『スキル【編集】を駆使して異世界の方々に小説家になってもらおう!』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
「原稿を拝見させていただきました……これはいわゆる『スポーツ』ものですね」
「はい! 『スコープ・ザ・ボール』を題材にしてみたっす!」
スコープ・ザ・ボールとは、こちらの世界で流行っている球技で、赤青2チームに別れた選手たちが、フィールドに設置された四つのかごの中に入った相手チームのボールをすくい取り、制限時間内にどれだけ多くの相手チームのボールをすくえるかを競う競技である。相手に対しての妨害は目つぶし、急所への攻撃を除けば、基本なんでもありだ。
「スコープ・ザ・ボールは人気競技ではありますが、あまり小説の題材にはなっていませんね……」
「狙い目だと思ったっす!」
「確かに目の付け所は悪くないと思います……しかもそこに一捻りを加えておられますね」
「はい、主人公は転生した先の異世界のニッポンで『スコープ・ザ・ボール』を行うという展開なんすよ! どうっすか⁉」
「……」
「衝撃的だと思うんすけど⁉」
「……確かにインパクトはあります」
「そうでしょう⁉」
「ただ……展開に無理があります」
「え?」
「私はニッポンからの転移者です。転移の際のショックで記憶がおぼろげなのですが……あの世界の方々にスコープ・ザ・ボールは受け入れられにくいかと」
「ど、どうして⁉」
「……逆なんです」
「逆?」
アンジェラさんが首を傾げる。私は説明する。
「向こうではボールをかごに入れる競技が流行っています」
「かごに……入れる⁉」
「ええ、ボールを蹴ったり、投げたり……」
「はあ……」
「棒と棒の間に通したり……」
「へえ……」
「ボールを棒で打って、客席に入れるというのもありましたね……」
「それ……なにが面白いんすか⁉」
「そこなんですよ!」
私はアンジェラさんを指差す。
「えっ⁉」
「価値観などがまるっきり違う異世界の方々がスコープ・ザ・ボールをすんなり受け入れるとはどうしても考えにくいのです」
「な、なるほど……」
「無理に異世界へ行かず、この世界でスコープ・ザ・ボールを行う方が無難かと思いますが……インパクトに欠けますね。インパクトが全てだとは言いませんが……」
「う~ん……」
アンジェラさんが腕を組んで考え込む。
「キャラなどは生き生きとしていますが……」
「……それなら、これはどうっすか⁉」
アンジェラさんが頭をガバっと上げる。
「伺いましょう」
「『スモウ』をやるっす!」
「はい?」
「あれ? 知らないっすか、スモウ?」
「い、いえ、知っています……というか覚えています」
「巨大な男たちが半裸でぶつかり合う競技っす!」
あれは神事だったと思うが……まあ、それは置いておく。
「……それで?」
「この世界に住むゴブリンがふとしたことで命を落とし、ニッポンに転生するんす!」
「ふむ……」
「転生した先でスモウ部屋に入門することになるっす!」
「はあ……」
「ゴブリンは憧れの女性に励まされ、意地悪な先輩からの理不尽なシゴキにもめげず、ライバルたちと切磋琢磨し、カクカイのヨコヅナを目指すサクセスストーリー! どうっすか⁉」
アンジェラさんが身を乗り出して感想を聞いてくる。
「小柄な体格のゴブリンが大柄な力士たち相手に戦っていくというのは面白そうではありますね。スポ根要素ですか。ただ、ちょっと変化に乏しいかなと……」
「部屋の親方の娘とのラブコメ要素も入れます。後は『チャンコ』!」
「え?」
「スモウレスラーはチャンコという鍋料理を食べるんすよ」
「ああ、覚えています……」
「これでグルメ要素もバッチリっす!」
「うむ……スポ根にラブコメにグルメですか……」
「話にアクセントは付けやすいと思うんすけど!」
「まず率直に……主人公がゴブリンというのは……ちょっと華がありませんね。読者の方が惹かれるとは思えません……」
「そ、そうっすか……う~ん……そ、それなら! スライムはどうっすか⁉」
「スライム?」
「『転生したらスモウレスラーだった』ってタイトルで!」
「タイトルまで⁉」
「今、パッと浮かんだんす! 略して『転スラ』!」
「略称まで⁉」
「どうでしょう⁉」
「ちょ、ちょっとお待ちください……」
私は前のめりになるアンジェラさんを落ち着かせる。
「こういうのって案外、タイトルからストーリーを思い付くっていうパターンも多いって聞くんすけど」
「そ、そういう話も聞かないことはないですね……」
「でしょう⁉ 行きましょう、転スラ!」
「う、う~ん……」
「駄目っすか?」
「響きは良いような気はしますが……」
「それなら!」
「ちょ、ちょっとお待ちを……えっと……つまりゴブリンの役割をスライムに置き換えるんですね?」
「そうなるっすね」
「話は結構変わるのでは?」
「細部は変わるっすけど、基本の話は変わんないっす。サブキャラも」
「ラブコメ・グルメ要素も引き継げると……」
「はい!」
「なるほど……」
「どうでしょう?」
「えっと……根本的な話をします」
「根本的?」
「まずスポーツと小説という媒体の相性があまりよくありません……」
「!」
「頂いたスコープ・ザ・ボ―ルの小説も読ませてもらいましたが、よく分からないのです」
「分からない?」
「ええ、私はスコープ・ザ・ボールの経験者ではありませんので、細かい動きに関してはイメージが掴めないところがあって……」
「イメージ……」
「イメージが掴めないということはすなわち、そのキャラたちが何をしているのかが不明だということです」
「!」
「この世界で大人気のスコープ・ザ・ボールを題材にしても、私のような読者は出てきます。いわんや、噂レベルでしか知られていない相撲を題材にされても……」
「読者に伝わらない……」
「そう思います」
「そ、そうっすか……」
「や、躍動感などは感じられたので、書き方次第だとは思いますが」
私は慌ててフォローする。
「でも、止めた方が良いと……」
「おすすめは出来ません。違うジャンルでアプローチするのが良いかと」
「そ、そう言われても……競合の少ないスポーツもので勝負しようと思っていたので……」
「こういう場合は『気付かなかったから誰もやれなかった』ではなく、『気付いていたけど誰もやらなかった』と考えた方が良いです」
「‼」
「少し極端な話をしました……ん⁉」
その時、私は自分の頭に何かが閃いたような感覚を感じる。
「どうかしたっすか?」
「アンジェラさん……」
「はい?」
「貴女しか書けない話を紡ぐべきです!」
「ええっ⁉」
「貴女にしか出来ないことです!」
「オ、オレにしか出来ないこと……?」
「思い付きませんか?」
「いやあ、そう言われても……」
「先ほど、私がフェイクリルに散々追いかけまわされたという話をしたとき、貴女はこのようにおっしゃいました……」
「え?」
「……でも、あの狼も結構かわいいところあるんすけどね。よく分かっていないだけっすよ……とね」
「そ、それが何か?」
「貴女は獣人という御種族です」
「は、はい……」
「つまり、人でもあり、獣でもあるということ……」
「は、はあ……」
「貴女は双方にとって良き理解者なのです」
「!」
「貴女ならではの立場を活かした小説が書けるかと」
「オレならではの立場を活かした……?」
「そうです」
「ま、まだ、分からないっす……」
「例えば、人と……」
私は右手を掲げる。
「はい」
「モンスター……」
私は次に左手を掲げる。
「は、はい」
「これを……一つに!」
「‼」
私は掲げた両手を合わせる。
「……後は分かりますね」
「い、いや、分かんないっすよ! 人とモンスターが衝突したみたいじゃないっすか⁉」
「……『擬人化』です」
「え?」
「モンスターを擬人化するんです!」
「え、ええ?」
「全員美少女で」
「び、美少女⁉」
「タイトルは……ずばり『モン娘(むすめ)。』!」
私は紙にでかでかと書いたタイトルをアンジェラさんに見せる。
「……色々と気になることがあるんすけど……」
「なんでしょう」
「この『。』はいるんですか?」
「はい。一番重要です」
「い、一番重要⁉ ……全員女じゃないと駄目なんすか?」
「男が混ざるとどっちつかずになってしまいます。ここは美少女好きにターゲットを絞るべきです」
「そ、そうっすか……」
「ご理解頂けましたか?」
「……一番気になるのが……これ、オレっすよね……?」
アンジェラさんが自分の姿を指し示す。私は頭を抑えながら声を上げる。
「あ~」
「い、いや、あ~じゃなくて! 別に珍しくないんじゃないすか⁉」
「アンジェラさんカワイイから良いじゃないですか」
「カ、カワイイ⁉ い、いや、自分に近いような存在を書くのはどうしてもこう……抵抗があるというか……!」
「ふむ……ではこうしましょう」
「ど、どうするんですか?」
「発想の転換です」
私は広げた手のひらをひっくり返す。
「転換⁉」
「人をモンスター化するのです」
「えっ⁉」
「つまり『擬モン化』です!」
「ぎ、擬モン化……?」
「分かりますね?」
「い、いや、さっぱり分からないっす!」
アンジェラさんが首をブンブンと左右に振る。
「凛々しい勇者は雄々しいドラゴンにするとか……」
「はい……」
「美しい女騎士は毛並みの艶やかなユニコーンにするとか……」
「はあ……」
「そういう感じでお願い出来ますか?」
「え、えっと、ちょっと待って下さいっす!」
「まだ擬モン化について疑問がありますか?」
「なにちょっと上手いこと言っているんすか! モンスター化して何をすれば良いんすか⁉」
「戦うのです!」
私はビシっとアンジェラさんを指差す。
「戦う⁉ ど、どうやって……?」
「まあ、シンプルに戦闘でも良いと思いますが……爽やかにレースでも良いかなと。誰が一番速いかを決めるレースを行うとか……」
「! ドラゴンやユニコーンの走るレース……上手くやればスポ根要素も盛り込めるかもしれないっすね……分かったっす、それでちょっと考えてみるっす」
「よろしくお願いします」
私は頭を下げる。打ち合わせはなんとかうまくいったようだ。
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