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【連続小説①】みんな変態

「自分の好きなものを好きなように描いてみよう」

いかにも大阪にいるおばちゃんみたいな先生が教室を周りながらそう放った。

教室には西日が差して電気が必要ないくらい明るく、心地のいい風が入ってくる。

僕は頭を張り巡らせた。

しかし、一向に右手が動くことはない。

そんな僕を見てか、先生は
「頭に思いついたことをそのまま描いたらいいんだよ。下手でも何でも恥ずかしがることはないからね。」
と全体に忠告した。

思いつかないから描けないのだ。

こんなことなら美術を選択するんじゃなかった…。

もちろん僕にも好きなものはある。

しかし、これだ!というものがないのだ。

たとえば僕はエビフライが好きだ。

あのサクサクとした食感はたまらない。

しかし、今エビフライを描くことは何だか違うのだ。

好きな人だっている。

左横に座っている岡本美玲だ

岡本は左ききで筆を走らせテニスのラケットを描いていた。

その絵は何とも言えないが、描いている姿はまさに芸術品のようだ。

風になびく髪は僕の頬を紅潮させた。

しかしそんなものを描いてしまえば僕は一気にクラスのネタにされてしまうだろう。

そうこう考えているうちに、みんな大方描き始めていた。

やばい…。とりあえず僕は赤のインクを出し、卓球のラケットを描いて提出した。

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昼休みの時間になると、仲がいいわけでもないメンバーの中に入り階段でご飯を食べている。

僕は入学してすぐの泊まりで行う転地学習を風邪で休み、友達作りに一歩出遅れたのだ。

特におもしろくもない話に笑い、みんなの様子を伺いながら相槌を打つ。

これが僕のコミュニケーションなのだ。

「蓮はどう思う?」

不意にメンバーの中心にいる曽田涼平に質問された。

「あっ…えー…」

「てかさ今日の5限って何だっけ?」

だめだ。

僕は咄嗟に質問されるとうまく返せないのだ。

それを気遣ってか見捨てられてなのか僕のターンになると自然と空気がピリッとなり、話題は変わっていく。

しかし曽田はじっと僕を覗いていた。

お弁当の味はもちろん何も感じない。

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6時間目が終わると、周りはいやいや言いながらも部活に足を運ばせる。

もちろん僕も部活に行かなくてはいけない。

しかし、気づけば門を通り過ぎ、駅に向かうエスカレーターを降りて、電車に乗っていた。

イヤホンから多少の音漏れがしていようが関係ない。

「君がいなくなった日々も このどうしようも無くなった気だるさも…」

こんな失恋すら羨ましく感じるなんて、僕はどうしようもないのかもしれない。

そんなことを考えていると、いつもよりも早く次の駅に着いた。

思っていた2つ前の駅だった。

快速に乗ったつもりだったのに…。

気を取り直して上げた視線を元に戻そうとすると、前の席に岡本美玲が座っていた。

もちろん僕は平常心だ。

また音楽に意識を戻す。

猫はフラッとどこかへ行ってしまったようだ。

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次の駅に着くと、人がわっと入ってきた。

座っていた岡本はさっと立ち上がり、まるで元から空いていたかのように席をおばあさんに譲った。

出遅れた僕は頭の中では10回以上立ち上がったものの、実行できずギュッとリュッくを抱きかかえた。

そして、次の駅に着くと岡本は降りようとしていた。

僕はまだ最寄りでもないのに何故か立ち上がり電車を降りた。

そして改札を抜け、西口のエスカレーターを上る岡本を見上げ僕もエスカレーターを上った。

「やばい…やってしまった…」

急に冷静さを取り戻し、自分がやっていることの愚かさに気がついた。

そんな時、駅前で1人の女性がギターを抱えて歌っていた。

全然知らない曲だ。

いつもなら素通りするはずなのに、僕は立ち止まって知らない曲を聴いていた。

この時から、僕の人生が始まったのかもしれない。

(つづく…)

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