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『バリバリ童貞です~警視庁公安部秘事課事件簿~』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 
売れない役者志望の青年、群山春彦はヤケ酒をあおり、二日酔いの状態で新宿の街を徘徊していた。そこにネットテレビのニュース番組のレポーターがインタビューをしてくる。内容は「日本に童貞・処女の割合が増えている」というものであった。春彦は酔った勢いで、自らを「バリバリ童貞です」と思いっきりカメラ目線で宣言してしまう。
 インタビュー動画は瞬く間に拡散され、一晩でネットのおもちゃと化してしまった春彦は家に引きこもっていた。30歳の誕生日を迎えた瞬間、知人を通じて連絡してきたのは、大学時代の先輩で、現在警視庁に勤務している黒都司だった。
 黒都が言うには、春彦には素質があるという。春彦はわけのわからないまま、とある古びたビルに呼び出される。そこには警視庁公安部秘事課なる課があった……。
 DTが遭遇するちょっと不思議な世界……⁉

本編

 プロローグ
「……」
 東京都内のとあるボロアパートの一室で眼鏡をかけた冴えない青年が布団にくるまりながら、テーブルの上に置かれたノートパソコンを呆然と見つめている。そこには、小柄な女性からインタビューを受ける、季節外れのダウンジャケットを着て、眼鏡をかけた中肉中背の体格の自らが映っていた。
「日本で20代から30代の若い男女の童貞・処女の割合が増えているという研究発表が東大から出されたのですが……」
「ああ、そうですか……」
「どうでしょうか?」
誠に遺憾でございますよね、残念です
「遺憾?」
「ええ」
「……ご自身は?」
バリバリ童貞です
「彼女さんは?」
「ああ、もう当然不在です」
「あら、それはまたどうして?」
「やはり臆病……失恋するのが怖いです」
「これまで恋愛などはされてこなかったのですか?」
「アニメやゲームの美少女キャラに恋することはありましたが、二次元の方はとんと……」
「はあ……」
「例えば、もっと経済力などがあれば話は別なんでしょうけど……」
「経済力……やはり、お金を持った男性に女性は心惹かれると……?」
「ええ、まんまと釣られると思いますね」
「……今、ご職業は?」
「役者……いえ、フリーターですね」
「役者さん?」
「いえ、役者の卵というか……まあ、現状趣味のようなものですね」
「ちなみに収入の方は?」
「いや、ほとんどないようなものです」
「ご年齢は?」
「今年でちょうど三十になります」
「節目の年ですね」
「そうですね……」
「まもなく四月ですが、来年度はどういう一年にしたいですか?」
「アニメやゲームの女性ではなく、リアルの……二次元の女性と接点を持てるような一年にしたいと思っております」
 映像はそこで終わる。
ああー‼
 青年が布団を吹っ飛ばして、両手で自らの頭をこれでもかと掻きむしる。青年は自分の言動に激しく後悔した。何故インタビューを受けたのか?いや、受けるのはまだいいが、どうしてこのようなふざけた話をしてしまったのか……それは酔っていたからである。
 青年は役者志望だ。大学で演劇サークルに入り、演技の楽しさに憑りつかれ、そこから役者を目指している。大学卒業後、しばらくは会社員と二足の草鞋を履いていたが、数年前、思い切って会社を辞め、役者一本に絞った。しかし、なかなか芽が出ず、数年が経過した。もう間もなく三十歳になる。思う様に行かない現実の憂さを晴らすように、歌舞伎町でヤケ酒をあおった。その帰り道にインタビューされたのだ。
「オーディションとかにはまったく受からないのに、こういう時だけノーカットかよ……ばっちりカメラ目線で『バリバリ童貞です』とか分けわかんないこと言っちゃてるし……しかもなんだよ、この『異性間性交渉未経験者 29歳 男性』ってテロップは……」
 青年はノートパソコンを恨めし気に見つめる。数日前のインタビューは、その日の夜、ネットニュースで使われ、瞬く間に拡散された。青年は一晩で『ネットのおもちゃ』と化してしまったのである。SNSのアカウントは荒らされ、スマホには知らない番号から電話がかかってくるような有様だった。青年はバイトも休み、アパートに引きこもっていた。そうこうしている内に、時計は0時をまわった。青年の三十歳の誕生日である。
「ははっ、なんて誕生日だよ……うん?」
 青年はスマホを見ると、大学時代からの友人からの電話である。自分をからかうような性格の人間ではない。青年は電話に出る。
「もしもし……」
「ああ、やっと出たな! お前、さっきから何度も電話してたのによ!」
「それはすまん……今気づいた。スマホは遠ざけていたからな」
「……大丈夫か?」
「なんとかな……」
「そうか……実はだな、お前とどうしても連絡を取りたいって人がいるんだよ」
「え?」
「この後すぐにかけてもらうから、絶対出ろよ、じゃあな」
 友人は電話を切る。
「あっ……な、なんだよ……ん!?」
 友人の言ったとおり、すぐに電話がかかってきた。青年は気が進まないが、電話に出る。
「……はい」
群山春彦(むらやまはるひこ)君だね……」
「え、ええ……」
「俺は黒都司(こくとつかさ)だ、覚えているかな?」
「黒都さん……ああ、早稲田の演劇サークルの!?」
「そう、交流会で何度か顔合わせたよね」
「ああ、はい……」
 春彦と呼ばれた男性は戸惑う。黒都と名乗った男性とは確かに何度か顔を合わせたことがあるが、通っていた大学は別だ。学年も違う。会話も挨拶くらいしかしていないはず。何故にして自分に連絡を取ってきたのか。
「例のインタビューを見たのだけど……今、暇しているみたいだね」
「は、はい……」
「急な話だが、明日の朝十時、霞ヶ関の……まで来てくれないか?」
「霞ヶ関の……こ、ここって、警視庁!?」
 ノートパソコンを操作し、黒都の言った住所を検索した春彦は驚く。
「待っているよ、それじゃあ」
「ちょ、ちょっと! ……切れた……なんなんだよ」
 黒都はすぐに電話を切る。春彦は後頭部をポリポリと掻く。


 電話の翌日、春彦は霞ヶ関までやってきた。会社員時代に着ていたスーツを引っ張り出して着ている。そのお陰で周囲からはさほど浮いてはいないと思った。
「えっと……」
 春彦はスマホを確認する。昨夜、黒都が言っていた住所の地図が映し出されている。
「霞ヶ関はほとんど初めてだけど……まあ、迷わないな」
 春彦は歩き出す。そして考えを巡らす。
(黒都先輩は東京の学生演劇界でも注目される存在だったけど……芸能界には進まず、確か警視庁に入ったって昔聞いたな……警視庁の人が何の用だ? もしかして……)
 春彦は自らの顎をさする。
公安の特殊部隊に入ってくれ……ってコト!?
 春彦は一度立ち止まった後、首を左右に振る。
(いやいや、さすがに無いな。ドラマの見過ぎだよ、我ながら……)
 春彦は再び歩き出すと、そこからわずかな時間で目的地に到着する。
「こ、ここか……?」
 春彦が見上げると、霞ヶ関のビル群の中でも浮いている、なんとも古めかしいビルがそこにはあった。
「霞ヶ関にもこういうビルがあるんだな……おお、時間だ。入るか……」
 春彦はビルに入る。
(エレベーターは……故障中? 確か4階と言っていたような……しょうがない、歩いていくか……)
 春彦は苦笑交じりに階段を上っていく。途中で背広を着て、カバンと書類の入った袋を持った男性や清掃作業中の女性とすれ違った、春彦は軽く会釈をして通り過ぎ、4階に着く。
(さて……会議室だったな……)
 春彦は『会議室』と札のかかった部屋の前に立つ。ドアを二回ノックした。すると、中から声がする。
「どうぞ」
「し、失礼します……!」
 春彦は中に入る。中年の男性が三人、長机の席に並んで座っていた。その内の一人が口を開く。
「おかけください」
「は、はい……失礼します」
 男性に促され、春彦はパイプ椅子に座る。男性たちと向かい合う形だ。
「群山春彦さん……ですね?」
「は、はい……」
「二、三、質問をさせていただきます……」
「あ、はい……」
「男性とすれ違ったと思いますが……」
(これは男性が持っていたカバンか書類の入った袋の色を答えろという質問か……! 確か黒いカバンに白い袋だったな……!)
「あの男性……どう思いましたか?」
「はい?」
 春彦が首を傾げる。
「ふむ……」
 質問した男性は頷いて、なにかを手元の紙に書き込む。
「あ、あの……」
「私からも……清掃員の女性とすれ違ったかと思いますが……」
(これは女性の作業着の色を答えろという質問だな……! 確か水色だったな……!)
「あの女性……何歳だと思いますか?」
「はいい?」
 春彦がまたも首を傾げる。
「なるほど……」
 質問した男性が首を縦に振り、なにかを手元の紙に書き込む。
「えっと……」
「それでは私からも……階段……」
(階段の段数を答えろという質問だな……! これは数えていた、60段だったはずだ……!)
「……大変だったでしょう?」
「はいいい?」
 春彦がまたまた首を傾げる。
「ほう……」
 質問した男性が顎をさすりながら、なにかを手元の紙に書き込む。
「い、いや……」
「……」
「………」
「…………」
 しばらく沈黙が流れる。たまりかねた春彦が口を開く。
「え、ええっと……」
「……!」
 中年男性たちが立ち上がって退室する。
「! あ、あの……ちょ、ちょっと! ……行っちゃった」
 春彦が一人部屋に取り残される。そこからまたしばらく時間が流れる。
「失礼……」
 部屋に黒髪オールバックで細い目をした男性が入ってくる。スーツのよく似合う男性だ。その男性を見て、春彦は声を上げる。
「あっ……黒都さん!」
「面接は合格だよ」
 黒都がにっこりと微笑む。
「え?」
「俺の後についてきてくれ……」
 黒都が振り返って部屋を出る。春彦は戸惑いながらそれについていく。
「あの、面接って……」
「まあ、形ばかりのものなのだけれどね。一応やっておかないと上も納得しないものでね……」
「は、はあ……」
 黒都がエレベーターの前につき、ボタンを押す。エレベーターが開く。
「乗りたまえ」
「こ、故障中じゃなかったのか……」
 春彦は黒都に続いてエレベーターに乗る。黒都は地下の階行きのボタンを押す。春彦は首を傾げる。それを見て、黒都は微笑みながら告げる。
「訳が分からないようだね……」
「え、ええ……」
「例のインタビューを見かけてね。君しかいないと思ったんだよ」
「ええ? 僕しかいない?」
「ふふっ……」
「……それって、もしかして公安関係の仕事ですか?」
「ほう、なかなか察しが良いね」
「い、いや、ほとんど当てずっぽうですけど……」
「まあ、そういうものだ」
「僕に務まりますかね……?」
「務まると思うから呼んだんだよ」
「はあ……」
「着いた。じゃあ、俺の後に続いて……」
 黒都がエレベーターから降りる。春彦はそれに続く。黒都は薄暗い廊下を歩く。この階には厳重そうな扉が付いた部屋がいくつも並んでいる。
「こ、これは……」
「ここだ……」
 ある部屋の前で立ち止まった黒都が扉を開いて中に入る。春彦も続けて入る。大きく黒い塊のようなものが部屋の中心にある。春彦が首を傾げる。
「うん……?」
「シャア!」
「うわっ!」
 春彦が驚いて尻餅をつく。黒い塊が襲いかかってこようとしたからだ。しかし、鎖で繋がっていた為、黒い塊が尖らせた先端部分は春彦にはわずかに届かない。黒都が淡々と呟く。
「こいつをなんとかしてもらおう……これがいわゆる実技試験だ」
「じ、実技試験……?」
「ああ」
「シャアア……!」
「こ、こいつってもしかして、妖(あやかし)ですか?」
「そうだね……」
 春彦の問いに黒都が頷く。
「ひょ、ひょっとして、あの大人気漫画、『妖絶の腕(ようぜつのかいな)』の?」
「そうだよ。よく分かったね」
「序盤の印象的な敵ですから……ってちょっと待ってください! なんで妖がここに!? シ、CGかなにかですか?」
「まぎれもない現実だよ」
「げ、現実……?」
 春彦が困惑する。
「……漫画や小説に、『この物語はフィクションです~』っていう文言があるだろう?」
「あ、ありますね……」
「あれ、フィクションじゃないんだよ……
「ええっ!?」
「現実に存在するんだ。そして、我が国……いや、人類全体の平和を脅かそうとしているんだ」
「ええっ……」
「それをどうにかするのが俺たちに課せられた任務だ……」
「ど、どうにかするって……」
「それじゃあ、頼むよ」
「た、頼むって言われても……」
「シャアア!」
「う、うわあっ!?」
 鎖を外された妖が、あらためて春彦に襲いかかる。春彦は慌てて横に飛んで避ける。
「シャア‼」
「おわっ!」
「シャアア‼」
「どわっ!」 
「逃げてばかりじゃどうにもならないよ」
「そ、そんなことを言われてもですね! 無理ですよ! 漫画の主人公じゃないんですから!」
 黒都の言葉に春彦が声を上げる。
「……やっぱり無謀なんじゃあないかのう?」
「!」
 部屋に小柄な美少女が入ってくる。赤髪で腰の高さまで伸ばした長いツインテールと紫を基調とした着物が印象的である。黒都が微笑む。
「手を貸してあげてくれないか」
「あまり気が進まんのう……」
 ツインテールの少女は自らの鼻の頭をポリポリと搔く。
「そ、そのお嬢ちゃんは?」
「お嬢ちゃんって、子ども扱いするでない。わらわはそなたよりもずっと長生きじゃ」
 春彦の言葉にツインテールはムッとした様子を見せる。
「その幼く見える外見に、のじゃ口調、一人称が『わらわ』……も、もしかして……」
「うん?」
「ロ、ロリババア! 僕の好みドストレートの!」
 春彦が歓声を上げる。
「う、うん……!?」
 ツインテールが困惑する。
「これは恥ずかしいところは見せられないぞ! うおおおおっ!」
 体勢を立て直した春彦が気合を入れる。すると、周囲を圧するような雰囲気を身に纏う。ツインテールが目を丸くする。
「こ、これは……!?」
「思った通りだな」
「ど、どういうことじゃ、黒都!?」
「まずは援護だ」
「あ、ああ!」
「シャア!?」
 ツインテールが手で印を結ぶと、妖の動きが止まる。春彦が首を捻る。
「こ、これは……」
「わらわの力で抑え込んでいる! 今の内にやれ!」
「は、はい! 妖を絶やすのは……単純に己の腕!」
「シャアアア!?」
 春彦が拳を振るい、妖を思い切り殴りつける。妖は霧消する。黒都が拍手を送りながら春彦に告げる。
「……合格だ。君を歓迎するよ」
「か、歓迎って?」
警視庁公安部秘事課(けいしちょうこうあんぶひめごとか)に」
「ひ、ひめごとか!?」
「今のように漫画などから次元を飛び越えてきたものを取り締まるのが主な仕事だ」
「次元を飛び越える……そ、そんなことが……」
「今、実際に目にしただろう?」
「そ、それはそうですけど……繰り返しになりますが、何故僕なんですか? 体術に長けた人は他に大勢いるでしょう」
「この仕事には、異性間性交渉未経験者の30代男性がもっとも適しているんだ。オタク知識も求められる……役柄に没頭出来る性格も良い……」
「も、もしかして、『童貞のまま、30歳になると魔法使いになれる』っていうネットでお馴染みの冗談は……」
「冗談ではないよ、やや意味合いは異なるが……この秘事課職員に向いているということが異なった形で表社会に伝わったんだ」
「そ、そんな……」
「というわけであらためて歓迎するよ、群山春彦君……」
「か、歓迎されても……」
「もう秘密は知ってしまったからね。課に加わらないというなら、それなりの対応を取らざるを得なくなるな……」
「そんな! 横暴だ!」
「ここまで来たら君に拒否権はないよ」
 黒都はにっこりと笑う。
「う、嘘だ……」
 春彦はがっくりと両手両膝をつく。
「やれやれ、なんだか気の毒じゃのう……」
 ツインテールが苦笑する。
「! あ、あの……」
 春彦が顔を上げる。
「な、なんじゃ?」
「わらわさんは……」
「誰がわらわさんじゃ。わらわには赤丸御茶の水(あかまるおちゃのみず)というれっきとした名前がある」
「あ、赤丸さんも秘事課の?」
「ああ、課員じゃ」
 御茶ノ水が頷く。
「黒都さん、僕も秘事課で頑張ります!」
 春彦は勢いよく立ち上がり、黒都に向かって告げる。黒都は笑う。
「それは良かった。よろしく頼むよ」
「ロ、ロリババアと同僚……楽しくなりそうだ……」
 春彦の呟きに御茶ノ水が反応する。
「……おい、さっきも言うとったが……」
「え?」
「誰がババアじゃ!」
「ぐはっ!?」
 御茶ノ水が両手を掲げると、強い衝撃波が発せられ、それをまともに食らった春彦は部屋の壁にめり込んでしまう。御茶ノ水がツインテールを翻して部屋を出ていく。
「ふん……」
「く、口が滑りました……誠に遺憾です……
 春彦は苦しそうに呟く。
「前途は多難そうだね……」
 黒都は苦笑する。

 


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