいません」
ニッポンジンだ!」
「ええっ⁉」
 ルーシーさんが私をビシっと指差してきたので、私は面食らう。
「あ、す、すみません……」
「い、いえ……」
「でも、確信しました。モリさんは異世界のニッポンからやってきたのですね……」
「は、はあ……あ、そういえば……大事なことを忘れていました」
「?」
 私は立ち上がる。ルーシーさんもそれにつられて立ち上がる。私は内ポケットから、名前の書いた紙を取り出し、ルーシーさんに手渡す。
「わたくし、こういうものです……」
「カイシャインだ‼」
「えっ?」
「しかもこれ、メイシじゃないですか⁉」
 紙を受け取ったルーシーさんは小刻みに震えている。
「ああ、それってそういう名前なんですか?」
「ん?」
「なんとなく、こういうことをしなくてはと思って……」
ビジネスマナーが染みついている!
「は、はあ……」
「驚くことばかりです……」
「と、とにかく座りましょう」
「は、はい……」
「えっと……なんの話だったか……」
「モリさん!」
「あ、はい」
「ワタシからこういうことを言うのもなんなのですが……」
「なんでしょう?」
「モリさんの異世界転移の体験記を出版した方が良いのでは?」
「え?」
「モリさんにしか書けない、モリさんならではの題材ではないですか」
「私ならでは……」
「いかがでしょうか?」
「いや、そう言われるとそうしたくなるのは山々なのですが……」
「何か問題が?」
「……記憶が無いのですよ」
「えっ!」
「前の世界にいた記憶というのがほとんど無いのです。おぼろげというか……断片的なのですよね」
「そ、そうなのですか……」
「ですから、体験記というのはなかなか難しいですね……こっちの世界に来てからの話なら書けるかもしれませんが、それほど面白いものになるとは思えません……異なる二つの世界の文化を比較することが出来れば良いのですが、比較対象をほとんど忘れてしまっているのでね……」
「そうですか……すみませんでした、無神経なことを言ってしまって」
 ルーシーさんが頭を下げてくる。私は手を左右に振る。
「いえいえ、気にしないで下さい……ん⁉」
 その時、私は自分の頭に何かが閃いたような感覚を感じる。
「? どうかされました?」
「い、いや、そうか……」
「はい?」
「ルーシーさん!」
「は、はい!」
「貴女ならではの題材で書けば良いのですよ!」
「ワタシならではですか……?」
「もっと広く考えてみても良いかもしれません」
 私は両手を大きく広げてみせる。ルーシーさんが首を傾げる。
「え?」
「そう、エルフという種族ならではの題材とか」
「エルフという種族ならでは……? お、大きな話になりましたね……」
「エルフという種族の特徴を活かしたお話とか面白いかもしれません」
「特徴?」
「ええ、例えば、なにかありませんか?」
「う~ん」
 ルーシーさんが考え込む。
「なんでも良いのです」
「……長寿とか?」
「ほう、他には?」
男女ともに長身が多い……」
「ほうほう、他には?」
狩猟を好む……」
「ほうほうほう、他には?」
保守的なところがある……」
「ほうほうほうほう、他には?」
「えっと……耳が長い?」
「分かりました!」
「ええっ⁉」
「分かりましたよ!」
「な、何がですか?」
「完全に見えてきました……」
「何が見えたのですか……?」
 戸惑うルーシーさんに対し、私は説明する。
「まず、長身のエルフが狩猟を行っています」
「はい……」
「あるエルフが革新的な狩猟方法を思い付きます」
「どんな方法ですか?」
「長い耳を使った狩り方です」
「ど、どんな狩り方ですか? それは?」
「当然、保守的な性格が多い他のエルフたちから反発を招きます……」
「それはそうでしょう、わけがわからないですよ……」
「そこに長寿ならではのあるある話を絡めて……」
「あるある話? どうやって絡めるのですか?」
「そこはこう……上手いこと」
「ば、漠然としていますね……」
「エルフならではの話かと思ったのですが……」
「す、すみません。なんだかよく分かりません……」
「まあ、私もよく分からなかったので……」
「分からない話をしないで下さいよ!」
「すみません……」
 私は頭を下げる。ルーシーさんは横顔を向けてため息をつく。
「はあ……」
「! これだ!」
 私は机を叩く。ルーシーさんが驚く。
「こ、今度はなんですか⁉」
「大事なことを忘れていました。ルーシーさんの横顔を見て、思い出しました」
「な、なんですか?」
「エルフの方々の特徴……美しいということです」
「!」
「どうですか?」
「ど、どうですかと言われても……自分ではなんとも……」
 ルーシーさんは照れくさそうにする。私は話を続ける。
「その美しさをフォーカスします」
「はい?」
「美女のエルフが二人います」
「はい」
「その美女のエルフ同士でキャッキャウフフします」
キャッキャウフフ⁉」
「そうです、楽しく和気あいあいとするのです」
「あ、ああ……」
 ルーシーさんはなんとなく頷く。
「そういうお話です」
「どういうお話⁉」
「ふと思い出しましたが、異世界ものには『ガクエン』というものが登場することがありますね。もしくは『ガッコウ』……」
「ああ、はい、ありますね、そういうのも……」
「そこに通っているエルフたちのお話です」
「エルフの『ガクエン』ものですか……」
「はい、数百年通っています
「長すぎませんか⁉」
「長寿ですから。違いますか?」
「それはそうですけど……なるほど、その数百年間でいくつかの事件が起こって、それを解決していくと……」
「いや、大した事件は起こりません」
「えっ⁉」
「私のおぼろげな記憶では、ガッコウでの生活でそれほどドラマチックなことが起こった記憶がありません。無理に事件を描く必要はありません」
「い、いや、なにか事件があった方が……」
「読者はそういうのは望んでいないと思います。事件よりもキャッキャウフフです」
「事件よりもキャッキャウフフ⁉」
 驚くルーシーさんに対し、私は頷く。
「はい、美女のエルフ同士による数百年間に及ぶキャッキャウフフ……間違いなく需要があるはずです」
「あ、あの……?」
「なんでしょう?」
「美形の男性エルフを出して、イチャイチャさせるのはダメなのですか?」
男なんて要りません!
「ええっ⁉」
 私の発言にルーシーさんは驚く。
「そうです! だから舞台も『ジョシコウ』です」
「ジョシコウ……」
「女の子しか通えないガッコウです。よって、登場キャラは全員女性!」
「ぜ、全員女性……例えば、活発な子とちょっと内気な子の組み合わせとかですか?」
「いいじゃないですか! タイトルは『エルフ!』。これです!」
「数百年間に及ぶキャッキャウフフ……確かに見たことのないお話ではありますね……壮大なスケールを感じますし……それでちょっと書いてみます」
「よろしくお願いします」
 私は頭を下げる。最初の打ち合わせはなんとかうまくいったようだ。


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