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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第5話 幻想DIY(8)

 小川と畑の間に置かれたペパーミントバードの卵は前衛的な彫刻のように庭の中で一際の存在感を放っていた。
 まるでそこだけが庭から切り取られたように浮いている。
 鶏小屋から放し飼いされた鶏達が物珍しそうに嘴で突く。
「完璧に景観を損なってますね」
 カワセミが眉を顰めて腕を組む。
「畑と鶏の歩く実用的な庭だからね。奥には水車も見えるし何とも場違いな光景だね」
 流石のウグイスもゲンナリとしている。
 アケも想像と違ったのかしゅんっと肩を落とし、その隣で人の姿に戻った王も小さく鼻息を吐く。
「まだ、完成した訳ではないですからね。前も言ったが水の通り道や火の家を・・・」
 オモチの言葉にウグイスが「ええっ」と不平を漏らす。
「もうちょっと短縮出来ないんですか?」
「手を抜いたら碌なことにならないぞ。ただ・・」
 カワセミは、じっとペパーミントバードの殻を見る。
「例え、お湯が沸くようになってもこのままだと雨ざらしだな」
 アケの脳裏に大嵐の中、風呂に浸かって震えている自分の姿が浮かび、思わず震える。
「前途多難だね」
 ウグイスは、肩を落としてため息を吐きながらもぽんっとアケの肩を叩く。
「まっ頑張ろうか」
 そう言って微笑む。
 ウグイスの前向きな声にアケも少し申し訳なさそうな顔をしながらも頷いた。
 ツキは、そんな2人を見て小さく笑みを浮かべる。

 音楽が聞こえる。
 金属や石、木を擦り、叩くようなリズミカルな音が音楽となって聞こえてくる。
 全員が一斉に音の方を見る。
 アケは、蛇の目を大きく開く。
 屋敷の柵を越えて現れたのは多種多様な物達だ。
 王冠のように四つの支柱を伸ばした金色の土台。
 軟体生物のように左右に身体を揺らす蛇腹の長い管。
 オモチの腹回りぐらいに大きな円柱型の真鍮造りのボイラー。
 そして丸太造りの壁と屋根を携えた小さな家。
 それらの者たちが身体を揺すり、飛び跳ね、ぶつかり合いながら音楽を奏でてこちらに近づいてくる。
 アケ、ウグイス、カワセミが驚きに口を丸くする。
 ツキは、冷静に見る。
精魂スピリットだな」
 ツキの言葉にオモチが「ですね」と同意する。
 精魂達は、音を立てながらペパーミントバードの殻に近づき、四方を囲む。
 最初に動いたのは王冠型の土台だ。
 決して曲がりそうにない支柱が飴細工のように伸ばし。曲がり、ペパーミントバードの卵を手のように掴んで持ち上げる。そしてゆっくりとゆっくりと支柱を縮めて土台に下ろすとまるで最初からその形であったかのような優雅なオブジェへと姿を変える。
 次に動いたのは管だ。
 管は、身体をくねらせながらペパーミントバードの下部に先端を思い切り叩きつける。先端が殻の中に食い込む。次に身体をアコーディオンが1番大きな音を立てる前のように蛇腹を小川まで思い切り伸ばして、お尻の部分を水の中に落とす。
 真鍮のボイラーは、少し距離を置いたところから管を伸ばし、土台に差し込む。四角い蓋を仰ぐように開き、煙突から甲高い音を立てる。
 そして最後に家だ。
 ボイラーの蛇腹の件を跨ぐようにペパーミントバードの殻の上に飛び乗る。
 家の中からトンカチが釘を打つ音や削り取るような音が響く。
 アケ達はその様子を身動き一つせずその一連の流れを見ていた。
 音が止む。
 屋敷の扉がゆっくりと開く。
 アケは、ツキ、ウグイス、カワセミ、オモチ、そして胸に抱いたアズキと目を合し、ゆっくりと扉に近づき、中を見て絶句する。
 新鮮なオーク材の香り。
 蝋を塗られたような光沢を持った丸太の壁。
 ピンクの花の形をしたランタン。
 屋根には開閉式の日の光を存分に取り込むことが出来る大きな天窓。
 そして陶器のように磨かれ、金の枠にツキの長衣のような金色の花の絵が描かれたペパーミントバードの殻を加工した浴槽。
 完璧な浴場であった。
 ウグイスは、目を輝かせ、カワセミとオモチは目を見張り、アケは蛇の目を大きく開いた。
「あら素敵ね」
 柔らかで甘い女性の声が聞こえる。
 アケの胸がどきんっと高鳴る。
 扉を出て屋敷を見上げるととんがり屋根の丸い天窓から家精シルキーが顔を出して金色の髪を靡かせ、妖艶な笑みを浮かべて指をピアノを弾くように動かす。
 それだけでこの現象の理由が分かり、アケは、唇を小さく噛む。
「やはりお前の仕業か」
 ツキが黄金の双眸を細めてアケと同じように見上げる。
 あの時、口にしていた準備とはこの事だったのだろう。
 しかし、家精シルキーは、柔らかく首を横に振る。
「私は、存じませんよ。お風呂作りの噂を聞きつけた精魂スピリット達が勝手にやってきたのでしょう?」
 だから、その噂をお前が流したのだろうと思ったがそれ以上は、口にしなかった。
「お見事ですね。奥様。無事に私の力も借りずにお風呂を作ることが出来て」
 そう言って家精シルキーは、笑みを浮かべる。
 ゆったりとした余裕のある笑みを。
 アケは、再び馬鹿にされたような気分になって唇を強く紡ぎ、アズキを抱いた手が小さく震える。
「まあまあ」
 ウグイスがアケの肩をポンポンッと叩いて朗らかな笑みを浮かべる。
「ここまで出来たのは私達の、アケの努力の結果だよ」
 ウグイスの言葉に同調するようにアズキが小さく鳴く。
「さあ、安心したらお腹すいちゃった!美味しい物なんか作ってよ!今日はなんか意趣返しに鳥気分!」
 ウグイスの言葉にカワセミも同意する。
「そうですね。肉肉しいのが食べたいです」
 双子がお腹を押さえてぐいぐい迫ってくるのでまたアケは思わず頷く。
「じゃあ、お昼の油と小麦粉がそのままだから唐揚げでいいかな?」
 唐揚げ!
 その言葉に双子は目を輝かす。
「丁度、貯蔵庫に捌いて燻したばかりの鶏肉がありますよ。後、野菜も」
 オモチが右頬を掻きながら言う。
 アズキは、僕はいつものドングリのカリカリねと言わんばかりに小さく鳴く。
 アケは、ツキを見る。
「主人も唐揚げでいい?」
「ツキだ!ああっ俺も食べたい」
 ツキの言葉にアケは小さく頷く。
「それじゃあ作るから待っててね」
 アケの言葉に双子とオモチは声を上げて喜んだ。
 家精シルキーは、それを見てクスクスと喉を鳴らして笑った。

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