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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第7話 青猿(4)

 オモチとカワセミは、猫の額の断崖の前に立つと直立して右手を左肩に当てて敬礼した。
 澄み切った青空に暖かな陽光、鳥の囀りが辺りを包み、柔らかな風が吹く。
 普段の時にアケがいれば今日はここにござでも広げておやつにしようかと言いそうな陽気だ。
 しかし、オモチとカワセミにそんな余裕はない。
 オモチの表情は、変わらないがカワセミの表情には恐怖の混じった緊張が走っていた。
 この場所に来る前から気配を感じた。
 触れるだけで握り潰されるような巨大な魔力がこちらに近づいてきているのを肌で感じ、全身の羽毛が逆立つ。
(まだ、この場にいないのだぞ!)
 なのにこの圧倒的な重圧はなんだ?
 ツキと一緒にいてもこんな痛々しく感じることはない。
 カワセミは、自分の身体が震えているのを感じた。
「心配するな」
 高い声がカワセミにかけられる。
 オモチは、カワセミの方を見ないままに話しかける。
「あの方は、無闇に暴力を振るう方ではない」
 オモチの声には動揺も怯えもない。いつもよりも落ち着いており、そして少し冷淡にも聞こえた。
「・・・来たぞ」
 オモチの声にカワセミは、断崖を見る。
 波が襲ってきた。
 カワセミにそんな錯覚を及させるような巨大な手が断崖の下から伸びてきた。
 カワセミやウグイス程度の大きさなら一掴みされそうな巨大な青い手だ。
 青い手は、断崖をガッチリと掴むとその周りが音を立ててひび割れる。
「よおっと」
 甲高い掛け声と共に青い影が断崖の下から飛び出す。
 青い影は、宙高く舞い上がると太陽と重なる。
 巨大な陰影がオモチとカワセミを包む。
 青い影は、そのまま落下してオモチとカワセミの前に降り立つ。
 地面が鳴り響き、鳥達が悲鳴を上げる。
 カワセミは、全身と本能が警報を上げるのを感じた。
 それほどまでに凶悪な魔力が全身を叩きつける。
 そこに立っていたのは鮮やかな深緑の光に包まれた巨大な青い猿であった。
 青玉サファイアを想像させるような光沢を放つ青い毛、並の刃など切れ目すら入らないのではないかと思わせるような大木のような四肢、鎧のように発達した筋肉、猛獣のように歪んだ顔は整っているように見えるが口から覗く鋭い犬歯と燃え上がるような深緑の双眸が全てを掻き消してしまう。
"深緑の青猿"
"金色の黒狼"と並ぶ5柱の王の1柱。
 その圧倒的な威圧感が場を飲み込む。
 ただ、その大僕のような右手に握られた唐草色の風呂敷包みだけが妙に異彩を放っていた。
「お久しゅうございます。青猿様」
 オモチは、恭しく頭を下げる。
「おおっ△△」
 青猿は、見かけからは想像もできない陽気で高い声を上げる。
「相変わらず丸々と太って美味そうだね」
 そう言って豪快に笑う。
 カワセミの顎から冷や汗が落ちる。
「今日は、どういったご用件でこちらに?」
 オモチは、口調を変えずに淡々と訊く。
 青猿の顔から笑みが消える。
「お前らの王にちょっと用事があってな。面会を頼むわ」
 青猿の言葉にオモチは、赤い目を光らせながらも神妙に頷いた。

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