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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(39)

 スミは、歩いていくカナの背中に手を伸ばす。
 しかし、それ以上は動けない。
 平坂のカフェがそれ以上の行動を許さない。
 スミは、自分の足を見る。平坂のカフェと混じり合い、ヨーグルトのように溶けて形のない自分の足を。
 スミは、もがく。
 カウンターに爪を引っ掛け、地面に張り巡らせた根のようにその場を動くことの出来ない身体を引き抜こうとする。
 スミの頭の中でひび割れた白い闇。
 その隙間から漏れ出る温かい光・・記憶。

 必要ナイ

 何かが頭の中で囁きかける。

 オ前ニ必要ナノハ生ト死ノ狭間ノ者ヲ向カイ入レ、導クコト。ソレダケダ。

 ひび割れた白い闇を白い闇が埋め尽くす。
 生々しい血管の脈打つような白、平坂のカフェの意識が再びスミを捉えようとする。

 カ・・ナ・・・。


 その名は誰の名だ?

 オレは誰を呼ぼうとした。

"逝く扉"に歩いて言っているのは誰だ?

 分からない・・・分からない・・・・。

 言葉が浮かぶ・・・。

 カフェの店主として"逝く"扉に向かう者に手向ける言葉が・・・。

 そして口が勝手にその言葉を紡ぎだす。
「どうぞ安らか・・」
 カウンターの上に音を立てて何かが落ちてくる。
 雪だ。
 雪の塊が落ちてきたのだ。
 スミの肩に、首筋に、頬に、髪に温かいものが触れる。

 枝だ。

 黒く、生命に満ち溢れた雄々しい枝がスミの身体に触れる。
 スミは、首を動かす。
 桜の木が絵の中からその身を引き出し、大きな幹を傾け、枝を十指のように伸ばしてスミを包み込む。

『何をしている・・!』

 十指の枝を通して声が流れてくる。
 強く、熱く、感情に満ち溢れた声が。

『お前がしなきゃいけないことはなんだ!』

 俺は、その声をよく知っている。

『お前がしなきゃいけないのは彼女を送り出す事じゃない!』

 その声は・・・その声は・・・。

『彼女を守り、一生を添い遂げることだろう!』

 俺の・・・俺の声だ!

 白い闇が音を立てて崩れ去った。

#短編小説
#平坂のカフェ
#白い闇
#声

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