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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜慈愛(1)

 日と別れを告げた丸い月が上空へと昇り、猫の額を冷たく照らす。
 猫の額にある唯一の屋敷には灯りが灯り、夜空を泳ぐ舟のように夜の中を浮かび上がる。
 土が抉れ、作物が歪み、白い霜で痛めつけられた庭を複数の影が動く。
 冷たい月明かりと屋敷の灯りに照らされ、浮かび上がったその姿は人間の子どもくらいの大きさの猿であった。
 しかし、それはただの猿ではなかった。
 その身体を構成しているのは木の枝と根、そして緑色の葉であった。木の根と枝が蔦のように絡み合って猿の骨組みを形成し、緑色の葉が体毛のように生い茂る。それだけでも異様なのにそんな異形の存在が10は存在している。
 彼らは、規則正しい動きで抉れた土を埋め、作物の位置を直して耕し直し、固く張られた霜を拳で叩いて割っていく。
 まるで精巧な機巧からくり人形のようだ。
 屋敷の裏手には綺麗に草の刈られた広場がある。
 飛竜ワイバーンが降りやすいように準備された場所だ。現在、そこには深緑の魔法陣が描かれ、淡い光を放っていた。
 魔法陣の表面は、波のように揺れ、そこから木の根と枝が伸びて互いの身体を絡めて小さな猿へと姿を変えて仲間達と合流する。
 猿達は、物語から抜け出た小人のように懸命に作業に励んだ。
 
 青猿は、目の前に置かれた醤油で味つけた鶏腿肉の照り焼きに木製のフォークを突き刺し、ナイフで丁寧に骨から身を剥がし、ゆっくりと口に運んだ。
 その瞬間、顔を構成する筋肉のありとあらゆる部分が口福に緩み、美しい顔がさらに満面に輝く。
「美味い・・」
 青猿は、感嘆の声を上げて隣に立っているアケに笑みを浮かべる。
「幼妻、あんた本当に料理が美味いなあ」
「・・・ありがとうございます」
 青猿の讃美にアケは、ぎこちない笑みを浮かべる。
 本当は、とても嬉しいのだが、居間リビングを包み込む重々しい空気のせいで心から笑うことが出来ないでいた。
 青猿達が座る居間リビングのテーブルにアケが用意した料理が所狭しと並んでいる。青猿の食べている鶏腿肉を醤油で味漬けた物、ポテトサラダ、きゅうりの酢の物、玉ねぎの味噌汁、焼き魚、白いご飯等々、家庭料理過ぎてとてもお客様に出すようなものではないが腹を空かし過ぎて苦しんでいる者達にとっては何よりのご馳走であった。
 ツキは、青猿の向かいに座り、コーヒーを飲んでいる。オモチもカワセミもウグイスも席に座って食事を摂っている。
 青猿は、とても丁寧な手つきでナイフとフォークを使い
ポテトサラダを切り分け、焼き魚を解し、味噌汁を飲んだ。
 その所作一つ一つが洗練された舞いのようで、外見の美しさも思わず見惚れてしまう。
 そしてやはりこの人は王なのだと改めて確信する。
 しかし、そんな王の所作に見惚れているのはアケだけであった。
 アケの足元でアズキが身を低く構えて小さく唸りながら青猿を睨みつける。
 ウグイスは、鶏腿肉の照り焼きと焼き魚を片方ずつに手で持って器用に交互に音を立ててがぶり付き、カワセミは、アケが特別に用意したお汁粉を音を立てて啜る。
 2人は、大きくて愛らしい目を細めて青猿に敵意と怒りのこもった目を向けている。特にウグイスの黄緑色の目からは警戒と殺意すら漏れ溢れ、次にアケに何かしたら殺すという明確な信号を送っていた。
 ウグイスとカワセミの向かい側の席ではほんの1時間の間にお饅頭のような体型から針金のように痩せ細ってしまったオモチがアケの特製甘酒を弱々しく啜っている。
 そのあまりに痛々しい姿にアケは、心配し、申し訳なくなってしまう。
「オモチ・・・甘酒おかわりする?」
 アケが訊くとオモチは、甘酒から口を開き、窶れた顔を上げる。
「大丈夫ですよアケ様。ちょうどいい量です」
 相変わらず表情は分からないがそのつぶらな赤い目を見て心配かけないように笑っているのだろうな、と分かる。
 それでも普段は何かに取り憑かれたように旺盛に食べるオモチがたった一杯の甘酒で満足してしまうのだから相当に身体にダメージが来ているのだろう。
「一部とは言え巨人を召喚したんだ。身体に相当ガタが来てるだろう?」
 アケの疑問に答えるようにツキが言う。
「あの僅かな時間でそれ程の芸当を出来る奴なんてそうはいない。見事だ」
 青猿は、フォークとナイフを置いてオモチの方を向いて微笑む。
 彼女的にはオモチを最大限に労ったつもりなのだろう。
 しかし・・・。
 ウグイスとカワセミが食べる手を止めて青猿を怒りの視線を飛ばす。誰のせいだと言わんばかりに。
「恐れ入ります・・・」
 オモチは、弱々しく頭を下げる。
 その言葉が社交辞令であることはアケにも分かった。
 青猿は、嬉々とした顔で再び鶏の照り焼きにナイフを入れる。
「それで・・・」
 青猿の真向かいに座るツキがコーヒーカップをソーサーの上に置く。普段、音もなく静かに置くのにカチャンっと音が上がる。
 青猿は、食事の手を止める。
 ツキの黄金の双眸が青猿を映す。
「どう始末を付けるつもりだ?」
 ツキの言葉に青猿は、アケは、蛇の目を大きく開く。
 カワセミとウグイス、オモチもツキの方を見る。
「協力してくれるのではなかったのか?」
 青猿は、ナイフとフォークを置き、深緑の双眸を細めてツキを見る。
「協力するさ」
 ツキは、背もたれに寄りかかる。
「妻の思いを無下になぞしない。しかし・・・」
 ツキの黄金の双眸が燃えるように揺らめく。
「妻と臣下を傷つけたこと、許すつもりもない」
 ツキから放たれる気迫にアケは震えた。
 ウグイス達もその気に当てられ、羽毛と毛が逆立つ。
 再び争いが始まるのではないか、と緊張が走る。
 しかし、気をぶつけられている当の本人である青猿は、少し困った顔をして整った頬を指先で掻く。
 そして小さく息を吐くと右手を真横に伸ばし、手のひらに小さな深緑の魔法陣を展開する。

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