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うすグレーのトラジマ【ショートショート】

彼に会って、きちんと別れたい。


彼にとっては、迷惑は話し。
わたしにとっては、必要なステップ。

わたしは裸で産まれて来た、
だから、お空に帰る時も
何も持たずに裸で帰りたい。


車も人通りも少ない、奥まった路地に建つ古いアパート、
駅にもコンビニに行くにも遠い。

近所に子ども達がいないわけではない。
それでも、最近は子どもたちの姿を見かけない。
暑いから家の中で涼んでいるのだろうか。
きっとそれだけでは、ないだろう。

わたしと母のふたりは、そんな淋しい暮らし。

わたしは、人と繋がるのをためらっている。
そのくせ、スマホ握ったまま離せない。

『かけようか、どうしようか。』

家まであと少しのところで立ち止まり
わたしは思い切って電話をかけた。繋がった。

「久しぶり、元気。あっ、まだ仕事中だった、ごめん。」

「いや…大丈夫、あぁ、元気だよ。」

「そっか。5月に会って以来、お互い忙しくて会ってなかったね。」
「今度一度会ってくれる。話したいことがあるの。」
「わたしから、わたしからそっちに行くから、お昼ごろに着いたら電話するから…。」

わたしからの一方通行な電話。
本当、不器用なわたし。


あっ、呼ばれてる。
最近、わたしのアパートの階段の影に身を寄せている。
うすいグレーのトラジマ柄の捨て猫。

トラジマの猫は、わたしの帰りを待っていて
「ご飯をくれよ」とおねだりする。

人懐っこいんだけど、頑ななトラジマに
わたしの心はとけてゆく。


少しずつ、距離は縮まる。
焦らず、慌てず、押しつけず。


外の世界を知っている猫は、家猫になってくれるだろうか?


わたしの頭の中でまた、わたしの1号2号が喋り出す。
『アンタ、まだ、あのメールのこと信じているの?
だったらその猫どうするの?』
『大丈夫よ、カレは捨てられるけど、猫のことは捨てられなから、
ねっ、アンタ。』

頭の中の1号2号に言い聞かせるように
『ちゃんと責任は取りますから、安心して下さい』とつぶやく。

残りの人生のために、人と別れて。
残りの人生のために、猫を迎えるなんて…ちゃんと責任はとるから。

もし、この手でちゃんと抱っこできたら、わたしは言うんだ。


『家族だよ』って


わたしは、膝をかがんで、猫を覗き込む。

トラシマの目線で夕暮れの空を見上げる。

『わたし、まだ生きている。』









最後までお読みいただきありがとうございます。
読み切りでも楽しめるように書きましたが、
合わせてお読みいただけると、ますます嬉しいです。
楽しんでいただけるように頑張ります。

第一話『そのメールには…。』↓

第二話『幼いままの君を見てるとホッとする』↓

第三話『そうだ、noteに向かおう』の続きのつもりで書きました↓

第四話『わたしの心はこの空のように』

第五話『ねこ。』


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