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空と湖が鏡のように向かい合う様に【ショートショート】

わたしを迎えに来てくれた、ブルージーンズと白いTシャツのあなたは、やっぱり痩せてる。
出会った時から女の子のように細い背格好は、人見知りのわたしでも、怖いと感じさせなかった。
そのくせ、髪は短髪で、タバコをくわえる姿にドキッとする。
彼の持つ色は特別で、グラデーションのように広がる寒色の青で、暖色の赤や黄色が混ざるたびに、優しい色を魅せてくれた。

うつむきがちな笑顔、後ろポケットに手を入れる癖、左に重心を置いてこちらを眺める仕草も

『全部知っている』

あなたの胸に飛び込みたい。飛び込んだ胸からあなたを見上げたい。
あなたのしなやかな身体。あなたの匂い。タバコの香り。

「元気そうだねぇ」とわたし
「いや、あぁ、そうだね。」と返す彼。

8月のあなたは、3ヶ月前とかわらない。
ただ、あなたに触れられない距離が、今のわたしの心と重なっている。


まっすぐにあなたを見つめると、温かい涙がこぼれてきた。
「元気でよかった。」

彼の手が、わたしの頬につたう涙に触れようとする。
「大丈夫だよ。」あなたの手をわたしは、そっと返す。

今、触れられたら、やっと立っている足元から、崩れてしまうから。

車に乗って彼の実家へ、
彼のお母さんは、わたしが来るのを待っていた。

お母さんから、お茶とお茶菓子をいただきながら、
空と湖が鏡のように描かれた1000ピースのジグゾーパズル。

彼の答えはもう出ていた。
『君は、もう友達。それ以上でもそれ以下でもない。』
直接言われたわけでは無い、でも会話の端々から感じる。

わたしだって道化になれる。
いびつに笑いながら、彼と彼のお母さんと一緒に、川崎での想い出を語り合う。

夕方17時を過ぎた頃、
「わたし、もう帰るね。今日は会ってくれてありがとう。
車で駅まで送ってくれる。」とお願いした。

車に揺られながら、わたしは気付いた。

青く屈託のない空は、彼。
水藻に映る空の影が、わたし。
ふたり同じ風景を映し出している様だけど、
それらは決して交わらない。

彼を無理に招いてはいけない。

孤独なふたりは、互いに引き寄せ合い、
気がつくと、ゆっくりと落ちてしまうから。

彼はどこまでも、澄み切った青がいい。

故郷の空気が、彼を元気にさせた。
彼はここにいるべき人なんだ。

「今まで、ありがとう。あなたに出会えて、よかった。
一緒に孤独を分かち合った1年は、わたしにとって掛け替えのない時でした。」
「わたしからは、もう連絡しないから、あなたもわたしを忘れてね。」
「あなたの幸せを祈っている。本当だから信じて。元気でね。」
そこまで言うと、あなたはやっと笑ってくれた。

わたしは凛として立っていた。あなたに負担をかけたくなかったから。


わたしの頭の中の1号2号が喋り出す。
「あんた、あんな余命宣告メールなんて信じてないで、
彼にすがり付きなさいよ、寄りを戻せるかもしれないのに。」
「そうよ、彼は、あんたを嫌いになったんじゃない、都会の喧騒が嫌いだっただけ。あぁ、まだまに合うわよ。諦めないでよ。」

分かっている『彼は都会の喧騒が苦手だっただけ。
だけど、知らずに都会の香りが染みている。わたしにも。』

好きな人の香りは、苦手な香りでも、受け入れることが出来るように
わたしも苦手なタバコの匂いを彼の香りとして受け入れていた。

心が離れる時、それはどうなるのだろう。

わたしは、彼の苦手な香りにはなりたくはない。

独り川崎に向かって帰える。
何両目かの車両の隅。進行方向に向かってボックス席に座った。

乗り込んでくる人に、わたしの顔を見られたくなかった。泣いていたから。

心に決めた通りに『綺麗に別れた』未練は少し残っている。

そのうち、パラパラと人が増えてくると、わたしは涙をぬぐい
流れる景色を何も考えずに眺めていた。
もう、どれくらい揺られているのだろうか。
わたしの人生も揺れている。

川崎に着くと
若くて背の高い青年が一緒に降りて来て、わたしに声を掛けてきた。
通路を挟んで反対側のボックス席に静岡から座って、わたしを見ていたと言う。
わたしはそのことに全然気づかなかった。











最後までお読みいただきありがとうございます。
読み切りでも楽しめるように書きましたが、
合わせてお読みいただけると、ますます嬉しいです。
楽しんでいただけるように頑張ります。

第一話『そのメールには…。』↓

第二話『幼いままの君を見てるとホッとする』↓

第三話『そうだ、noteに向かおう』の続きのつもりで書きました↓

第四話『わたしの心はこの空のように』

第五話『ねこ。』

第六話

第七話


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