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冷たい男 第4話〜束の間の死〜(9)

「心臓が破裂したらしいわ」
 老婆は、口の中に溢れる唾液を飲み込む。
「あの人の娘に連絡すると見てもいないのに彼女は直ぐにそう答えた。医師や救急隊とかなら信用出来なかったけどあの人の娘が言うことは直ぐに信用出来た。その上で言ったの。どんな報酬でも払うから父を助けてほしい、と」

 しかし、あの人の娘、現香り屋の女の子主人はこう答えた。

「私の力ではもうどうにもならないわ」

 どれだけの糸を使っても破裂した心臓は戻せない。
 蝋燭を何本焚いても心臓の破裂した痛みは和らげることは出来ない。
 今は、農も焼かれているから意識はないだろう。しかし、いつか必ずし目覚め、父は苦しみに苦しみ抜くことになる。

 それが寿命がないということだから、と。

 老婆は、絶望に震えた。
 そして自分を責めた。
 あの時、自分が電気室にいかなければ、平穏に油断してなければこんなことにはならなかったのに!っと。

 悲しみに閉じこもろうとする報酬老婆に香り屋の女主人は言う。

「束の間の死を与えましょう」
 老婆は、女主人の言葉の意味が分からず反芻する。
「束の間の死?」
 電話越しに女主人が頷いたのが分かる。
「私には貴方のお父様を何とかすることは出来ない。しかし、束の間の死を与えてくれる、この世界を滅ぼそうとする山神を眠らせる事の出来る唯一の存在を知っている。彼ならお父様に束の間でも死を与えることが出来るでしょう」
 老婆は、二度反芻する。
「束の間の・・・死」

 そして老婆は、冷たい男の元に現れた。

 父に束の間の死を与えてもらう為に。

#短編小説
#死
#山神

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