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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(16)

そう私は5年間、一度も彼に連絡をしていないのだ。

 連絡手段なんて幾つもある。
 それこそ海外にいようが電話は通じるし、今の時代はそれこそSNSがある。直接話さなくたって近況を知る方法だって幾らでもあるのだ。
 でも、私はそれをしなかった。
 電話もしなければSNSで探ろうともしない。一番原始的な友達づての話しも聞こうとはしない。
 私と彼の関係はもう終わったのだ。と、言うか始まってもいなかったのに命綱を切るようにバッサリと私が終わらせたのだ。
 それなのに今だに私の胸の中に、心の隅に彼の姿が浮かぶ。私のSNSを見て彼が何かアクションを起こしてくれるのではないかと期待してしまっている。

 なんて女々しい奴。

 私は、自分で自分に腹が立った。

 彼のことを振ったのは、切ったのは誰であろう私自身なのに・・・。

 それなのに私の胸の中にはいつまでもいつまでも、焚き火の残り火のように小さく、根深く残っていたのだ。

 彼のことが。

「個展出してみない?」
 唐突にそんなことを言ってきたのは専門学校時代に会社を立ち上げた友人だった。
「ふわっ?」
 私は、思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「えっなに?どう言うこと?」
 心臓がバクバク動いて止まらなかった。いや、止まったら駄目なんだけど激しくなり過ぎて耳が痛すぎる。
「だから個展よ」
 友人は、飽きれたように息を吐く。
「貴方の作品展よ」
「ちょ・・・ちょっと待ってよ。今日はそう言う話しするんじゃなかったでしょ⁉︎」
 そうだ。今日は仕事の打ち合わせに来たのだ。
 彼女の経営する会社がアパレル系の会社と契約し、Tシャツを販売することになり。幾かのデザインを提供するので協力して欲しい、そう言う話しだったはずだ。
 私も自分の絵が認められた事は純粋に嬉しかったし、仕事に対して自分の我を押し通すほど子どもでもない。それに自分の描いた絵がTシャツになって多くの人の手に触れることになったら嬉しいと思い、例え商業用お題とコンセプトを詰め込んだ絵でも何でも描くと意気込んで来たのだ。

 それなのに・・・話しがまるで180度違う、しかも大砲に詰められて飛び散った落花生のように途方もない方向に飛んでいった。
「何よ。嫌なの?」
 友人は、拗ねたように唇を尖らせる。
「いや、そんな・・・」
 嫌なはずがない。
 ただ、話しについていけなかった。
 一体、何が起きているのだ?
 私の困惑なんて無視して友人はタブレットを弄る。
「これってカナでしょ?」
 タブレットに写ったのは"KAnA"の名義で創作投稿サイトに投稿した白樺の森の絵だった。
「学生時代から良く木の絵を描いてたの見てたから直ぐに分かったよ。樹木アーティストなんて呼ばれてるんだ」
 友人は、ニヤニヤ笑う。
 私は、思わず身を引く。
「今回のアパレル会社とのコラボレーションね、全て貴方の絵にすることにしたの。しかも"KAnA"のね」
「私の・・絵を?」
「そうよ。そしてより効果的な宣伝をする為に個展を開くの。SNSで名の知れた"KAnA"と我が社とTシャツのコラボレーションをね」
 彼女は、舌に蝋でも塗ったように滑らかに話す。
「そんな知られてないよー」
 私は、話しが大きすぎてついていけなかった。
 それを安心させるかのように彼女は、私に向かって微笑む。
「貴方の絵・・・最高よ」
「えっ?」
「学生時代からずっと注目してたのよ。だからここを立ち上げる時に誘ったの。断られたけどそれで良かったのね。あのまま会社に入ってたら貴方の絵はこんなにも成長しなかった」
 彼女は、私の肩に触れようとする。
 私は、反射的にそれを避けてしまう。
 しまった、と心の中で呟く。
 どれだけ他者とスキンシップが取れるようになっても両親以外に触れられるのは今だにダメだ。
 しかし、彼女はさして気にした様子を見せなかった。ただ単にタイミングがズレただけと思ったのだろう。
「貴方の力、私に貸して。その代わり私も全面的に貴方の絵をバックアップするわ」
 彼女の力強い笑みに押されるように私は頷いた。
 そして私の運命は急激に動いていく。

#平坂のカフェ
#短編小説
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#運命
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