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半世紀前から普通の人生に挑戦して、普通のおばあちゃんになった車椅子ユーザーの物語㊲

「がん細胞は出ませんでした」


落ち着かない1週間を過ごし、再び大学病院へ
「たしかに影が写っていますが、これが悪いものかどうかは組織を調べてみないとわかりません」
「形があまりよくないので、ちょっと気になりますね」
「胸に針を刺して組織をとる検査をしたほういいと思います」
モニターの画像を見ながら先生から説明がありました。
 
「そうですか」
「わかりました」
心のどこかで
「大丈夫ですよ」
「なんでもありません、脂肪の塊ですね」
とか言われることを期待していたけれど
そうではありませんでした。
 
家に戻り家族が寝静まった後
まだPCはなかったので、『家庭の医学』という分厚い本を開き
『乳がん』のページを夢中になって読みました
読めば読むほど恐ろしく、絶望し涙が止まらない夜
「でも、まだわからないし」
「組織が良性かもしれないし」
と必死で自分に言い聞かせ、次の検査の日を待ちました。
 
大学病院の外来診療が終わった午後に
静まり返った診察室のベッドで胸に麻酔をかけ
数か所に針を刺し、組織を取り出す検査を受けました。
 
「結果は来週になるので、今日はこれでお帰りください。」
「はい、ありがとうございました」
 
「あぁ、また1週間か」
「しんどいなぁ」
 
そして、1週間後
「がん細胞は出ませんでした」
「よかったぁ」
「ありがとうございます」
ほっとした私に
「でも、どうしても形が気になるんですよ」
先生に笑顔はありませんでした。
 
もしかして、医師によってはこのままで
「しばらく様子を見ましょう」
「半年後にまた診せてください」
となることもあったと思うのですが
 
私の担当医師は
「もう1回細胞取らせてください」と
「え」
「気になるんですよ」
「がん細胞はなかったんだからもういいじゃん」
と思いつつ
「万が一」
と言われ、再検査
再検査の結果も
「がん細胞はでないんですよねぇ」
「でも」
と先生は納得していない様子です
 
「入院して手術でしこりを取ってみないとはっきりしないですね」
「日帰りではできないので、2~3日入院して検査しましょう」
 
「入院…」
ちょうど春休み期間、2~3日の検査入院なので、
実家に助けてもらい、帰りのことも考えて
自分で車を運転して病院へ向かいました。
検査がないときは一時帰宅、検査がある日に病院へ戻るという
慌ただしい数日間でした。
 
無事手術を終えて、いよいよ最終審判の日です
病室のベッドで待っていると
担当の先生がお見えになりました。
「やっぱり、出ました」
「1.5mmなので、まだ初期ですが」
「腕の方のリンパや筋肉もとることになるかもしれません」
「そうなると、右腕は使うのが難しくなる可能性もあります」
 
『がんの告知』
絶対してもらいたいと思っていた
大丈夫って思っていた
そのほうがいいに決まってると思っていた
 
でも、衝撃は思っていたよりずっと大きく
ひとりでに涙があふれだし、体が震え、嗚咽が止まらない
自分ではどうしようもできない感情に襲われていました。 

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