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冷たい男 第5話 親友悪友(8)

「ぐげがっは!」
 ショートの子が声にならない絶叫上げて地面をのたうち回る。苦痛に歪んだ美しい顔の半分が凍りつき、口と鼻を塞ぎ、白い煙を吹き上げる。
 冷たい男の首筋から血が滴り落ち、衣服を、地面を白く染める。
 冷たい男は、痛みに顔を顰め、ポケットからタオル地のハンカチを取り出すと出血の続く首筋に当てる。
 タオル地のハンカチは、赤く染まり、そのまま凍りついて肌に張り付き、そのまま傷口を止血する。
 ショートの子は、必死に喉を掻きむしる。白い顔が青ざめ、縦長の赤い瞳が剥き出さんばかりに広がる。
 苦しみ悶えるショートの子の右耳から何か黒く、暗いものが見え隠れしているのに気付く。よく見ようとするが直ぐにそれは見えなくなった。
 もがき苦しみながら地面に落ちている石を拾い、凍りついた顔面に何度も何度も叩きつける。
 分厚い氷が割れ、ガラスの破片のように飛び散る。ヒュホーと縦笛のような音を立てた呼吸が回復する。ショートの子は石で殴りつけた時に出来た傷から流れる血と共に溜まった呼吸を吐き出し、新鮮な空気を貪った。
 涎と血を垂れ流しながら縦長の赤い瞳で冷たい男を睨みつける。
「・・・化け物が」
 ショートの子は怨嗟の言葉を冷たい男にぶつける。
「・・・お互い様でしょ」
 冷たい男は、引かずに言葉を返すものの後退りする。脹脛がブランコの椅子に当たり、鎖が音を立てる。
 本能的に分かっているのだ。
 目の前の自分の半分しか背の満たない少女の姿をしたものに自分は勝てない、と。
 ショートの子もそれが分かっていて、苦しげに呼吸しながらも嘲笑する。
「凍らせるしか能のないクソ虫が・・・」
 美しい顔に似合わない醜い言葉を吐き出しながら少女は立ち上がると両手を帳のように大きく広げる。
「あんたの血を飲むのはやめるわ」
 大きく広げた両手を胸の前に掲げる。
 闇とは違う黒い何かが集まりだす。
 それは細かい虫のようにモザモザと蠢きながら球体を形成していく。
「死にはしないから安心なさい」
 ショートの子は、黒い球体を撫で回すように両手を滑らかに動かす。
「ただし、2度と正気には戻れないけどね」
 ショートの子は、笑い黒い球体を差し出すように腕を前に伸ばす。
闇の精霊シェード!」
 黒い球体がショートの子の手を離れる。
 球体が崩れ、大きく長い10本の指のように変化し、冷たい男に襲い掛かる。
 速い!
 とても逃げ切ることが出来ない。
 冷たい男は、自分の身を守るように両腕で自分の顔を持ってくる。

 儚い防御。

 ショートの子は、嘲笑する。

 闇の精霊シェードの10本の指が冷たい男の身体を獲られようとした。

「ヒメ」

 冷たい男の前に巨大な青い炎の目が出現する。

 闇の精霊シェードは、止まることが出来ず、巨大な目の表面に触れる。
 焼けるような音と共に悲鳴のような音が公園に響き渡る。
 炎の目を形成する無数の青白い火の玉が黒い指に飛びかかり、害虫を食らうてんとう虫のように黒い指を削り、消していく。
 そして闇の精霊シェードは、完全に消失した。
 ショートの子は、呆然と縦長の目を震わせる。
「なり損ないにしては精霊の操作が上手いにゃ」
 いつの間にか冷たい男の足元に小さな茶トラがいた。その場にお尻を落として前足を舐めている。
「まあ、ミーにはどうやっても敵わないけどにゃ」
 茶トラの姿を見た瞬間、ショートの子の顔に恐怖が走る。
「火車!」
「火車言うにゃ!」
 茶トラが甲高い声で怒鳴る。
 その声だけでショートの子は、子どものように身を震わせ、後ずさる。
「なぜ・・・なぜ真の名を継ぐ者がここに・・・⁉︎」
「可愛いペットに親友を守れと頼まれたからにゃ。まあ運がなかったと思うにゃ」
 茶トラは、後ろ足で耳の裏を掻いて欠伸をする。
「・・・火車さんって凄かったんですね!」
「だから火車言うにゃ!・・・って今頃、ミーの凄さがわかったにゃ?」
 そう言いながらも小さな胸を張る。
 2人が会話をしている隙を付き、ショートの子は逃げ出そうと踵を返す、が・・・。
「どこ行こうとしてるんや?」
 闇の中でも目立つショッキングピンクの髪の男、ハンターが現れる。ファミレスを離れる時には持っていなかった身長程ある海色の虫網の柄で肩をポンポンッと叩き、腰に深い海色の鈴と同色の小さな籠をぶら下げ、ショートの子を見下ろす。
「お前は⁉︎」
 ショートの子は、驚愕の顔を浮かべる。
「なんや?そんなに驚いて・・・このイケメン顔はさっき見たやろが」
 そう言って嘲笑を浮かべる。
「自分でイケメンいうたにゃ」
 茶トラは、呆れたように目を細めて嘆息する。
「そこうるさいで」
 ハンターは、間を開けずに人差し指を向けて突っ込むとショートの子に向き直る。
「姉さんは・・・」
「あん?」
「姉さんはどうしたのよ!」
 ショートの子は、叫ぶ。
 ハンターは、一瞬、顔を顰めてから腰にぶら下げた小さな籠を外して、ショートの子に見せる。
「ここにおるで」
「えっ?」
 ショートの子は、呆けた顔をして籠を見る。
 鈴と同じ海色の籠の中、格子の向こうに何かが見える。
「えっ?」
 裸の髪の長い少女が格子を何度も何度も叩いて何かを叫んでいる。
 必死に、喉が擦り切れんばかりに届かない声を外に向けて叫んでいる。
 それはあのロングの子であった。
 ショートの子の縦長の赤い目が怒りに震える。
 小さな手に力を込め、鋭い爪を構える。
「姉さんになにをしたあ!」
「言わんでも分かるやろ。ガキやあるまいし」
 ショートの子は、ハンターに向かって飛びかかる。
 冷たい男の目には一瞬のうちに消えたようにしか見えない。
 しかし、茶トラとハンターは、それを緩慢な動きとして捉えていた。
 ハンターは、虫網の柄の先を突き出す。
 その速さは正に刹那の如く、ショートの子の腹を捉えていた。
 ショートの子は、地面に倒れ伏し虫網の柄に突かれた腹を押さえて嗚咽し、蹲る。
「なり損ないが狩人ハンターに勝てる思うなよ」
 ハンターは、虫網をバトンのように回転させ、地面に先を突く。
「ハ・・・狩人ハンター?」
 ショートの子は、身を起こして怯えた目を向ける。
「私たちを狙ってたの⁉︎」
「そりゃそうやろ。あんな派手に食い散らかして何で狙われへん思うねん」
 ハンターは、呆れたように言う。
「幾ら育ち盛りでも食いすぎやで」
 ハンターは、足を一歩踏み出す。
 ショートの子は、怯え、這うように逃げようとする。が、その前に茶トラが立ち塞がる。
「諦めるにゃ」
「ちょっと血をもらうくらいやったら許容範囲やったんやけどな。自分の食欲を恨みや」
 ハンターは、両手で虫網を構える。
「安心せい。オレは、捕獲専門や。そこの茶トラやったら即死やったで」
「猫聞きの悪いこと言うにゃ」
 茶トラは、目を細めて突っ込む。
「それにただ捕まえるだけじゃないだろにゃ」
 茶トラの言葉にハンターは、小さく笑うだけだった。
「・・・ないじゃない」
 ショートの子は、砂を掴む。
 ハンターと茶トラ、そして冷たい男は眉を顰める。
「お腹が空くんだから仕方ないじゃない!」
 ショートの子は、小さな手を地面に叩きつける。
「私達だって食べたくて食べてるんじゃないわよ!今までは月に1度、少量の血を貰うだけで良かったのよ!それなのに最近、ずっとお腹が空いて空いて堪らないのよ!幾ら飲んでも足りないのよ!」
 ショートの子は、縦長の赤い目から涙を流し、子犬の遠吠えのように泣き叫ぶ。
 冷たい男は、あまりの悲痛な声に顔を顰める。
 ショートの子を憐れに思ってではない。
 彼女の発した言葉を頭の中で反芻し、眉を顰めた。

 急に食欲が湧く?

 昼間にハンターが言ってたことを思い出す。

『普通は失血死寸前まで飲んだりせえへん』

 つまりこれは普通ではない。

 そして彼女達自身もそれを自覚している・・・。

 つまりこれは・・・。

 冷たい男は、目を細めてショートの子を注意深く観察する。

 泣き叫び、子どものように怯えた目でハンターと茶トラを見るショートの子。

 冷たい男は、彼女の右の耳を見た。

 先程、違和感を感じながらも見逃した場所。

 彼女の小さな小さな耳の穴の側で何かが蠢いていた。

 ハンターは、天高く虫網を掲げる。
 月と虫網の円が重なる。
「姉妹仲良くな」
 ハンターは、小さく笑うがその目は笑っていない。
 ただただ獲物を獲らえる狩人ハンターの目だった。
 ハンターは、虫網を振り落とす。

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